アスリートストーリー

vol.17 国枝慎吾、再び真のチャンピオンへ ~車いすテニス・国枝慎吾~

落ち着き払ったその表情からは自信が垣間見えた。

「よし、今日はいける」
9月8日、パラリンピックの決勝の朝を迎えた国枝慎吾は、手応えを感じていた。
「気持ちが据わったという感じで、準決勝までのようなかたさや変な興奮もなく、落ち着いていたんです。実際、試合でもコートに入ったときから普段のツアーと同じような感覚があって、プレーもはじめからいつもと同じようにできたので、今日はいけるなと思っていました」
国枝の変化には、丸山弘道コーチも気づいていた。
「準決勝のときも『ひとつギアを上げたな』と感じましたが、今日は朝の練習から、これまで以上に集中していたので、これは絶対にいける、と言って笑顔で送り出しました」
右ヒジの手術をして7カ月。心身ともに、国枝は最高の状態で金メダルをかけた大一番の時を迎えた。

決勝戦の相手は、現在世界ランキング1位のステファン・ウデ(フランス)。高い打点からの強烈なサーブが武器のプレーヤーだ。1セット目の第1ゲーム、国枝はそのサーブに苦戦した。3度のデュースの末に最後はサービスリターンがアウトとなり、今大会初めて先行される。

しかし、第2ゲームを簡単にキープすると、第3ゲーム以降はリターンエースを奪うなど、ウデのサーブに対し、積極的に勝負にいった。すると、徐々にウデにサーブミスが出始める。国枝の狙い通りの展開だった。
「ウデはサーブがいいので、そのサーブで調子に乗せないように注意しました。こちらが必ずリターンでプレッシャーをかけることで、より彼がサーブを強く打たなければいけない、という気持ちになっていたと思います」

とはいえ、簡単に勝てる相手ではない。国枝のサーブゲームの第6ゲーム、4度のデュースの末にブレイクされると、これで息を吹き返したウデは第7ゲーム、叩きつけるかのように強烈なサーブを次々と放った。これに対し、国枝は取るだけで精一杯。リターンしてもボールが甘くなり、それをウデに決められた。結局、このゲームをラブゲームで落とした。試合の流れはウデに傾きかけていた。

だが、絶対に勝たなければならない場面で勝つのが国枝の真骨頂である。このセット、まさに次の第8ゲームが最大のポイントであった。ここでブレイクされれば、完全に相手を乗せてしまう。国枝は40-30と粘られるも、最後はフォアハンドのクロスショットをラインぎりぎりに決め、このゲームを取りきった。これでゲームカウント5-3。次の第9ゲームはウデがキープし5-4とするも、第10ゲームを国枝がキープし、6-4で1セット目を奪った。

よみがえった4年前の感動

2セット目、ウデには明らかに変化が生じていた。1セット目を奪われ先行されたことで焦りが生じ、それが余計な力みとなったのだろう。第1ゲームから得意のサーブが入らない。それでも第5ゲーム、ウデのフォアのショットが炸裂し、ゲームカウントは国枝リードの3-2となった。国枝サーブの第6ゲームをブレイクされれば、ウデに流れがいきかねない。しかし、ここも国枝はきっちりと取り、主導権を渡さなかった。

第7ゲームをブレイクし、ゲームカウントは5-2。いよいよフィナーレの時を迎えようとしていた。第8ゲーム、さすがの国枝にも力みが生じたのか、0-30とリードされてしまう。だが、ここから2本連続でフォアのクロスショットを決め、30-30と並んだ。その後は激しいポイントの奪い合いとなった。デュースから2度もウデのアドバンテージとなるも、そこを巻き返し、再びデュースとすると、この試合、効果的に決まったフォアのショットが2本決まり、国枝のマッチポイントとなった。

さまざまな思いが詰まったサーブで金メダルを決めた。

全ての思いが詰まった国枝のサーブをウデは返すことができなかった。リターンのボールがラインを割った瞬間、北京に続いての連覇が決まった。国枝の目には、歓喜の涙が光っていた。
「大きなプレッシャーの中で戦ってきましたから、自分自身に対して『よくやったな』という感じでしたね」
感動の大きさは初の金メダルを獲得した4年前と、全く変わっていなかった。やはり、パラリンピックでの優勝は国枝にとっては格別だった。

真っ先に国枝が向かった先は、丸山弘道コーチの元だった。
「自分が一番辛い時期に支えてくれたのがコーチでしたから、自然と体が動きました」
丸山コーチにとっても、喜びの大きさは北京と変わらなかった。
「ケガをはじめ、さまざまな苦しいことを乗り越えてここまでやってきましたから、北京の時と同じように、感無量の思いです」

決勝の当日まで1分1秒たりとも無駄にしなかったという国枝。それだけ金メダルへの思いは強かった。国枝慎吾、28歳。彼の時代はまだまだ続きそうだ。

(文・斎藤寿子、写真・竹見脩吾)