二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第1回「クロスカントリーは"自分への挑戦"」

~パラリンピックへの熱き思い~(1/4)

世界43カ国から約600人のアスリートが一堂に会し、熱戦が繰り広げられるパンクーバーパラリンピック。3月12日に開幕する同大会では、5競技が行なわれる。日本からは42人の選手が出場する予定だ。なかでも日本のエースとしてメダル獲得が期待されているのがクロスカントリー代表の新田佳浩選手だ。

クロスカントリーは10キロ個人クラシカル、20キロ個人フリー、1キロスプリント、リレーの4種目がある。男女別にスタンディング(立位)、シッティング(座位)、ビジュアリーインペアード(視覚障害)といった3つのカテゴリーに分けられており、それぞれのカテゴリー内で障害の種類や程度などによってクラス分けされている。順位は実走タイムに、クラスごとに設定された係数(障害の程度によって決められたハンデ)をかけた計算タイムで決定される。

カーブやアップダウンがいくつもある大自然の中で行なわれるクロスカントリーは、スピードやパワー、そして巧みな駆け引きや精神的強さを要する魅力たっぷりの競技だ。今回4度目のパラリンピック出場を決めた新田選手。2002年ソルトレークシティー大会では銅メダルを獲得しているが、1位選手のドーピング違反での繰り上げによるメダルに自身は納得していない。今大会は日本選手団の主将にも抜擢されており、ソルトレークシティー大会以上の結果を目指している。カナダに飛ぶ直前、二宮清純がロングインタビュー。クロスカントリーの醍醐味、そしてパラリンピックにかける思いを訊いた。

トリノパラリンピックでの新田選手(Photo by:清水 一二)

二宮: バンクーバーパラリンピック出場、おめでとうございます。長野大会以来、4大会連続の出場になりますね。先に行なわれたバンクーバー五輪ではスピードスケートの長島圭一郎選手と加藤条治選手がそれぞれ銀メダル、銅メダル、そしてフィギュアスケートでも高橋大輔選手が銅メダル、浅田真央選手が銀メダルを獲得しました。ご覧になっていましたか?


新田: はい。もう鳥肌がたちました。長島選手がレースを終えてガッツポーズをしましたよね。それを見て「4年間かけてこのレースに全てを出し切ったんだな」と思ったら、やっぱりスポーツっていいなって改めて思いました。

二宮: 自分自身を投影させたのでは?

新田: そうですね。今シーズン、W杯で1勝したのですが、ゴールした後に荒井秀樹監督やワックスマンコーチと握手をしたんです。その時、「このために僕はやってきたんだな」って思ったんですけど、そのシーンとだぶりましたね。

二宮: 荒井監督はご覧になられましたか?

荒井: 翌日、スピードスケートの結果は朝のニュースで見ました。長島選手のガッツポーズや、レース後のインタビューを聞いても、やはりイメージトレーニングというのはすごく大切だなと思いましたね。僕たちも、普段トレーニングをする時、選手たちができるだけいいイメージをもってやれるようにと常に考えています。それこそレースの前日には翌日、自分が表彰台に上がっているイメージができればと。特にパラリンピックの選手はいろいろな思いを抱いて生きていますので、イメージづけは重要なんです。五輪はそれを再認識させてくれましたね。

二宮: イメージトレーニングではどのようなことをされているんですか?

荒井: 練習の際に、毎回競技に対する心理テストを行なっています。それを自己採点して、自分の状況を把握しておくんです。それがパフォーマンスにどう影響するのかを見ていきます。

二宮: 実際、どんな成果がありましたか?

新田: 心理テストの結果を見て、まずは日々の目標を立ててやってみたらどうかと提案されたんです。その日、目標が達成されたかどうかを見て、できていたら次のステップというふうに一つ一つクリアしていこうと。というのも、その日、自分自身が満足のいくトレーニングができたかできないかでは同じことをやっても全然違います。それを1年というスパンで見ると、相当大きな差になってくる。それがわかってから、自分が納得のいく練習を1日でも、1回でも多くしたいと考えるようになりました。それがパラリンピックのような大舞台での自信にもつながるのではないかと思っています。

日本人選手に有利な雪質

二宮: いよいよパラリンピックが間近に迫ってきていますが、イメージトレーニングの内容に変化はありますか?

新田: 昨シーズン、本番と同じコースを滑ったのですが、その際にカーブや上り坂などコースの写真を撮りました。全部で50枚くらいになるのですが、それを見ながら頭の中で「ここではこういう滑りをしよう」というイメージをわかせています。

二宮: 実際に滑ってみて、バンクーバーのコースはどんな印象をもちましたか?

新田: 時間によって、コースの状態が変わりやすい場所ですね。僕自身はアップダウンが多い方が好きなので、今回は自信をもってスタート地点に立てるのではないかと思っています。

二宮: 新田さんが銅メダルを獲得した8年前のソルトレークシティー大会とは同じ北米ということもあって、雪質は似ているのでしょうか?

新田: いえ、ソルトレークシティーがあるユタ州は、だいぶ内陸の方に位置していますので、パウダースノーばりの雪質なんです。でも、バンクーバーは太平洋沿岸ですので、塩分を含んでいて、日本でいえば新潟のような日本海側の地域に近い雪質です。

二宮: なるほど。海風を受けていますから、湿っていて重いんでしょうね。ということは、滑るにもパワーが必要になりますね。

新田: はい。スキー板で蹴ったり、ストックを突いたりするときも埋まってしまいがちになりますので、いかにそこでロスせずに滑られるかが重要になってきます。ただ、日本人選手は国内で同じような雪質のコースを滑っているので慣れています。逆にヨーロッパの選手はそういった雪質で滑る機会が少ないので、日本人選手には有利なコースといえると思います。

左右のバランスに欠かせない体幹

二宮: いろいろとスキー競技はありますが、新田さんはなぜクロスカントリーを選ばれたのでしょうか?

新田: クロスカントリーは日頃、練習してきたことが全て試合に出るんです。だから、自分がどこまでできるのかチャレンジしたことが、結果として出る。つまり「自分への挑戦」なんです。それがクロスカントリーの魅力だと思います。

二宮: ただ、どうしても右手一本でストックを突きますから、バランスをとることは難しくなりますよね。それをどのようなトレーニングで克服されたのでしょうか?

新田: まずはマラソンと同じような考え方なんですけども、最後まで自分の力をしっかりと出して走りきるには、倍以上の走れるだけのスタミナがないといけません。それといいフォームを身につけるために、日常生活から変えていきました。以前は普段、ご飯を食べたり、ものを書いたりする時、右手だけを使おうとするので、左手は下げたままの状態になっていたんです。それでは左手は力がつきません。そのことに初めて気づかされたのは、僕が長野パラリンピック代表になって初めての合宿の時でした。ご飯の時、左手を下げたまま、右手だけを出して食べていたんですね。そしたら荒井監督に「左手もテーブルの上に出して食べなさい」と言われたんです。「スキーをやっている時だけでなく、普段から肩のレベルを地面と平行にしなければいけないよ」と。そんな基本的なところからスタートしました。また、左肩をほとんど使っていなかったので、当時は可動域が本当に狭かった。だから、リハビリのようなことから始めたんです。

現在は左右のバランスが悪くならないように、そして全身的なパワーが出るように、トレーナーの方に見てもらいながら、広背筋を含めて左手を鍛えています。

二宮: とはいっても、右手だけでストックを持ちますから、右の方に重心がかかりますよね。バランスをとるためにはどんなトレーニングを?

新田: まだ筋力がなかった高校時代は、どうしても右のストックでしっかりと押したいので、顔をストックに近づけて押していたんです。でも、それでは体が傾いてしまいますから、どうしてもロスが生まれてしまっていましたし、腰痛にもなりやすかったんです。でも、体幹をきちんと鍛えることによって、オリンピックの選手と同じように、実際には左手がなくても、両手でストックを突いているような動きができるようになりました。今でも、体幹を意識したトレーニングと筋力づくりは欠かせません。

(第2回に続く)


<新田 佳浩(にった よしひろ)プロフィール>
1980年6月8日、岡山県出身。3歳時に事故で左前腕を切断。4歳からスキーを始め、小学3年時にクロスカントリーに出合う。高2で長野パラリンピックに出場。筑波大学4年時に出場したソルトレークシティーパラリンピックではクラシカル5キロで銅メダルを獲得した。2003年、アディダス・ジャパンに入社。同年の世界選手権、クラシカル10キロで優勝。2006年日立システムアンドサービスに入社。2010年バンクーバーパラリンピックでは日本選手団主将に抜擢された。
新田選手は現在日立システムアンドサービスのスキー部に所属している。

<荒井 秀樹(あらい ひでき)プロフィール>
1955年、北海道出身。日本パラリンピックノルディックスキーチーム監督兼日立システムアンドサービススキー部監督。1998年長野パラリンピック開催を機に障害者ノルディックスキー選手の育成・強化に努めている。


日立システムスキー部ブログ




二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

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