二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第1回「バンクーバー、銀メダルの軌跡」

~氷上の格闘技に魅せられて~(1/4)

バンクーバー アイススレッジホッケー日本代表チーム主将 遠藤隆行選手アイススレッジホッケー日本代表が歴史を塗り替えた! 3月、カナダ・バンクーバーで開催されたパラリンピックで、アイススレッジホッケー日本代表が初めてのメダルを獲得した。初参加の長野大会以来、ずっと5位に甘んじてきた日本。今大会、初めて決勝トーナメント進出を果たし、準決勝で地元カナダを破るという快挙を成し遂げ、銀メダルに輝いた。
 アイスホッケーと同じリンクで行なわれるアイススレッジホッケーは、下肢障害者がスケートの刃が2枚ついているそり(スレッジ)に乗って行われる競技。両手にはスティックを持ち、スレッジをこいだり、パックを自在に操ってゴールを狙う。アイスホッケー同様、ボディチェックが認められており、"氷上の格闘技"とも呼ばれる迫力満点のスポーツだ。
 今回、バンクーバーで初の表彰台に上った日本代表。その立役者となったのが"世界最速"といわれるスピードを誇る遠藤隆行選手だ。大学時代にアイススレッジホッケーと出合い、ソルトレークシティー大会から3大会連続で出場。前回のトリノ大会に続いて主将としてチームを牽引した。大一番となった準決勝のカナダ戦で逆転勝利を呼ぶ同点ゴールを決めた。これまで決して恵まれているとはいえない環境の中、世界を相手に必死に戦ってきた遠藤選手。燦々と輝く銀メダルは、まさに氷上で流した汗と涙の結晶だ。
 バンクーバーでの興奮冷めやらぬ中、二宮清純が遠藤選手に直撃インタビュー。選手のみぞ知る現地での舞台裏や、アイススレッジホッケーにかける熱い思いを訊いた。

二宮: 銀メダル獲得、本当におめでとうございます!

遠藤: ありがとうございます。

二宮: 遠藤選手はパラリンピックで最も輝いた選手に贈られるファン・ヨンデ功績賞も受賞されました。

遠藤: はい。1988年のソウル大会に設立された賞なのですが、日本人では初めてということで光栄に思っています。

二宮: ところで今回のバンクーバー大会では、日本チームとしての目標はどこに置いていたのですか?

遠藤: 僕自身は3大会目になりますが、日本チームとしては長野で初めて参加して以来、4大会目。過去3回は全て5位という結果に終わっていたんです。しかし、トリノの後の世界選手権で初めて4位になるなど、着実に力をつけてきていましたので、もうこれはメダルに届くところまで来ているなと。最低でも銅メダル獲得ということで臨みました。

二宮: 初戦のチェコに勝ったことで波に乗りましたね。

遠藤: あの試合は大事でしたね。チームは少しかたくなっているところもありましたが、2ピリオド始まってすぐに僕のシュートで先制することができました。ただ最終ピリオドでGK永瀬充がグローブからパックを落として、相手に押し込まれてしまった。これで同点となったのですが、逆にそれで永瀬の緊張もほぐれたようですね。

二宮: しかし、その後、決勝点を奪って勝ちました。チームにとっては大きな1勝でした。

韓国選手とパックを奪い合う遠藤選手 試合は5-0で日本が快勝 Photo by : shimizu kazuji遠藤: そうですね。チェコとは今年1月にも長野で開催された大会で対戦しているんです。その時、日本は予選でチェコに負けていましたからね。気を引き締めて試合に臨みました。初戦で負けていたら、メダルはなかったと思います。

二宮: 次の韓国には5-0と快勝しましたが、リーグ戦最後のアメリカには0-6で完敗でした。やはりアメリカとは力の差を感じましたか?

遠藤: 確かに力の差はあったと思います。しかし、それ以上に感じたのが気持ちの面での差でしたね。それまで自分たちはパラリンピックの決勝リーグに進んだことがなかったこともあって、精神的な未熟さを思い知らされたというふうに僕は感じました。

二宮: 気持ち的に未熟だったというのは?

遠藤: チェコと韓国に勝って、そのままのテンションでアメリカ戦に入ってしまったんです。そこで「そんな気持ちでは、決勝リーグは勝ちあがれないぞ」ということをアメリカがしっかりと教えてくれました。ですから嫌な負け方というよりは「あぁ、全然気持ちが入っていなかったな」と。

勝利を呼び込んだ同点シュート

二宮: 準決勝では地元カナダに勝つわけですが、これは歴史的な勝利になりました。勝てばメダル確定という試合でしたからね。

遠藤: 正直、メダル獲得を目指してはいたものの、やっぱり上位3チーム(アメリカ、カナダ、ノルウェー)は不動でしたからね。なんとか頑張って銅メダルかなと。口には出しませんでしたが、心の中ではそう思っていたんです。

二宮: アメリカはずば抜けていますし、カナダは地元ですからね。最後は3位決定戦でノルウェーとの勝負になるかもしれないと......。

遠藤: はい。今だから言えますが、そんな弱気なことも考えていました。

二宮: 準決勝のカナダ戦は地元の応援がすごかったのでは?

遠藤: もう9割9分くらいが地元の応援で、僕たちは完全にアウエー状態でした。カナダは「ホッケー」というスポーツには本当に熱狂的なんです。開会式でも、単にホッケーの会場の説明がされただけというのに、ウワーッと盛り上がっていましたからね。

二宮: そのカナダに勝ってしまったんですからね。

遠藤: 今まで負け続けてきていましたから、僕自身は苦手意識があったんです。準決勝もカナダに先取点を入れられて......。でも、第2ピリオドで僕が同点ゴールを決めました。これが大きかったと思います。

二宮: 普通はホームのチームに先制されると、劣勢になってしまいがちです。

遠藤: そうなんです。カナダにリードされて、気持ち的にも落ちてしまっていたのですが、それでもみんなしっかりとテンションを保ってくれました。

地元カナダチームとの闘いを振り返る遠藤選手二宮: スコアは同点でも第2ピリオドが終わった時点でシュート数はカナダが14、日本は8。内容的にはカナダに圧倒されていましたね。

遠藤: はい。GK永瀬くんが本当によく守ってくれました。

二宮: 逆に言えば、日本が少ないチャンスをしっかりとモノにしたということですよね。そして最終ピリオドで上原大祐選手が勝ち越しのシュートを決めました。

遠藤: あの瞬間はしびれましたね。まだ時間が残っているのはわかっていたのですが、もう興奮してしまって......。みんなにも「まだ終わってないぞ」って声をかけたのですが......。

二宮: そして、終了間際に相手のオウンゴールで3点目が入って、結局3-1で勝ちました。アウエーチームにすれば、理想的な戦い方でしたね。

遠藤: ずっと負け続けてきた相手でしたからね。しかも0-5とか0-6という大差で。本当に嬉しかったですよ。

悔しさ残る決勝戦

二宮: 決勝ではアメリカを迎えるわけですが、どんなモチベーションだったのでしょう?

遠藤: アメリカはチャンピオンですので、強いことはわかっていました。でも、カナダを破ったことが自信になっていましたからね。ここまできたら金メダルが欲しい、という思いで臨みました。

二宮: 残念ながら、結果は0-2で負けてしまいました。やはりアメリカの壁は厚かった......。

遠藤: そうですね。悔しかったのは今大会、アメリカはリーグ戦も含めて無失点だったんです。決勝では僕がペナルティーショットを止められてしまって......。もし、あのシュートが入って1-1の同点になっていたら、また違う流れになったと思うんですけどね。

二宮: 大きなプレッシャーを感じましたか?

遠藤: そうですね。実はあの時、少し弱気になっていたんです。「代わりに誰かいってくれないかな」なんてことを言ったりして。あの日はもっとできたんじゃないかっていう悔いが残って、眠れませんでした。

二宮: とはいっても、日本チームとしては初めてのメダル獲得。歴史的な偉業といっても過言ではありません。

遠藤: そうですね。銀メダルを獲ったことに関しては、自分自身もすごく嬉しく思っています。

(第2回へつづく)

<遠藤隆行(えんどう・たかゆき)プロフィール>
1978年3月19日、埼玉県出身。先天性の両下肢欠損。大学時代にアイススレッジホッケーを始め、2002年ソルトレークシティー大会からパラリンピックに出場。前回のトリノ大会から2大会連続で主将としてチームを牽引した。今大会では開会式で日本選手団の旗手も務めた。世界屈指のスピードをいかしたプレーで、銀メダル獲得に大きく貢献。最も活躍した選手に贈られるファン・ヨンデ功績賞に日本人として初めて表彰された。




二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

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