二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第2回 一目ぼれだった国枝慎吾との出会い

~車いすテニス・コーチングの奥義~(2/4)

写真:国枝選手との衝撃的な出会いについて語る丸山コーチ

二宮: 今や車いすテニスと言えば、世界のトップまで上りつめた国枝慎吾選手なしでは語ることはできません。2007年には車いすテニス界では史上初のグランドスラム(全豪、ジャパンオープン、全英、全米の4大大会を制覇)を達成。翌年の北京パラリンピックでは男子シングルスで悲願の金メダルを獲得しました。こうした輝かしい成績は、丸山コーチの指導があったからに他なりません。

丸山: ありがとうございます。国枝選手と出会ったのは、彼が17歳の時。ちょうど10年が経ちました。

二宮: 国枝選手を指導されるようになったきっかけは何だったのでしょう?

写真:2003年には丸山コーチが指導した斎田(左から2番目)、山倉(右端)、国枝(左端)の3選手がワールドチームカップで初優勝を果たした 写真/公益財団法人吉田記念テニス研修センター

丸山: 彼は小学生の時から週末にグループレッスンを受けに来ていたのですが、私自身は彼をほとんど知りませんでした。ある日、当時のヘッドコーチに「おもしろい男の子がいるから、ちょっと見てあげたらどうだ?」と言われたことがありました。それが国枝選手のことだったのですが、当時の私は日本代表の山倉昭男さんや斎田悟司選手のレッスンを受け持っていて、もうそれで手一杯の状態。とても他の子を見る余裕なんてありませんでしたから、「いや、無理ですよ」と、全く興味を示さなかったんです。そんなある日、雨で外のコートで予定されていたレッスンが中止になったんです。それで、インドアコートでやっていたグループレッスンをふと見ると、一番手前のコートで一人の男の子が車いすでありながら、飛び跳ねるように動いているんです。躍動感たっぷりの動きで、オーラが出ていた。それですぐにヘッドコーチの下に走って行って、「あの子は誰ですか?」と聞くと、「国枝慎吾。この間、面白い子と言ったのはあの子のことだよ」と。

二宮: その頃からチェアワークには長けていたと?

丸山: はい。私もその頃は車いすテニスの海外の大会にも足を運んでいましたから、世界レベルがどれほどのものかはわかっていました。国枝選手はテニスのボールを打つという技術はそれほどたいしたものではなかったんです。ただ、動きがすごかった。もう、ひと目で「この子は世界を狙える!」と思いましたね。グループレッスンを終えた国枝選手をつかまえて、「プレーヤーとして世界を目指したいと思う?」と訊くと、「やってみたい」と言うので、早速、迎えに来た母親に「来週から私がレッスンを見ますので、よろしくお願いします」と伝えたんです。グループレッスンをしていたコーチには、「来週から私が見るから」と事後報告でした(笑)。

サーブ改善で世界王者を引退へ

二宮: あとはいわゆるテニスの技術ということだったようですが、最大の改善点はどこにあったのでしょうか?

写真:サーブ時のヒジの使い方を指導したという丸山コーチ。国枝選手が世界トップの壁を打ち破った要因となった

丸山: サーブですね。もともと身体能力は高かったですから、レッスンを始めて1年で、世界ランキングが一気に160位くらい上がりました。成長著しく、勢いがありましたから、とりあえずはいけるところまで好きにやらせてみようと思っていたんです。というのは、彼の性格を考えてのことでした。10代の頃の国枝選手は、どちらかというとすぐに「まぁ、いいか」と考えてしまう性格だったんです。ですから、いろいろとアドバイスをしても、彼自身がその気にならないと、全くやろうとしなかった。いくら「サーブを変えた方がいいぞ」と言っても、「僕はストロークでいきます」と言って聞かなかったんです。

二宮: ストローク一点張りだった国枝選手が、サーブを修正しようと思ったきっかけは何だったのでしょう?

丸山: 国枝選手がランキングが7位か8位くらいの時、当時の世界ランキング1位だったデビッド・ホール(豪州)に何度対戦しても、勝てずにいたんです。それでその選手に3敗目を喫した時に「コーチ、どうして彼には勝てないんだろう?」と聞いてきたんです。それで私は「サーブが遅すぎるからだよ」と。正直、どうしようもないというくらい遅かったんです。原因は単純で、打ち方が悪かっただけのこと。打ち方さえ直せば、グンとよくなることは明らかでした。

二宮: 現在のテニスはサーブが非常に重要で、スピードやコースなど、あらゆる面を考慮してサーブで攻めるというのは常識となっています。車いすテニスもそういう傾向があると思いますが、以前はどうだったのでしょう?

丸山: 今は自分のサービスゲームをキープするのは当然で、相手のサービスゲームをいかにブレークするかが勝敗のカギを握っています。しかし、当時の車いすテニスでは、ブレークが、いわゆるキープを意味していたんです。というのも、なかなかサーブで攻めることができなかったので、サービスゲームをキープできる選手がなかなかいなかった。だからこそ、キープできる選手が世界のトップにいくことができていたんです。国枝選手はブレークはお手のものでしたから、サーブを武器にしてキープできるようになれば、世界のトッププレーヤーにも勝てることは目に見えてわかっていました。「サーブさえ直せば、絶対に勝てるよ」と言うと、ようやく「わかりました、サーブをやります」と。一度ついたクセはなかなか直りませんから、時間はかかりましたが、打ち方を変えたことで、国枝選手のサーブはグンとよくなりましたね。7か月後の05年の全米オープンで、国枝選手はデビッドを初めて破ったのですが、その試合がデビッドに引退の覚悟を決めさせたんです。

写真:今や世界の車いすテニス界を牽引する国枝選手の過去に二宮清純も大きな関心を寄せた

(第3回につづく)

<丸山弘道(まるやま・ひろみち)プロフィール>
1969年7月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター(TTC)エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、4年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。

(構成・斎藤寿子)


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二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

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