二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第3回 選手の身体を知ることの大切さ

~車いすテニス・コーチングの奥義~(3/4)

二宮: 車いすテニスの選手には、骨肉腫などの病気で足を切断した選手もいれば、交通事故などで頚椎損傷、脊椎損傷を負い、下半身不随になった選手もいます。指導者は単にテニスを教えるだけでなく、こうしたそれぞれが抱えている事情をきちんと把握して、身体面・精神面のケアをすることも重要になってくるのではないでしょうか?

写真:車いすテニスならではのコーチングの難しさについて語る丸山コーチ

丸山: はい、そうなんです。一番最初にそのことに気付いたのは、初めて頚損の選手を指導した時です。後にアテネパラリンピックの代表に選ばれた選手なのですが、彼を指導するにあたり、最初に障害について聞くと、「僕、汗が出ないんです」と言われたんです。その時には、もうビックリしてしまいました。汗がかけないということは、熱を放出できないということですから、体温が40度以上にもなってしまいますからね。

二宮: それは危険ですね。そういう場合、どうやって体温を下げるんですか?

丸山: 練習中は霧吹きをパーッと体に吹きかけて、汗の代わりにして体感温度を下げるんです。そして練習が終わると、ガンガンと冷房が効いた部屋に1時間くらいこもるんです。こちらからすれば「こんなに寒かったら、風邪をひいてしまうんじゃないの?」って心配になるくらいに体を冷やさないと、彼らの体の熱は下がらないんです。

二宮: 命に関わることですから、細かい気配りが必要ですね。

丸山: はい。選手それぞれ全く事情が違いますから、とにかくたくさん勉強しましたね。例えば、「この選手は脊損なんだな」と思っていたら、「いえ、私は二分脊椎です」って言うんです。こちらからしたら「えっ? どう違うの?」って感じでしたけど、これが違うんですよね。生まれつき脊椎の一部が開いたままの状態にある障害なのですが、調べてみると、水頭症などの合併症を起こす可能性もあるというんです。さらに調べると、水頭症は脳ですから、主治医以外は診ることができないと。じゃあ、二分脊椎の選手を海外の大会に連れて行って、そこで水頭症になった場合はどうすればいいのか。そういうことも、きちんと準備した上でなければ、容易に選手を海外に連れて行くことはできないんです。正直、最初の頃は「自分はなんて大変な世界に足を踏み入れてしまったんだろう......」と思いましたね。とにかくわからないことだらけでしたから。

斎田選手から学んだこと

写真:「人の体を知る」ということの重要さ教えてくれた斎田選手(左)。今では固い絆でむすばれ、コーチとしての理念を教えてくれたと感謝している

二宮: 障害のことを根掘り葉掘り聞くのは、一見、失礼なことのように思われがちですが、指導者にとっては不可欠なことですね。

丸山: はい。だから私は必ず最初のレッスンの時に、詳しく聞くようにしているんです。それは過去の教訓が生かされています。実は今から13年前、現在世界ランキング8位の斎田悟司選手が三重県四日市市から柏に移り、私のレッスンを受け始めたばかりの頃、彼をひどく叱ったことがありました。当時、彼は日本ランキング1位でしたが、世界ではまだトップ10に入っていませんでした。私は「これから世界を目指すわけだから、プレーだけでなく、ウォーミングアップやクーリングダウンなど、ケアも含めてきちんとやっていこう」と話をしていたんです。そして臨んだ神戸での国際大会、斎田選手は見事に決勝に進出しました。ところが、決勝の日、彼はウォーミングアップを全くせずに試合に入り、惨敗したんです。私はもう頭にきて、他の仕事もあったので、何も言わずに柏に戻ったんです。その2日後、コートに現れた斎田選手をつかまえて、「この前の試合は何なんだ? ウォーミングアップもせずに試合に入るなんて、言語道断だ! そんなプロフェッショナルのかけらもないヤツは四日市に帰れ! オレはもう二度と見ない!」と、テーブルを蹴飛ばし、ひっくり返したんです。そしたら「実は、前の晩に幻肢痛で寝ることができなかったんです」と言うじゃありませんか。最初は何のことを言っているのか、さっぱりわかりませんでした。

写真:第一人者だからこその苦労話に熱心に耳を傾ける二宮清純

二宮: いわゆる「ゴーストペイン」とか「ファントムペイン」というものですね。切断して、もうないはずの足が痛むという話は、私も医師から聞いたことがあります。

丸山: そうなんです。しかも、その痛みが半端じゃない。アイスピックで足をガッガッと突き刺されたような激しい痛みなんだそうです。でも、当時の私はそんな知識はなかったので、斎田選手から説明をされても、半分「そんなことあるわけないだろう?」と思いながら聞いていたんです。ところが後で調べてみると、本当にあるんですよね。すぐに斎田選手に「オレが悪かった」と謝りました。それからですね、選手の身体について、本気で勉強し始めたのは。今でもまだまだわからないことはたくさんありますが、それでもとにかく「知る」努力だけはするように心がけています。

(第4回につづく)

<丸山弘道(まるやま・ひろみち)プロフィール>
1969年7月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター(TTC)エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、4年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。

(構成・斎藤寿子)


写真:丸山弘道氏サイン色紙☆プレゼントのお知らせ☆
丸山弘道氏のサイン色紙を読者2名様にプレゼント致します。メールの件名に「丸山弘道氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、こちらからお申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31)


「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで




二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

[HP] SPORTS COMMUNICATIONS ~二宮清純責任編集~

[携帯サイト] 二宮清純.com
二宮清純.com


"挑戦者たち"への取材にあたって


[バックナンバー]

第23回 丸山弘道氏
 ~車いすテニス・コーチングの奥義~

写真:丸山弘道氏

第22回 乙武洋匡氏
 ~未来を担う子どもたちへ~

写真:乙武洋匡氏

第21回 土田和歌子選手
 ~進化し続けるパラリンピアン~

写真:土田和歌子選手

第20回 石井宏幸選手
 ~サッカーに魅せられて~

写真:石井宏幸選手

第19回 臼井二美男氏
 ~義肢装具士が語るスポーツのススメ~

写真:臼井二美男氏

第18回 成田真由美選手
 ~酸いも甘いも味わった水泳人生~

写真:成田真由美選手

第17回 及川晋平選手
 ~"バスケバカ"の人生~

写真:及川晋平選手

第16回 中西麻耶選手
 ~注目!世界の頂に最も近い日本人ジャンパー~

写真:中西麻耶選手

第15回 根木慎志選手
 ~車椅子バスケットボールと共に~

写真:根木慎志選手

第14回 中村太郎氏
 ~障害者スポーツの未来を語る~

写真:中村太郎氏

第13回 国枝慎吾選手
 ~世界のトップであり続けるために~

写真:国枝慎吾選手

第12回 三浦卓広氏
 ~新しい企業スポーツモデル~

写真:三浦卓広氏

第11回 大日方邦子選手
 ~日本スポーツの未来のために~

写真:大日方邦子さん

第10回 田中晃氏
 ~スカパーの挑戦~

写真:田中晃氏

第9回 真野嘉久氏
 ~世界を目指せ! シッティングバレーボール~

写真:真野嘉久氏

第8回 笠井謙一氏
 ~東京都「スポーツ振興局」の試み~

写真:笠井謙一氏

第7回 河合純一氏
 ~障害者スポーツの未来を考える~

写真:河合純一氏

第6回 狩野亮選手、マルハン韓裕社長~障害者スポーツと企業のかかわり~
写真:狩野亮選手写真:マルハン韓裕社長

第5回 中森邦男氏
 ~日本障害者スポーツの実相~

写真:中森邦男氏

第4回 森喜朗元首相
 ~国民誰にもスポーツする権利がある~

写真:森喜朗元首相

第3回 京谷和幸選手
 ~車椅子バスケの伝道師~

写真:京谷和幸選手

第2回 遠藤隆行選手
 ~氷上の格闘技に魅せられて~

写真:遠藤隆行選手

第1回 新田佳浩選手、荒井秀樹監督~パラリンピックへの熱き思い~
写真:新田佳浩選手写真:荒井秀樹監督


過去の記事

  • SPORTS COMMUNICATIONS - ~二宮清純責任編集~
  • カフェオーナー伊藤数子のブログ アスリートカフェ
  • www.shimizu12.com
  • ラジオデイズ:「声」と「語り」のダウンロードサイト
  • 障害者スポーツワールド:アスリート・ビレッジ