二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第1回 運命に導かれるように始めたパラカヌー

~2020東京へと続く航路~(1/4)

地元で開催される東京パラリンピック出場に意欲を燃やす瀬立モニカ選手

 2016年リオデジャネイロパラリンピックから正式競技に採用されたパラカヌー。筑波大学1年の瀬立モニカ選手は同競技に日本人でただひとり出場し、8位入賞を果たした。そして2020年東京パラリンピックのパラカヌー会場が江東区に新設される「海の森水上競技場」に決まった。江東区で生まれ育った瀬立選手にとって地元開催のパラリンピックとなる。活躍が大いに期待されているパラカヌー界のホープに迫る――。

伊藤数子(「挑戦者たち」編集長):今回のゲストはリオデジャネイロパラリンピックのカヌー競技で8位入賞を果たした瀬立モニカ選手です。まず始めにパラカヌーについてお伺いしたいと思います。一般のカヌーとの違いは何でしょうか?

瀬立モニカ:まずリオパラリンピックで行われたのは、200メートルの直線コースでタイムを競うスプリント競技です。ルールに関しては基本的に同じですね。大きく違うのは艇や道具の規定です。パラカヌーの場合は装具の改良がかなり自由なのでシートやパドルを選手のサイズや能力に合わせて調整することができます。私はカヤックという種目が専門なのですが、艇の幅はパラカヌーよりも一般のカヌーはもっと細いです。その点でパラカヌーの方がバランスを取りやすくなっているのが大きな違いかと思います。

二宮清純:瀬立選手はパラカヌーのクラス分けのなかでは一番障がいが重いクラスと聞きました。

瀬立:はい。現在のカヌー競技にはクラスは3つあります。私のクラスはKL1といい体幹が機能しないために、腕のみで艇を操作します。KL2は上半身全体を使って操作し、KL3は身体全体を使うことができます。

二宮:競技として一番難しい点はどこでしょうか?

瀬立:やはり姿勢です。私の場合は体幹が機能していないので、手を離したまま背もたれがないと座っていられません。カヌーに乗っているときも骨盤がどうしても寝てしまい、姿勢が後ろに傾きがちです。そこをなんとか骨盤を起こして前傾姿勢を保ち、水を前から取ることが重要です。そうすれば、前から水をキャッチして長くストロークをかくことができます。カヌーという競技は、不安定なところでいかに姿勢を維持できるかがカギなんです。

二宮:前傾しないと前への推進力が保てないということですね。

瀬立:そこで身体とシートの間にできる隙間にスポンジを詰めたりして姿勢を保つように努力しました。それでもなかなかスピードが出ないので、今は技師さんにお願いして私の身体に合ったシートを作成していただいています。

二宮:カヌーはバランスが大事ということですが、瀬立さんは下半身が動かないわけですよね。そうなると、バランスを取るのは難しい。

瀬立:そうなんです。足も暴れてしまわないようにスポンジなどで固定したり、いろいろと工夫が必要ですね。

バランスを取ることすら難しいというカヌーの話に耳を傾ける二宮清純二宮:瀬立選手は167センチです。カヌーでは背が高い方が有利なんでしょうか?

瀬立:カヌーが一番有利と言われているのは小さくてパワーがあることです。でもある程度は体重がないと、風が吹いた時に艇自体が流されてしまう。それを返せるようなパワーと体重が必要です。

二宮:体重も重要なんですね。毎日測っているのですか?

瀬立:いえ。自分が太ったなと思った時に測ってみて、重ければ調整します。先程お話したようにシートは身体がぴったり収まるようにお尻のかたちを採寸して作っているので、太ったらすぐにわかってしまう(笑)。

二宮:まだ19歳と若いので、身体ももっと大きくなるかもしれませんね。

瀬立:そうなったらシートも作り直さないといけませんね。



【心までケアしてくれた主治医】

伊藤:ケガをされたのは高校1年生の時だとお伺いしました。体育の授業で倒立前転をした時だったと。

瀬立:倒立して、そのまま下にグシャッとつぶれてしまったんです。その時に背中からバキバキと音が聞こえました。すぐに救急車で病院に運ばれたのですが、頭を打ったことで体幹機能障がいが残り、胸椎も骨折していました。

二宮:どのくらい入院されていたのですか?

瀬立:4カ月ほど入院して、退院してから2カ月くらいはずっと引きこもりみたいな感じでした。でも主治医の先生がすごくいい方で、復学するにあたって学校にいろいろと掛け合ってくれたんです。

伊藤:それはいい先生と巡り会えましたね。

瀬立:本当に感謝しています。それに高校に戻ってから周りの同級生を見て、自分が車椅子なんだと実感して落ち込んだことがありました。そんな時に先生のところへ行くと、自分の経験などいろいろな話をしてくださって、エネルギーをチャージすることができたんです。

二宮:身体だけじゃなくて心もケアしてくれたんですね。

瀬立:そうですね。とても素晴らしい先生です。



パラカヌーを始めた経緯を訊く伊藤数子編集長【思いがけぬカヌーとの再会】

二宮:そこからパラカヌーを始められたきっかけは?

瀬立:中学生の時に少しだけカヌーをしていたのですが、高校2年生の6月頃にカヌー協会の方からお誘いを受けました。実はその直前に母とハワイに行ったのですが、そこでカヌーを楽しむ人たちをたくさん見ていたんです。そんなタイミングでメールをいただきました。まるで計算されているかのようでしたね(笑)。

伊藤:でも最初は断る口実として、自分ができないところを見てもらうために行ったとお聞きしました。

瀬立:そうなんです。中学生の時の経験でカヌーの難しさを知っていました。すごく運動神経が良い人でも競技艇に乗ったら5メートルも進めない。乗ること自体が難しい競技です。だから私は声を掛けられたときも、「絶対無理」と思っていました。

二宮:まったくの素人ではなかった。でもまさかこんなかたちで戻ってくるとは思わなかったでしょうね。

瀬立:本当にびっくりでしたね。

二宮:カヌーだと広背筋をかなり使うと思います。最初はかなり背中が痛くなったのではないですか?

瀬立:どこが痛くなったのか分からないほどでした(笑)。とにかくつらかったです。実はパラカヌーを始めた時はまだ日常生活を送るエネルギーも充分に足りていない状態でした。それに加えてパラリンピックを目指してガンガン漕いでしまったら、自分の身体が壊れてしまう。そこをコーチが私のことをしっかり考えてくださって、最初の1年はケガをしない身体づくりを徹底してくれました。本当にリハビリの一環というイメージでしたね。

二宮:コーチはどなたが?

瀬立:元々、中学生の時にカヌーを教わっていた西明美コーチがパラリンピックの担当になったんです。

二宮:それも不思議な縁ですね。

瀬立:そうですね。主治医の先生も西コーチも、出会えて本当に良かったです。

(第2回につづく)

<瀬立モニカ(せりゅう・もにか)>
1997年11月17日、東京都生まれ。パラカヌー・KL1クラス。高校1年時に、体育の授業でケガをして体幹機能障害を負う。高校2年からパラカヌーを始めると、その年(2014)年から日本選手権を連覇。2015年には世界選手権に出場した。今年のリオデジャネイロパラリンピックでは、8位入賞。筑波大学在学中。


(構成・杉浦泰介)





二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

[HP] SPORTS COMMUNICATIONS ~二宮清純責任編集~


"挑戦者たち"への取材にあたって

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写真:中森邦男氏

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