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    <title>二宮清純の視点</title>
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    <updated>2012-02-02T01:03:30Z</updated>
    <subtitle>二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線</subtitle>
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    <title>第１回　高めたい&quot;特性&quot;への理解度</title>
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    <published>2012-02-02T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-02-02T01:03:30Z</updated>
    <summary>～排除のないスポーツ立国へ～（1/4） 　人と人が共に生き、共に育つ学校づくりに...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～排除のないスポーツ立国へ～（1/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：宮澤保夫氏の学習指導は生徒２人、アパートの一室の塾から始まった。現在は幼稚園から大学まで、約１万７千人の子どもたちが「星槎グループ」で学んでいる" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120202_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>　人と人が共に生き、共に育つ学校づくりに勤しんでいる一人の教育者がいる。星槎学園の創設者、宮澤保夫だ。同学園に通う子どもたちには、３つの約束がある。「人を排除しない」「人を認める」「仲間をつくる」。どれもが簡単そうで、難しい。それを独自の発想と行動力で実現させてきたのが宮澤だ。登校拒否、発達障害、学習障害などで一般の学校に受け入れられなかった子どもたちの身になり、再出発の教育設計を一緒に行なっている。その宮澤に、今の日本の障害者スポーツはどう映っているのか。</p>
<p><img alt="写真：「宮澤さんが掲げる理念は、まさに障害者スポーツにも通じる」と伊藤編集長" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120202_2.jpg" width="210" height="298" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>伊藤</strong>：　今回は「人生を逆転する学校」と呼ばれる星槎グループの創設者・宮澤保夫さんをゲストにお迎えしました。不登校や発達障害など、様々な困難さを抱える子どもがいますが、宮澤さんはそういった子どもたちが楽しく学び合える幼稚園や学校をつくられてきました。こうした互いを認めて学び合う学校づくりの精神は、まさに今の障害者スポーツに必要とされていると感じています。</p>
<p><strong>宮澤</strong>：　例えば目が見えないとか、腕や足を失ったというのは、それぞれの特性だと捉えることができると僕は思っているんです。逆に言えば、彼ら彼女らは他の人には決してできない経験をしているわけです。もちろん、苦労や困難はたくさんあるでしょう。しかし、それを「大変だね」と言って終わらせるのではなく、その特性を認めて、受け入れる環境を整えることが大事。目が見えなくても、義手や義足でもスポーツができる環境を用意することこそが、今の社会には必要だと感じています。</p>
<p><strong>諦めない心を育てる"先回り"</strong></p>
<p><img alt="写真：障害者スポーツ界の問題を指摘する二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120202_3.jpg" width="210" height="298" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在の日本は受け入れ体制が不十分だと言われています。ナショナルトレーニングセンターひとつとってもそうです。オリンピック選手は使用できるのに、同じ日本代表のパラリンピック選手は原則として使用が許されていません。申請をしても、たらい回しにされたあげく、ようやく許可されたと思ったら「入れるのはこのコートのみ」などという厳しい条件付き。日の丸を背負って世界で戦うためにトレーニングをしているというのに、シャワー室や食堂さえも使用を許されないという話もよく耳にします。</p>
<p><strong>宮澤</strong>：　それはひどい。そんなことが平気で行なわれているのは、誰がどう考えてもおかしい。「今はすぐに夢を諦める」なんて言われたりするけれど、環境的に諦めざるを得ないことも少なくないんですよね。障害者スポーツも同じことが言えると思います。私は常に先回りをして、子どもたちが諦めなくて済むような環境づくりを心掛けているんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツにおいても、国や自治体にこそ、宮澤さんのような"先回り"が必要なのですが、どうも理念ばかりが先行して、環境づくりは後手後手に回っていると感じることが少なくありません。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　そういう意味では昨年、「スポーツ基本法」が制定され、国としてスポーツ立国を目指しているわけですから、今後は"先回り"の環境整備が進められていくことを願ってやみませんね。</p>
<p><img alt="写真：「夢を諦めない環境づくり」の重要性を説く宮澤氏（左）の話に、２人は深くうなづいた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120202_4.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><strong>＜宮澤保夫（みやざわ・やすお）プロフィール＞</strong><br />
1949年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部中退後、72年に塾を開講。アパートの一室で２人の生徒からスタートした塾はやがて規模を拡大し、85年、現在の星槎学園の前身、宮澤学園を設立。不登校などの子どもたちを受け入れ、個々のニーズにあった教育を施す。現在は、星槎グループとして幼稚園から大学まで展開し、独特のカリキュラムで子どもたちに寄り添った教育が行なわれている。2010年には教育と医療の分野で世界の子どもたちをサポートする「一般財団法人世界こども財団」を設立した。<br />
星槎グループホームページ　<a href="http://www.seisagroup.jp/" target="_blank">http://www.seisagroup.jp/</a><br /></p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：宮澤保夫氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120202_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />宮澤保夫氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「宮澤保夫氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り2/29)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第４回　指導者に必要な２つの&quot;たんきゅうしん&quot;</title>
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    <published>2012-01-26T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-27T19:23:01Z</updated>
    <summary>～車いすテニス・コーチングの奥義～（4/4） 二宮：　現在、日本では車いすテニス...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～車いすテニス・コーチングの奥義～（4/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：「毎日が葛藤」という丸山コーチ。自身の成長なくして指導することはできない" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120126_1.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、日本では車いすテニスの指導者はどのくらいいるのでしょう？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　具体的な数字まではわかりませんが、結構いると思いますよ。ただ、車いすテニスのコーチだけでは生計は立てられないので、いわゆるボランティアという感じになっているケースが多いですね。そのために、職業としては確立されていないのが現状です。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　車いすテニスに対する研究心がないと、コーチ業は続けられないでしょうね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そうですね。私は"探究心"と"探求心"をバランスよくもつことが必要かなと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　なるほど。やりがいはあるでしょうけど、その分、自分自身の成長なしでは指導はできないという点では、大変な職業ですね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　選手たちは１秒、１時間、１日‥‥‥と成長し、たくましくなっていくわけですから、自分自身もたくさん勉強して向上していかないことには、選手を指導することなどできません。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　１日のスケジュールは？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　朝６時からレッスンが始まって、自宅に帰るのはいつも22時くらいになるのですが、夕飯を食べながらテニスのビデオを観るのが日課になっていますね。それからお風呂に入って、寝る前に１時間ほど指導書を読んだり、自分に不足している能力を向上させるために、それに関連する勉強をします。そして、翌日のコートで変わっている自分を試すんです。とにかく丸一日、テニス漬けですから、友人や知人にはよく"変態"と言われているんです。自分でもそう思います（笑）。</p>
<p><img alt="写真：選手の活躍が丸山コーチのモチベーションの一つとなっている　写真／公益財団法人吉田記念テニス研修センター" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120126_2.jpg" width="300" height="250" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　丸山コーチにとって、コーチという職業は天職なんでしょうね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　よくそう言われるのですが、実は自分自身はそうは思っていないんです。選手を一人育てるには、数年かかります。それこそジュニアの選手は、10年計画で育てていきます。でも本当は、やったものに対してすぐに結果が出ないとダメで、10年も待っていられる性格ではないんです。ただ、今はこれまでの実績がありますから、今後の10年についても「こうしていけばいい」というある程度の予測がたてられる。だからやっていけているようなものなんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　とはいえ、時間をかけて育ててきた選手が結果を出すというのは、指導者冥利につきるのでは？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そうですね。国枝慎吾選手も毎年、世界タイトルを獲っていますし、３年前から指導を始めたジュニアの選手たちも全日本のタイトルを獲っていますからね。指導者としては非常に幸せだと思います。だからこそ、続けたいと思いますし、テニスコーチのステータスを上げるためにも、続けていかなければいけないと思っています。</p>
<p><strong>チャンス到来の日本テニス界</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　丸山コーチが選手を見る時のポイントは？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　まず第一に「動ける選手」であることですね。これは健常者や障害者、競技を問わず、スポーツの世界では全てに共通するものだと思います。というのも、動ける選手というのは、大抵の場合、頭の回転も速いです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　なるほど。結局は脳からの指令で体が動いているわけですからね。</p>
<p><img alt="写真：選手を見るポイントは「動き」と「継続力」。国枝選手には両方が備わっていた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120126_3.jpg" width="300" height="235" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>丸山</strong>：　そうなんです。それと、努力し続ける才能があるかということですね。これがないと、世界のトップに行くことはできません。ですから、「あ、この選手は結構、動けるな」と思ったら、簡単な課題を出してみて、１週間ほど様子を見るんです。そうすると、継続力があるかどうかがわかりますからね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　しかし、健常のクラスを見ても、テニスで世界のトップに立つというのは、なかなか簡単なことではありません。その中で常に世界のトップ争いをしている国枝選手がいかにすごいか......。４大大会最多優勝記録（16回）をもつロジャー・フェデラーもが認めたわけですからね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　国枝選手が世界トッププレーヤーの仲間入りをしたことによって、彼の世代の選手たちも刺激を受けて、どんどん強くなっているんです。健常の方では錦織圭選手が昨年から世界のトップ選手を次々と破る活躍を見せ、日本の男子プレーヤーとしては史上最高の24位にまで浮上しています。国枝選手、錦織選手というそれぞれ支柱的存在が出てきた今、日本の男子テニス界を盛り上げていくにはいいチャンスです。こういう時期に、きちんと土台を築いていくことができれば、瞬間的な盛り上がりに終わるのではなく、長期的な発展につなげていくことができるはずです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そういう意味ではロンドンパラリンピックで国枝選手が連覇すれば、さらに車いすテニス界は盛り上がるでしょうし、国枝選手に続く選手がさらに増えるでしょうね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そう思います。ロンドンまでのあと残り７カ月、選手たちが本番で力を発揮できるように、私自身も全力で指導していきたいと思っています。</p>
<p><img alt="写真：ロンドンでさらに車いすテニスが盛り上がることを期待してやまない丸山コーチ（右）と二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120126_4.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（おわり）</p>
<p><strong>＜丸山弘道（まるやま・ひろみち）プロフィール＞</strong><br />
1969年７月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター（TTC）エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、４年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：丸山弘道氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />丸山弘道氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「丸山弘道氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第３回　選手の身体を知ることの大切さ</title>
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    <published>2012-01-19T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-25T02:31:23Z</updated>
    <summary>～車いすテニス・コーチングの奥義～（3/4） 二宮：　車いすテニスの選手には、骨...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～車いすテニス・コーチングの奥義～（3/4）</strong></big></big></p>
<p><strong>二宮</strong>：　車いすテニスの選手には、骨肉腫などの病気で足を切断した選手もいれば、交通事故などで頚椎損傷、脊椎損傷を負い、下半身不随になった選手もいます。指導者は単にテニスを教えるだけでなく、こうしたそれぞれが抱えている事情をきちんと把握して、身体面・精神面のケアをすることも重要になってくるのではないでしょうか？</p>
<p><img alt="写真：車いすテニスならではのコーチングの難しさについて語る丸山コーチ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120119_1.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい、そうなんです。一番最初にそのことに気付いたのは、初めて頚損の選手を指導した時です。後にアテネパラリンピックの代表に選ばれた選手なのですが、彼を指導するにあたり、最初に障害について聞くと、「僕、汗が出ないんです」と言われたんです。その時には、もうビックリしてしまいました。汗がかけないということは、熱を放出できないということですから、体温が40度以上にもなってしまいますからね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　それは危険ですね。そういう場合、どうやって体温を下げるんですか？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　練習中は霧吹きをパーッと体に吹きかけて、汗の代わりにして体感温度を下げるんです。そして練習が終わると、ガンガンと冷房が効いた部屋に１時間くらいこもるんです。こちらからすれば「こんなに寒かったら、風邪をひいてしまうんじゃないの？」って心配になるくらいに体を冷やさないと、彼らの体の熱は下がらないんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　命に関わることですから、細かい気配りが必要ですね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい。選手それぞれ全く事情が違いますから、とにかくたくさん勉強しましたね。例えば、「この選手は脊損なんだな」と思っていたら、「いえ、私は二分脊椎です」って言うんです。こちらからしたら「えっ？　どう違うの？」って感じでしたけど、これが違うんですよね。生まれつき脊椎の一部が開いたままの状態にある障害なのですが、調べてみると、水頭症などの合併症を起こす可能性もあるというんです。さらに調べると、水頭症は脳ですから、主治医以外は診ることができないと。じゃあ、二分脊椎の選手を海外の大会に連れて行って、そこで水頭症になった場合はどうすればいいのか。そういうことも、きちんと準備した上でなければ、容易に選手を海外に連れて行くことはできないんです。正直、最初の頃は「自分はなんて大変な世界に足を踏み入れてしまったんだろう......」と思いましたね。とにかくわからないことだらけでしたから。</p>
<p><strong>斎田選手から学んだこと</strong></p>
<p><img alt="写真：「人の体を知る」ということの重要さ教えてくれた斎田選手（左）。今では固い絆でむすばれ、コーチとしての理念を教えてくれたと感謝している" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120119_2.jpg" width="300" height="250" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害のことを根掘り葉掘り聞くのは、一見、失礼なことのように思われがちですが、指導者にとっては不可欠なことですね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい。だから私は必ず最初のレッスンの時に、詳しく聞くようにしているんです。それは過去の教訓が生かされています。実は今から13年前、現在世界ランキング８位の斎田悟司選手が三重県四日市市から柏に移り、私のレッスンを受け始めたばかりの頃、彼をひどく叱ったことがありました。当時、彼は日本ランキング１位でしたが、世界ではまだトップ10に入っていませんでした。私は「これから世界を目指すわけだから、プレーだけでなく、ウォーミングアップやクーリングダウンなど、ケアも含めてきちんとやっていこう」と話をしていたんです。そして臨んだ神戸での国際大会、斎田選手は見事に決勝に進出しました。ところが、決勝の日、彼はウォーミングアップを全くせずに試合に入り、惨敗したんです。私はもう頭にきて、他の仕事もあったので、何も言わずに柏に戻ったんです。その２日後、コートに現れた斎田選手をつかまえて、「この前の試合は何なんだ？　ウォーミングアップもせずに試合に入るなんて、言語道断だ！　そんなプロフェッショナルのかけらもないヤツは四日市に帰れ！　オレはもう二度と見ない！」と、テーブルを蹴飛ばし、ひっくり返したんです。そしたら「実は、前の晩に幻肢痛で寝ることができなかったんです」と言うじゃありませんか。最初は何のことを言っているのか、さっぱりわかりませんでした。</p>
<p><img alt="写真：第一人者だからこその苦労話に熱心に耳を傾ける二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120119_3.jpg" width="210" height="297" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　いわゆる「ゴーストペイン」とか「ファントムペイン」というものですね。切断して、もうないはずの足が痛むという話は、私も医師から聞いたことがあります。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そうなんです。しかも、その痛みが半端じゃない。アイスピックで足をガッガッと突き刺されたような激しい痛みなんだそうです。でも、当時の私はそんな知識はなかったので、斎田選手から説明をされても、半分「そんなことあるわけないだろう？」と思いながら聞いていたんです。ところが後で調べてみると、本当にあるんですよね。すぐに斎田選手に「オレが悪かった」と謝りました。それからですね、選手の身体について、本気で勉強し始めたのは。今でもまだまだわからないことはたくさんありますが、それでもとにかく「知る」努力だけはするように心がけています。</p>
<p>（第4回につづく）</p>
<p><strong>＜丸山弘道（まるやま・ひろみち）プロフィール＞</strong><br />
1969年７月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター（TTC）エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、４年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：丸山弘道氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />丸山弘道氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「丸山弘道氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第２回　一目ぼれだった国枝慎吾との出会い</title>
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    <published>2012-01-12T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-18T03:32:54Z</updated>
    <summary>～車いすテニス・コーチングの奥義～（2/4） 二宮：　今や車いすテニスと言えば、...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～車いすテニス・コーチングの奥義～（2/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：国枝選手との衝撃的な出会いについて語る丸山コーチ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120112_1.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　今や車いすテニスと言えば、世界のトップまで上りつめた国枝慎吾選手なしでは語ることはできません。2007年には車いすテニス界では史上初のグランドスラム（全豪、ジャパンオープン、全英、全米の４大大会を制覇）を達成。翌年の北京パラリンピックでは男子シングルスで悲願の金メダルを獲得しました。こうした輝かしい成績は、丸山コーチの指導があったからに他なりません。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　ありがとうございます。国枝選手と出会ったのは、彼が17歳の時。ちょうど10年が経ちました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　国枝選手を指導されるようになったきっかけは何だったのでしょう？</p>
<p><img alt="写真：2003年には丸山コーチが指導した斎田（左から２番目）、山倉（右端）、国枝（左端）の３選手がワールドチームカップで初優勝を果たした　写真／公益財団法人吉田記念テニス研修センター" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120112_2.jpg" width="300" height="265" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>丸山</strong>：　彼は小学生の時から週末にグループレッスンを受けに来ていたのですが、私自身は彼をほとんど知りませんでした。ある日、当時のヘッドコーチに「おもしろい男の子がいるから、ちょっと見てあげたらどうだ？」と言われたことがありました。それが国枝選手のことだったのですが、当時の私は日本代表の山倉昭男さんや斎田悟司選手のレッスンを受け持っていて、もうそれで手一杯の状態。とても他の子を見る余裕なんてありませんでしたから、「いや、無理ですよ」と、全く興味を示さなかったんです。そんなある日、雨で外のコートで予定されていたレッスンが中止になったんです。それで、インドアコートでやっていたグループレッスンをふと見ると、一番手前のコートで一人の男の子が車いすでありながら、飛び跳ねるように動いているんです。躍動感たっぷりの動きで、オーラが出ていた。それですぐにヘッドコーチの下に走って行って、「あの子は誰ですか？」と聞くと、「国枝慎吾。この間、面白い子と言ったのはあの子のことだよ」と。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その頃からチェアワークには長けていたと？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい。私もその頃は車いすテニスの海外の大会にも足を運んでいましたから、世界レベルがどれほどのものかはわかっていました。国枝選手はテニスのボールを打つという技術はそれほどたいしたものではなかったんです。ただ、動きがすごかった。もう、ひと目で「この子は世界を狙える！」と思いましたね。グループレッスンを終えた国枝選手をつかまえて、「プレーヤーとして世界を目指したいと思う？」と訊くと、「やってみたい」と言うので、早速、迎えに来た母親に「来週から私がレッスンを見ますので、よろしくお願いします」と伝えたんです。グループレッスンをしていたコーチには、「来週から私が見るから」と事後報告でした（笑）。</p>
<p><strong>サーブ改善で世界王者を引退へ</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　あとはいわゆるテニスの技術ということだったようですが、最大の改善点はどこにあったのでしょうか？</p>
<p><img alt="写真：サーブ時のヒジの使い方を指導したという丸山コーチ。国枝選手が世界トップの壁を打ち破った要因となった" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120112_3.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>丸山</strong>：　サーブですね。もともと身体能力は高かったですから、レッスンを始めて１年で、世界ランキングが一気に160位くらい上がりました。成長著しく、勢いがありましたから、とりあえずはいけるところまで好きにやらせてみようと思っていたんです。というのは、彼の性格を考えてのことでした。10代の頃の国枝選手は、どちらかというとすぐに「まぁ、いいか」と考えてしまう性格だったんです。ですから、いろいろとアドバイスをしても、彼自身がその気にならないと、全くやろうとしなかった。いくら「サーブを変えた方がいいぞ」と言っても、「僕はストロークでいきます」と言って聞かなかったんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　ストローク一点張りだった国枝選手が、サーブを修正しようと思ったきっかけは何だったのでしょう？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　国枝選手がランキングが７位か８位くらいの時、当時の世界ランキング１位だったデビッド・ホール（豪州）に何度対戦しても、勝てずにいたんです。それでその選手に３敗目を喫した時に「コーチ、どうして彼には勝てないんだろう？」と聞いてきたんです。それで私は「サーブが遅すぎるからだよ」と。正直、どうしようもないというくらい遅かったんです。原因は単純で、打ち方が悪かっただけのこと。打ち方さえ直せば、グンとよくなることは明らかでした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在のテニスはサーブが非常に重要で、スピードやコースなど、あらゆる面を考慮してサーブで攻めるというのは常識となっています。車いすテニスもそういう傾向があると思いますが、以前はどうだったのでしょう？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　今は自分のサービスゲームをキープするのは当然で、相手のサービスゲームをいかにブレークするかが勝敗のカギを握っています。しかし、当時の車いすテニスでは、ブレークが、いわゆるキープを意味していたんです。というのも、なかなかサーブで攻めることができなかったので、サービスゲームをキープできる選手がなかなかいなかった。だからこそ、キープできる選手が世界のトップにいくことができていたんです。国枝選手はブレークはお手のものでしたから、サーブを武器にしてキープできるようになれば、世界のトッププレーヤーにも勝てることは目に見えてわかっていました。「サーブさえ直せば、絶対に勝てるよ」と言うと、ようやく「わかりました、サーブをやります」と。一度ついたクセはなかなか直りませんから、時間はかかりましたが、打ち方を変えたことで、国枝選手のサーブはグンとよくなりましたね。７か月後の05年の全米オープンで、国枝選手はデビッドを初めて破ったのですが、その試合がデビッドに引退の覚悟を決めさせたんです。</p>
<p><img alt="写真：今や世界の車いすテニス界を牽引する国枝選手の過去に二宮清純も大きな関心を寄せた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120112_4.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第３回につづく）</p>
<p><strong>＜丸山弘道（まるやま・ひろみち）プロフィール＞</strong><br />
1969年７月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター（TTC）エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、４年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：丸山弘道氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />丸山弘道氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「丸山弘道氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>第１回　&quot;出会い&quot;と&quot;発見&quot;の連続</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2012/01/1335.html" />
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    <published>2012-01-05T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-18T05:45:04Z</updated>
    <summary>～車いすテニス・コーチングの奥義～（1/4） 　2008年北京パラリンピックでは...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～車いすテニス・コーチングの奥義～（1/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：車いすテニスの指導を始めて15年。丸山弘道コーチは日本の車いすテニスを世界に押し上げた第一人者と言っても過言ではない" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>　2008年北京パラリンピックではシングルスで悲願の金メダルに輝いた車いすテニスプレーヤー国枝慎吾。彼をジュニア時代から育成し、世界王者へと導いたのが丸山弘道だ。丸山が車いすテニスの指導を始めたのは今から14年前。あるプレーヤーからの猛アタックがきっかけだった。それまで全く接点がなかった車いすテニスの指導に、なぜ彼は熱中し始めたのか。その背景に二宮清純が迫った。そこには数々の出会いと発見があった。</p>
<p><br />
<strong>二宮</strong>：　丸山さんが車いすテニスの指導をされ始めたのは、1997年。バルセロナ、アトランタと２大会連続でパラリンピックに出場した大森康克さんとの出会いがきっかけだったそうですね。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい。当時、大森さんはそのシーズン限りでの引退を決めていました。そこで自らが発起人の一人として創設した日本マスターズ（NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会）で最後にひと花咲かせ、現役の最後を飾ろうと思っていたようです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　それで白羽の矢が立ったのが丸山さんだったと？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そのようですね。でも、当時の私は車いすテニスを指導したことがなく、何の知識もありませんでした。ですから「コーチとして、自分は大森さんに何もできない」と一度、お断りをしたんです。それでも大森さんから猛アタックをかけられまして......。それで「ヒッティングパートナーでよければ」ということで、引き受けました。結果的に、優勝はできませんでしたが、大森さんは決勝に進出し、準優勝したんです。私自身、車いすテニスのノウハウもない中、よくやったなと。大役を果たしたことだし、これで車いすテニスとは離れて、また一般のジュニア育成に戻ろうと思っていました。ところが、大森さんから「次に指導してもらいたい選手がいるんだ。絶対に日本代表になるだけの力があるから、ぜひ指導してほしい」と言われたんです。今度こそ、断ろうと思いました。でも、もうその選手を呼んでいると言うんです。追い返すわけにもいかないですし、結局、断ることができませんでした。その選手というのが、２年後の2000年にシドニーパラリンピックに出場した山倉昭男さんでした。</p>
<p><img alt="写真：大森氏（右）の熱烈なアプローチによって始まった車いすテニスのレッスン。コーチとしての在り方を教えてもらった　写真／公益財団法人吉田記念テニス研修センター" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_2.jpg" width="300" height="250" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>テニスとは似て非なるもの</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　本格的に車いすテニスの指導に取り組み始めたのはいつ頃ですか？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　山倉さんを指導していくうちに、車いすテニスの指導にのめりこんでいきましたね。それは、車いすテニスへの考え方が変わっていったというのが大きかった。というのも、テニスコーチというのは、普及や強化以前に、老若男女問わず、そして障害の有無に関係なく、テニスというスポーツの楽しさを伝えることなんじゃないかと思ったんです。でも、大森さんを指導している時はそれがわかっていませんでした。そのことに気づかせてくれたのも大森さんだったんです。私は最初、大森さんに対して、荷物を持ってあげたり、車いすを押してあげたり......と至れり尽くせりでした。そんな私の態度に大森さんは嫌気がさしたんでしょうね。ある日、「あなたは私のコーチなのか、介助者なのか、どちらですか？」と聞いてきたんです。もちろん私は「コーチです」と答えました。そしたら「それなら、テニスコーチとしての仕事を全うしてください。私ができないのは階段を昇り降りすることだけ。あとは全て一人でできますから、自分のことは自分でやります」ときっぱりと言われました。その時、自分が指導者として大森さんに接していなかったことに初めて気付かされたんです。そこから徐々に車いすテニスへの考え方が変わり始めたことで、翌年98年からの指導へつながっていったのかなと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　とはいえ、一般のテニスと車いすテニスとでは似て非なるもの。車いすテニスの指導ならではの難しさもあったのでは？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　最初のうちはわからないことだらけでしたね。ですから、私自身が選手と同じくらいに車いすテニスができるようになって初めて、「自分は車いすテニスのコーチです」と言おうと思いました。そこで毎週日曜日の業務終了後、車いすテニスの選手から１時間ほどのレッスンを受けました。実際にやってみて、何が難しかったかというと、まずボールを追って車いすを思いっきり漕ぐわけですが、いざ追いついてラケットでボールを打つ時にはもう腕がパンパンに張っちゃって、手が出てこないんです。とても相手コートにボールを打つなんてことはできませんでした。</p>
<p><img alt="写真：実際にやってみて、初めて車いすテニスの過酷さを痛感したという丸山コーチ。最初は漕ぐだけで精一杯だった" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_3.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　車いすテニスの過酷さを身に染みて感じたと。</p>
<p><strong>丸山</strong>：　はい。これはもうテニスと同じだと考えてはいけないと思いました。同じテニスでも、車いすテニスという競技なんだと。それから選手と同じトレーニングをしました。ボールを打つということは専門分野ですからできたので、とにかくチェアワークをマスターするのに必死でしたね。３カ月くらい経って、ようやく選手とラリーができるくらいまでになりました。「車いすテニスのコーチです」と言えるようになったのは、それからです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　一般のテニスと車いすテニスの指導面での違いは？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　山倉さんの時に、感覚の違いを教わりました。最初、私は普通のテニス同様に、必死になってボールを追いかけてワンバウンドで返していたんです。もちろん、車いすテニスが２バウンドまでOKということは知っていました。でも、わざと２バウンドで返したのでは、相手に失礼だろうと思っていたんです。ところが、山倉さんには「２バウンドで返してもらわないと練習にならないと」と言われてしまいました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　実際の試合では２バウンドでのボールの方が多いわけですから、１バウンドばかりではタイミングがつかめないということですか？</p>
<p><strong>丸山</strong>：　そうなんです。こちらが良かれと思ってやっていたことが、山倉さんにとっては違っていたんですね。ですから、こういう球が来た時には、選手は走らされて２バウンドで返すだろうから、この球は２バウンドで打とうというふうに、１球１球、考えながら打つようにしました。やはり、一般のテニスとは違うスポーツとしてとらえなくてはいけないなと改めて痛感させられました。</p>
<p><img alt="写真：丸山コーチ（右）からテニスと車いすテニスとの指導の違いを聞き、改めて「似て非なる競技」と感じた二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_4.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><strong>＜丸山弘道（まるやま・ひろみち）プロフィール＞</strong><br />
1969年７月20日、千葉県生まれ。公益財団法人吉田記念テニス研修センター（TTC）エリートコーチ。日本車いすテニス協会ナショナル男子チーム担当コーチ。10歳から地元の柏ローンテニスクラブに通い、高校、大学とテニス部に所属。明治大学時代にはインカレにも出場した。大学卒業後、一度は保険会社に就職したが、４年で退職。その後、テニスコーチとなり、TTCのジュニア選手担当コーチを務める。97年より車いすテニスの指導を始め、斎田悟司、国枝慎吾などパラリンピック選手を育成。ナショナルコーチとして初めて臨んだ2004年アテネ大会では男子ダブルスで斎田、国枝ペアを、そして08年の北京大会では男子シングルスで国枝を金メダルに導いた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：丸山弘道氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/120105_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />丸山弘道氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「丸山弘道氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り1/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>第５回　望まれる五輪とパラリンピックの一体化</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/12/1326.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1326</id>
    <published>2011-12-28T01:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-05T11:27:57Z</updated>
    <summary>～未来を担う子どもたちへ～（5/5） 二宮：　今年７月には「スポーツ基本法」が成...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～未来を担う子どもたちへ～（5/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：「スポーツ基本法」に期待しつつも、「どう実現していくかが重要」と語る乙武氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111228_1.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　今年７月には「スポーツ基本法」が成立しました。これは1961年に制定された「スポーツ振興法」を半世紀ぶりに全面改正したものですが、障害者スポーツについても触れられています。問題点はいくつかありますが、それでも「障害者スポーツ」という言葉が入っているだけでも、少しは前進したのではないかと思うのですが、いかがでしょうか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そうですね。スポーツは性別や年齢、そして障害の有無に関係なく、全ての人が平等に楽しむことができるのが理想です。ですから、そのことを明文化されたというのは、とても大きな前進だと思います。しかし重要なのは、今後、それをどう実現させていくのかということですよね。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　文部科学省では早ければ２年後にスポーツ庁を創設することが検討されています。こうした動きについては、どうお考えですか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　とても素晴らしいことだと思います。僕は小さい頃からスポーツが大好きで、自分でスポーツをやったり、あるいはスポーツライターとしての取材を通して、スポーツだからこそできることってたくさんあるなと感じてきました。スポーツは立派な文化であり、人々の人生を豊かにしてくれます。しかし、日本ではどうしても娯楽の一つというとらえ方がまだまだ色濃く残っています。スポーツ庁が創設されることによって、スポーツの意義が見直され、より振興に取り組むようになれば、日本のスポーツ界にとっては非常に大きなことですよね。</p>
<p><strong>見直すべきハンデの解決法</strong></p>
<p><img alt="写真：「普及」「育成」「強化」はセットで取り組まなければいけないという意見で一致した乙武氏（右）と二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111228_2.jpg" width="300" height="235" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></p>
<p><strong>伊藤</strong>：　そこには障害者スポーツの普及、育成、強化ということも含まれてくるわけですが、どうも現段階ではスポーツ庁の取り扱いとして、障害者スポーツにおいてはトップアスリートの強化という部分のみを考えているのではないかという印象を受けます。そのほかの普及、育成という部分は厚生労働省のままということでは、障害児のスポーツ環境は変わらないのではないかと危惧しています。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　なぜ強化だけをスポーツ庁で行ない、普及、育成については厚労省なのか、その理由をきちんと聞かなければ、はっきりしたことは言えませんが、普通に考えれば、普及、育成、強化すべてをスポーツ庁に移行しないと、かえって非効率のような気がしますよね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　私もそう思います。スポーツにおいて、普及、育成、強化は１セットとして捉えるべきです。そうしなければ、かえって歪みが生じてしまいかねません。</p>
<p><img alt="写真：今夏、ピストリウスの走りを見に「世界陸上」の会場へ足を運んだ伊藤編集長。「ピストリウスの存在は大きな一歩」という意見に深くうなづく" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111228_3.jpg" width="210" height="345" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></p>
<p><strong>乙武</strong>：　現在は文科省と厚労省に分けられている一般スポーツと障害者スポーツが、スポーツ庁によって一本化されるということは、日本においてはずっと求められてきたことですよね。僕はその先の希望として、いつか国民体育大会と障害者スポーツが一つの国体として開催されるようになり、そしてオリンピックとパラリンピックが一つの世界最高峰の舞台になることを願っているんです。というのも、例えば柔道には男子であれば60キロ級から100キロ超級まで、階級ごとに対戦します。それは体重差のハンデがあるから。重量級の選手と軽量級の選手とでは試合にならないからですよね。陸上では、同じ100メートルでも五体満足の選手と、例えば視覚障害の選手とではハンデがある。ならば、健常の部と視覚障害の部をつくればいいわけです。特に別々の大会に分ける必要は全くない。自らの肉体の限界に挑んで世界一を目指すという主旨は変わらないわけですから、同じ一つの大会として開催してもらいたいんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その意見には私も大賛成です。すぐには無理かもしれませんが、最終的にはそうあるべきです。今年の世界陸上には義足ランナー、オスカー・ピストリウスが出場しましたが、彼の挑戦こそ、まさにその第一歩として問題提起になったのではないかと思います。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　ピストリウスの存在が、世界のスポーツ界を変えるきっかけになってほしいですよね。オリンピックとパラリンピックが一体化する時代が少しでも早く訪れることを願ってやみません。</p>
<p><img alt="写真：いつの日か、パラリンピックと五輪が一体化し、真のスポーツとして認められる日がくることを願っている" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111228_4.jpg" width="450" height="311" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（おわり）</p>
<p><strong>＜乙武洋匡（おとたけ・ひろただ）プロフィール＞</strong><br />
1976年４月６日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から３年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』（文藝春秋）、『残像』（ネコ・パブリッシング）、『年中無休スタジアム』（講談社）、『だいじょうぶ３組』（講談社）、『オトことば。』（文藝春秋）など多数。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：乙武洋匡氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />乙武洋匡氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「乙武洋匡氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り12/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第４回　障害児にも夢の選択肢を！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/12/1325.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1325</id>
    <published>2011-12-22T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-22T00:58:54Z</updated>
    <summary>～未来を担う子どもたちへ～（4/5） 伊藤：　ある新聞が小学１年生に将来の夢につ...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～未来を担う子どもたちへ～（4/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：伊藤編集長（中央）が、子どもの夢についてのアンケートが載った新聞記事を紹介。その後で貴重な意見が交わされた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111222_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>伊藤</strong>：　ある新聞が小学１年生に将来の夢についてアンケートをとったところ、スポーツ選手は男の子では１位、女の子でも７位にランクインしているんです。しかし、これはいわゆる健常者の子どもたちであって、ここに障害児は含まれていません。では、同じアンケートを障害児にすれば、健常者の子どもたちと同じような結果が出てくるかというと、答えはおそらく「No」だと思います。それはなぜかというと、そもそも障害のある子どもたちは、自分たちができるスポーツがあるということを知らないからです。</p>
<p><img alt="写真：子どもの頃、スポーツに親しんできたからこそ、豊かな発想で大きな夢を描いていた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111222_2.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>乙武</strong>：　実は僕が子どもの頃、一番最初に抱いた将来の夢はプロ野球選手になることだったんですよ。なぜかというと、僕の場合、車椅子から降りて地べたに座った状態になるので、ストライクゾーンが普通の人よりも低くて狭いんです。だから、ピッチャーはなかなかストライクを取ることができない。そこで９回裏、１点差で負けている場面で、どうしても先頭バッターを塁に出したい時に「代打・乙武」となるわけです。そこで僕が四球を選んで、代走が出ると。つまり、「打率０割、出塁率10割」という、プロ野球の歴史的にも僕にしかなれないバッターになれるんじゃないかと、結構真剣に考えていたんです（笑）。あとは猛特訓すれば、バントくらいはなんとかできるようになるんじゃないかと思っていたので、これは脅威の伏兵としてベンチ入りも夢ではないなと（笑）。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　実際、乙武さんが打席に立つと、ピッチャーはコントロールを乱しましたか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　はい。明らかに他のバッターとストライクゾーンの高さが違いますからね。ストライクを投げようとすると、ワンバウンドになって、ワイルドピッチになるんです。でも、ノーバウンドで地面すれすれに投げるのは相当難しいんですよ。ですから、よく四球を選んでいましたよ（笑）。でも、こうした夢を抱いたのも、僕が友達と野球やサッカーというスポーツに慣れ親しんでいたからこそなんですよね。もし、僕がスポーツを知らなかったら、こういう発想は出てこなかったかもしれません。</p>
<p><strong>自由な発想のできる環境へ</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　一般の学校と特別支援学校と、どちらに行くかは本人に選択権があるのですか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　いえ、基本的にはその子ども本人や保護者には選択権はないんです。日本では小学校に入る前に就学児健康診断があるのですが、そこで就学指導委員会などによって、一般の学校と特別支援学校とに振り分けられる仕組みになっています。</p>
<p><img alt="写真：学校を選ぶ自由さえ奪われている現状に驚きを隠せない二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111222_3.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　一般の学校に通いたいと思っている子どもや保護者もいれば、特別支援学校の方がいいという場合もある。それは人それぞれ。どちらがよくて、どちらが悪いということはないでしょう。問題は、本人やその保護者に選択する権利が与えられていないということ。これは基本的人権のひとつである自由権の侵害といっても過言ではないのでは？</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　先ほどのスポーツ選手という夢もそうなんですよね。障害児全員にスポーツ選手になる夢を持ってほしいとか、スポーツを好きになってほしい、と言いたいわけでは決してありません。ただ、選択肢がいろいろと用意されている中で、子どもたちが自由に選べるようになってほしい。乙武さんが「プロ野球選手になりたい」と思ったように、自由な発想ができる環境を整えることが重要だと思います。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　実は僕は今、中央教育審議会初等中等教育分科会の特別支援教育の在り方に関する特別委員会のメンバーとして活動しているんです。そこで学校を選ぶ権限を本人や保護者に与えてほしいと強く要望しているのですが......。なかなか受け入れてもらえないですね。でも、今後も諦めずに強く求めていくつもりです。</p>
<p>（第５回につづく）</p>
<p><strong>＜乙武洋匡（おとたけ・ひろただ）プロフィール＞</strong><br />
1976年４月６日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から３年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』（文藝春秋）、『残像』（ネコ・パブリッシング）、『年中無休スタジアム』（講談社）、『だいじょうぶ３組』（講談社）、『オトことば。』（文藝春秋）など多数。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：乙武洋匡氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />乙武洋匡氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「乙武洋匡氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り12/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>第３回　子どもの発想は無限大！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/12/1323.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1323</id>
    <published>2011-12-15T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-19T10:55:57Z</updated>
    <summary>～未来を担う子どもたちへ～（3/5） 二宮：　乙武さんは教員として実際、小学校の...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～未来を担う子どもたちへ～（3/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：子どもたちの発想力の豊かさに驚かされてばかりだったという乙武氏。３年間の現場での経験は同氏にとって財産となっている" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111215_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　乙武さんは教員として実際、小学校の現場で子どもたちと触れ合ったわけですが、「乙ちゃんルール」のような柔軟な発想をする子どもはいましたか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　僕が受け持ったのは小学３、４年生でしたから、まだ自分たちからルールを変更するというようなことは難しいですよね。でもある程度、教師がそういう思考の入口まで導いてあげると、面白い意見がどんどん出てきましたよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　具体的に、どんなヒントを与えたのですか？</p>
<p><img alt="写真：体育の授業では、子どもたちの発育に合わせた柔軟なルール変更で競技の魅力を伝えるように工夫した" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111215_2.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>乙武</strong>：　例えば、体育でバレーボールの授業があるのですが、３、４年生では一度もボールを落とさずに、上空でパスをし続けることはとても難しいんです。そのうえ、そのボールをトスして、自分たちよりもはるかに高いネットの向こうに打ち込むなんてことは、かなり難易度が高い。そこで僕が提案したのは、チームに一人だけトスをする専門の子をつくったんです。その子は唯一、ボールをキャッチしていいと。そしてキャッチしたら、１度だけボールをポンと上げていいことにしたんです。そうすると、ちょっとバレーっぽくなるんですよね。正規のバレーにはないルールなんですけど、子どもたちの発達状況に応じたルールをセッティングしたことによって、逆に子どもたちがバレーという競技を楽しむことができたのではないかなと思います。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　もともと障害者スポーツというのは、一般のスポーツを少しルール変更したものなんですよね。例えば、シッティングバレーだったら、切断者にもできるようにネットを低くするとか、車いすテニスだったら２バウンドまでOKとか......。つまり、障害者スポーツはもともとあったスポーツのルールを変えたり、工夫したりして生まれたスポーツなんです。それは何も障害者だけに当てはまるものではありません。子どもやお年寄りにとって、難易度が高いのであれば、少しそのハードルを低くすればいいわけです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツは英語で言えば「adapted sports」。つまり「適応させたスポーツ」ということです。乙武さんは子どもたちに適応させたわけで、これもひとつの「adapted sports」と言えるのではないでしょうか。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そうですよね。サッカーをやっても、普通のルールでやると、子どもたちはボールにばかり群がってしまって、広いグラウンドの中でやっているのに、大きな展開は生まれないんです。そこで、ゴールを２個から４個、ボールも２個にしたんです。そしたらみんな散らばるようになって、結構面白くなるんですよ。</p>
<p><img alt="写真：「乙武先生」のやり方に感銘を受ける二宮清純。創意工夫こそが真の教育だと語る" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111215_3.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>スポーツに見る真の教育</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　結局は、面白いと感じることが大事なんですよね。面白味を感じないのに、ルールにばかり縛られているのはナンセンスです。そもそもラグビーだって、英国のエリス少年がフットボールの時間に、ボールを持って走ったのがきっかけと言われているんですからね。そういうことを考えると、ルールは縛られるものではなく、楽しむためにつくられるべきです。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　実はサッカーで、ゴールやボールを増やしたのは、子どもたちからの提案なんです。最初の授業で普通にやってみたところ、結局はサッカーの得意な子だけが活躍をして終わってしまったんです。そこで「今日のサッカーはどうだった？」と聞いたところ、運動の苦手な子や女の子からは「つまらなかった」という声が多くあがりました。それで「じゃあ、みんなが楽しめるようにするにはどうすればいいかなぁ？」って、子どもたちに話し合いの時間を与えたんですね。そしたら、ゴールとボールを増やしてみようということになったわけです。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　子どもたちの発想は柔らかいですよね。大人にはないアイディアのセンスがあります。そういうものをどんどん引き出していくことは、大人になってから必ず役立つでしょうね。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　実は子どもたちから提案されたのは、それだけじゃないんですよ。１度シュートを決めた子は、次からはシュートはできないということにしたんです。そうすると、最初はサッカーのうまい子がシュートを決めるわけです。でも、もう自分ではシュートはできない。そこで、チームが勝つには他の子にパスを送って、シュートをさせなければいけなくなる。そうすると、いろんな子にボールが送られて、シュートのチャンスがまわってくるようになるんです。それを子どもたち自身が決めたんですからね。なるほどなぁ、と感心してしまいました。</p>
<p><img alt="写真：子どもの発想力を磨くことこそが、障害者スポーツへの理解につながると伊藤編集長" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111215_4.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　それこそが本当の教育のような気がしますね。逆に教師が子どもたちから教わることも多いのでは？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　いや、本当にその通りですよ。どの子どもも発想のポテンシャルは高いんです。それをどう引き出すかなんですよね。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　子どもの時にそうした発想力が身に付いていると、「adapted sports」である障害者スポーツへの理解にもつながるのではないでしょうか。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　確かにそうですよね。障害者スポーツを見ても「あ、障害があっても、楽しめるように、工夫しているんだな」という発想になるでしょうからね。やはり子ども時代にどういう教育を受けるかというのは、重要なんだと思います。</p>
<p>（第４回につづく）<br />
<br style="clear:all;"></p>
<p><strong>＜乙武洋匡（おとたけ・ひろただ）プロフィール＞</strong><br />
1976年４月６日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から３年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』（文藝春秋）、『残像』（ネコ・パブリッシング）、『年中無休スタジアム』（講談社）、『だいじょうぶ３組』（講談社）、『オトことば。』（文藝春秋）など多数。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
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<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：乙武洋匡氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />乙武洋匡氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「乙武洋匡氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り12/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>第２回　問われるルールのセッティング能力</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/12/1319.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1319</id>
    <published>2011-12-08T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-13T02:46:01Z</updated>
    <summary>～未来を担う子どもたちへ～（2/5） 伊藤：　現在、乙武さんは練馬区の保育園の運...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～未来を担う子どもたちへ～（2/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：子ども時代に養われた「セッティング能力」が乙武氏の可能性を広げてきた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111208_1.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>伊藤</strong>：　現在、乙武さんは練馬区の保育園の運営に携わっています。子どもたちの教育にスポーツが担う役割は大きいのではないでしょうか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そうですね。スポーツは個人競技であれ団体競技であれ、共通しているのはルールを守るということ。言葉や育ってきた環境、文化が異なる人たちが平等にスポーツをするには、きちんとルールを守る必要があります。グローバル化がすすめば、よりその部分は重要になってくるわけです。そういう点で子どもたちがスポーツに取り組むことで学ぶことは非常に多くあると思いますね。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　乙武さん自身、さまざまなスポーツを経験されています。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　はい。中学時代はバスケットボール部、高校時代はアメリカンフットボール部に所属していました。そこで身に付けたことや学んだことというのは今の自分にとって、とても大きいと感じています。障害の有無に関係なく、人としてスポーツに取り組むことで得るものはたくさんありますよね。</p>
<p><img alt="写真：「乙ちゃんルール」のように子どもの頃に工夫して遊ぶことが重要と説く二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111208_2.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>遊びから生まれた"乙ちゃんルール"</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　確かに遊びやスポーツの中でルールを守ることが、ひいては大人になってからの秩序ある社会生活につながるわけですよね。しかし、私見を述べさせてもらえば、日本人はルールを守ることは得意だけれども、状況や環境に応じてルールを変更することに関しては苦手です。例えば、私が子どもの頃は近所の子たちが集まって草野球をやっていました。その中で小さい子や女の子がいたら「ピッチャーは利き手とは反対の手で投げる」とか、みんなが楽しめるように何かしらの工夫をしていました。ところが今は、最初から野球教室やサッカースクールに通うので、決められたことしかできない。確立されたルールの中にだけいると、ルールのセッティング能力が退化するのではないでしょうか。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　なるほど、確かにそうですね。今、二宮さんの話を聞いて思い出したのが、僕の子どもの頃にあった"乙ちゃんルール"です。例えば、野球であれば、僕はバットを脇の下に挟んで、振ることはできるんです。でも、いくらいい打球を打っても、足は非常に遅いので、どうしてもアウトになってしまう。そこでみんなが考えてくれたのは、僕の打席の時には左打席に代走の子が控えていて、僕が打った瞬間にその子が走ってくれるという変則ルールでした。</p>
<p><img alt="写真：少年時代は「ストライクゾーンが低いから投手は投げづらい」という身体の特徴をいかし、プロへの道を模索していた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111208_3.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　それは面白い！　まさに遊びから出た子どもの自由な発想ですよね。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　それから普通は外野の頭を越えたらホームランというふうにしていたんですけど、僕の打球はどんなに遠くへ飛ばしても、せいぜい内野の頭を越える程度なんです。ところがある時、僕の打球が内野の頭を越えたのを見て、友人の一人が「今の打球は乙ちゃんにしてみれば、ホームランだよね！」と言ってくれたんですね。そしたらそれを機に、僕に限っては内野の頭を越えたらホームランというルールに変えてくれたんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　他に、例えばサッカーだったらどうしていたんですか？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　サッカーの場合は、僕は車椅子を降りて、自分のお尻で歩くようにしてフィールドを動いて、ヒザまでの足でボールを蹴っていたんです。でも、他の友達のように速くは走れないし、強いキックも蹴ることはできない。ですから、普通のルール上では僕にボールが回ってくることはないんです。そこで、また"乙ちゃんルール"ができました。僕がシュートを決めたら、一気に３点入るんです。そしたらみんなこぞって僕にパスを回してきましたよ（笑）。</p>
<p><img alt="写真：乙武氏と遊んだ経験が他の子どもたちにとっても「財産」となったのではないか、と伊藤編集長。共生共存の理想的な姿がそこにはあった" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111208_4.jpg" width="210" height="345" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 30px 0;" /><strong>伊藤</strong>：　それが大人からのものではなく、子どもたちが自然に考えていたというのがいいですよね。いい環境で育ってこられましたね。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そうですね。普通のルールでやっていれば一緒に遊べない僕が、みんなと楽しむことができるようにしてくれた。僕がスポーツに親しむ環境を友人たちがつくってくれたんだなと今はすごく感謝しています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そういうルールセッティング能力は子どもの時に身に付けておかなければ、大人になってからでは遅いと思うんです。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そういう意味では僕は自然と身に付けてこれたのかもしれませんね。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　でも、そうやって子どもの時にルールセッティング能力を自然と養うことができたわけですから、ご友人にとっても乙武さんがいた環境というのは大きかったのではないでしょうか。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　そう思ってもらえれば嬉しいですね。身体的にハンデのある方と接する時に、僕のことを思い出して、「こういうふうに変えれば、一緒に楽しむことができる」という発想をしてもらえていたらなと思います。</p>
<p><img alt="写真：乙武氏の「乙ちゃんルール」の話に子どもの柔軟性を改めて感じた二宮清純と伊藤編集長" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111208_5.jpg" width="450" height="280" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第３回につづく）</p>
<p><strong>＜乙武洋匡（おとたけ・ひろただ）プロフィール＞</strong><br />
1976年４月６日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から３年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』（文藝春秋）、『残像』（ネコ・パブリッシング）、『年中無休スタジアム』（講談社）、『だいじょうぶ３組』（講談社）、『オトことば。』（文藝春秋）など多数。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：乙武洋匡氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />乙武洋匡氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「乙武洋匡氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り12/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第１回　障害は「個性」ではなく「特徴」のひとつ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/12/1310.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1310</id>
    <published>2011-12-01T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-06T10:00:15Z</updated>
    <summary>～未来を担う子どもたちへ～（1/5） 　大ベストセラー『五体不満足』の著者、乙武...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～未来を担う子どもたちへ～（1/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：昨年３月までの３年間、小学校の教師を務めた乙武洋匡氏。「現場で学んだことを積極的に発信していきたい」と語る" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>　大ベストセラー『五体不満足』の著者、乙武洋匡。彼がこの国の社会に与えた影響は計り知れない。「障害とは何か」「障害者との共生」......。それまでお茶の間ではほとんど語られることがなかったテーマを我々に突きつけた。早稲田大学卒業後、スポーツジャーナリズムの世界に飛び込んだ乙武氏だが、近年では子どもたちの教育にも取り組んでいる。３年間の小学校教員生活を経て、彼が感じたものとは――。「教育」「障害」「スポーツ」をテーマに二宮清純と熱い議論が交わされた。</p>
<p><br />
<strong>伊藤</strong>：　今回は『五体不満足』の著者である乙武洋匡さんをゲストにお迎えしました。乙武さんは昨年３月まで小学校の教員を務め、現在は保育園の運営に携わっています。そこで障害の有無に関係なく、子どもたちがスポーツを楽しむためにはどうすればいいのか、を伺いたいと思います。二宮さんと乙武さんは旧知の仲だそうですね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　はい、一度対談したのがきっかけでしたね。でも、最近はお会いできずにいたので、久しぶりに乙武さんとお話ができるということで、楽しみにしてきました。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　ありがとうございます、光栄です。</p>
<p><img alt="写真：「障害は個性ではなく特徴」と語る乙武氏の言葉に深くうなづく二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_2.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　乙武さんと再会したら、ぜひ聞きたいことがあったんです。乙武さんの著書『五体不満足』が出版されて以降、「障害は個性」という言葉が広がりました。ところが、乙武さん自身はこの言葉に違和感をもたれているそうですね。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　『五体不満足』に描かれてある内容と、僕のキャラクターのイメージがあいまって、「障害は個性」という言葉で表現されることが多いのですが、実は僕が「障害は個性」とは一度も言ったことはないんです。僕のメッセージをそう解釈していただいた方が、そういう言葉を使うようになったと思うんですけど......。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　なるほど。では、乙武さん自身は「障害は個性」とは思っていないと？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　はい。なぜかというと、日本で「個性」という言葉は、「個性があって魅力的だね」というふうにプラスの意味で使われることが多いですよね。となると、じゃあ、障害が果たしてそのままでも魅力的であり、自ら身に付けたいと思うものかと考えた時、やっぱり望んで障害を持ちたいという人はいないと思うんです。それなのに、あえてプラスのこととして語られることの多い「個性」という言葉を使うというのは、僕としては無理をして強がっているような気がしてならないんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　「個性」とは単に与えられたものではなく、努力したり工夫したりして身に付けるものだと？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　はい、そう思います。それに「障害は個性です」とばかり言ってしまっていると、そこで変に安心してしまって、思考回路が止まってしまう恐れがあります。現状では障害者に対して改善していかなければいけない問題があるのに、そこに目を向けなくなってしまう。</p>
<p><strong>伊藤</strong>：　確かに「個性」という言葉に甘えてしまって、障害者との共生・共存について考えたり、努力することをしなくなってしまいますね。</p>
<p><img alt="写真：「個性」という言葉に違和感を覚えていた伊藤編集長も乙武氏の意見に賛同した" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_3.jpg" width="210" height="315" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>個性とは自分を把握すること</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　では、乙武さんは障害をどんなふうにとらえているのでしょう？</p>
<p><strong>乙武</strong>：　僕はその人の「特徴」だと思っています。例えば、背の高い人もいれば低い人もいる。太っている人もいれば痩せている人もいる。肌が色黒の人もいれば色白の人もいる。みんなそれぞれ違った特徴がありますよね。その中で僕のように手足が極端に短い人もいる。ものすごく目が見えづらい人もいれば、耳が聞こえづらい人もいる。そういう一つの違いであるのかなと。何も身体的なことだけではありません。能力や性格にも、それぞれの特徴がある。障害をもつということは、その中の一つだと考えています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その意味では、全員が何かしら、人とは違う特徴を持っているわけですね。</p>
<p><strong>乙武</strong>：　はい、そうです。その人との違いに対して、しっかりと向き合って受け入れることができた時に、「あ、自分にはこんな得意分野があるけど、こういうところは苦手だな」「こんな良さはあるけど、こういう欠点もある」と自分自身を把握することができる。そうして初めて「個性」というものが生まれてくるのかなと思うんです。</p>
<p><img alt="写真：「障害」が「個性」という言葉で片付けられてしまいがちな風潮に一石を投じる意見が交わされた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><strong>＜乙武洋匡（おとたけ・ひろただ）プロフィール＞</strong><br />
1976年４月６日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から３年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』（文藝春秋）、『残像』（ネコ・パブリッシング）、『年中無休スタジアム』（講談社）、『だいじょうぶ３組』（講談社）、『オトことば。』（文藝春秋）など多数。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：乙武洋匡氏サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111201_5.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />乙武洋匡氏のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「乙武洋匡氏のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り12/31)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>第４回　マラソンで世界の頂点へ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/11/1307.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1307</id>
    <published>2011-11-24T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-24T00:52:58Z</updated>
    <summary>～進化し続けるパラリンピアン～（4/4） 二宮：　来年のロンドンパラリンピックま...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～進化し続けるパラリンピアン～（4/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：５月のソウル国際車いすマラソンで今年４勝目を挙げた土田選手。ロンドンに向け、海外のレースにも積極的に出場している" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111124_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>二宮</strong>：　来年のロンドンパラリンピックまで、１年を切りました。トレーニングにも力が入っていると思いますが、今は１日何キロくらい走っているんですか？</p>
<p><strong>土田</strong>：　日によって違いますが、多い時には40キロを、午前と午後、２回走ることもあります。また、マラソンで勝つには持久力だけでなく、アタックをかける時の瞬発力や、最後のトラックでのスピードも必要なんです。ですから、トラックで短距離を走り込むこともやっています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　１日80キロも走ったら、腕はもうパンパンでしょうね。</p>
<p><strong>土田</strong>：　確かに局所的に一番使うのは腕ですが、残存している機能をフルに使うので、もう全身が疲れますね。走り終わった後は、ボロボロの雑巾みたいですよ（笑）。</p>
<p><img alt="写真：37歳にしてなお進化しているその裏には、過酷なトレーニングがある" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111124_2.jpg" width="300" height="235" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　2001年の大分国際車いすマラソンで土田さんが出した記録は公認レースでは未だ破られていません。今シーズンも既に世界選手権、東京マラソン、ボストンマラソン、ソウル国際車いすマラソンと４勝しています。特にボストンマラソンでは１時間34分06秒と、未公認ながら世界記録を更新しての５連覇達成。37歳にして、さらに進化しているあたり、まさに"鉄人"ですね。</p>
<p><strong>土田</strong>：　確かに結果は残しているとは思いますが、まだこの競技を極めるというところまでは達していません。世界にはまだ一度も勝つことができていない選手もいますからね。そういう選手に勝ちたいという気持ちが向上心につながっているのだと思います。</p>
<p><strong>課題は仕掛け所での技術力</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　ロンドンパラリンピックでの目標は？</p>
<p><strong>土田</strong>：　5000メートルは04年のアテネで金メダルを獲っているので、今度はマラソンで金メダルを獲りたいと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　マラソンで金メダルを獲るために必要なことは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　42.195キロという長距離を走るわけですから、もちろん持久力は必要です。でも、それだけでは勝てません。車いすマラソンは自転車競技に近い競技です。ですから、テクニックとスピードが重要になってきますね。</p>
<p><img alt="写真：ロンドンを「競技人生の集大成にしたい」という土田選手（左）。二宮清純も金メダル獲得に大きな期待を寄せている" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111124_3.jpg" width="300" height="397" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　テクニックとは具体的にどういうところなんでしょう？</p>
<p><strong>土田</strong>：　要は駆け引きのことです。車いすマラソンでは、細かいところでスピードの出し入れをして、相手と駆け引きをするんです。その部分を鍛えていかなければ、ただ速いだけでは世界で勝つことはできません。特にロンドンのコースは上り下りが多いようなので、しっかりと準備をしていかなければいけないと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　勝負の仕掛けどころが多いと？</p>
<p><strong>土田</strong>：　はい。他の選手も研究をして、いくつも仕掛けどころを準備してくるでしょうから、それに対応できる力も必要ですし、自分から仕掛けられるテクニックも持っていなければいけません。でも、今はまだその部分での力が十分ではないので、この１年でしっかりと身に付けて、ロンドンに臨みたいと思っています。</p>
<p>（おわり）</p>
<p><strong>＜土田和歌子（つちだ・わかこ）プロフィール＞</strong><br />
1974年10月15日、東京都生まれ。高校２年時に交通事故で脊髄損傷を負い、車椅子生活となる。翌年の秋にアイススレッジスピードスケートの講習会に参加し、約３カ月後のリレハンメルパラリンピック（1994年）に出場。４年後の長野大会では1500メートル、1000メートルで金メダルに輝き、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得した。その後は陸上競技に転向し、2000年シドニー大会では車いすマラソンで銅メダル、04年アテネ大会では5000メートルで金メダル、マラソンで銀メダルを獲得した。07年にはボストンマラソンで日本人では初めて優勝する。08年北京大会は5000メートルのレース中に転倒し、再レースを断念。マラソンも棄権した。今年４月のボストンマラソンでは５連覇を達成。大分国際車いすマラソン大会では６度の優勝を誇る。サノフィ・アベンティス株式会社所属。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：土田和歌子選手サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_4.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />土田和歌子選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「土田和歌子選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り11/30)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>第３回　果たせなかった&quot;ママで金&quot;</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/11/1303.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1303</id>
    <published>2011-11-17T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-12-19T10:51:35Z</updated>
    <summary>～進化し続けるパラリンピアン～（3/4） 二宮：　2004年のアテネパラリンピッ...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～進化し続けるパラリンピアン～（3/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：家族の支えあっての競技生活。特にコーチでもある夫の存在は大きい" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111117_1.jpg" width="300" height="235" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　2004年のアテネパラリンピックの翌年、コーチの高橋慶樹さんとご結婚。06年には男の子を出産されました。子育てをしながらの競技生活はいかがでしょう？</p>
<p><strong>土田</strong>：　子どもが生まれてからは、無我夢中でやってきたという感じです（笑）。出産後、北京パラリンピックを目指して競技に復帰した当初は、練習の環境をつくるのに苦労しましたね。例えば普段は保育園に預けているのですが、子どもが体調を崩した時にどうしたらいいか、というのも大きな問題でした。そこで保育園の先生から紹介していただいたのが、その方の自宅で保育をしてくれる「保育ママ制度」。保育ママさんのほとんどが保育士や幼稚園教諭などの資格をもっている方なんです。</p>
<p><img alt="写真：１児の母として、子育てに奮闘中。国内ではまだ少ない「ママさんアスリート」の代表格だ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111117_2.jpg" width="210" height="281" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　土田さんのように競技をしながら子育てをしている女性アスリートにとっては、ありがたい制度ですね。</p>
<p><strong>土田</strong>：　私たちにとっては、本当にありがたかったですね。しかも、紹介していただいた保育ママさんが本当にいい方で、初めてご挨拶に伺った時に「精一杯、協力をさせていただきます」という温かい言葉をかけてもらったんです。その方がいなかったら、私は北京パラリンピックに出ることはできなかったと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　出産後、身体面での変化はありましたか？</p>
<p><strong>土田</strong>：　これは出産と直接結びつくかどうかはわからないのですが、出産前よりも持久力が上がりました。それまで耐えられなかった距離にも、体力がもつようになったんです。出産とマラソンとでは、体への負荷のかかり方が全く違うので、はっきりしたことは言えませんが、出産を経験したことで、私自身は身体的な強さを手に入れることができたのかなと思っています。</p>
<p><strong>ロンドンは６年かけての集大成</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　北京での４度目のパラリンピックは、5000メートル決勝のレース中、接触事故に巻き込まれて転倒。その時に負ったケガで、４日後に行なわれた再レースには出場することができませんでした。そして、マラソンも棄権せざるを得ませんでした。不完全燃焼の思いが残ったのでは？</p>
<p><img alt="写真：北京での悔しさを胸に挑むロンドン。今度こそ「ママで金」を狙う" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111117_3.jpg" width="210" height="312" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>土田</strong>：　もう、泣きましたね。結果どうのという前に、とにかくゴールしていないわけですから。マラソンなんか、スタートラインにすら立てなかった......。行き場のない気持ちを、どう抑えていいのかわかりませんでした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その悔しさが、ロンドンを目指すきっかけになったのでしょうか？</p>
<p><strong>土田</strong>：　そうですね。たとえメダルが獲れなかったとしても、北京で自分の力を出し切っていたら、ロンドンは目指していなかったかもしれません。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　では、ロンドンが競技生活の集大成になると？</p>
<p><strong>土田</strong>：　その時になってみなければわかりませんが、北京の時は「これが最後だ」という気持ちで出産後の２年間、準備をしてきたんです。ですから正直、北京後は引退も考えました。でも、やっぱり「このままでは終われない」と思ったんですよね。今は北京までの２年間と合わせて６年かけてロンドンを目指しているという感じ。ロンドンは集大成として必ず結果を出したいと思っています。</p>
<p>（第４回につづく）</p>
<p><strong>＜土田和歌子（つちだ・わかこ）プロフィール＞</strong><br />
1974年10月15日、東京都生まれ。高校２年時に交通事故で脊髄損傷を負い、車椅子生活となる。翌年の秋にアイススレッジスピードスケートの講習会に参加し、約３カ月後のリレハンメルパラリンピック（1994年）に出場。４年後の長野大会では1500メートル、1000メートルで金メダルに輝き、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得した。その後は陸上競技に転向し、2000年シドニー大会では車いすマラソンで銅メダル、04年アテネ大会では5000メートルで金メダル、マラソンで銀メダルを獲得した。07年にはボストンマラソンで日本人では初めて優勝する。08年北京大会は5000メートルのレース中に転倒し、再レースを断念。マラソンも棄権した。今年４月のボストンマラソンでは５連覇を達成。大分国際車いすマラソン大会では６度の優勝を誇る。サノフィ・アベンティス株式会社所属。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：土田和歌子選手サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_4.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />土田和歌子選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「土田和歌子選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り11/30)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第２回　長野での栄光の舞台裏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2011/11/1301.html" />
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    <published>2011-11-10T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-09T18:50:00Z</updated>
    <summary>～進化し続けるパラリンピアン～（2/4） 二宮：　リレハンメルで悔しい思いをした...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～進化し続けるパラリンピアン～（2/4）</strong></big></big></p>
<p><strong>二宮</strong>：　リレハンメルで悔しい思いをした分、長野に向けての４年間は、相当な努力をされたのでしょうね。</p>
<p><strong>土田</strong>：　リレハンメル後は高校卒業を迎えたということもあって、１年間は就職活動に専念しました。それで翌年から東京都の職員として働き始めたのと同時に練習も再開したんです。平日は勤務が終わってから夜、トレーニングをして、週末には氷上での練習場所を求めて、自分の車で山梨や長野に行ったりしました。</p>
<p><img alt="写真：土田選手のアスリートとしての基盤をつくった海外での苦労話も、今ではいい思い出だ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111110_1.jpg" width="210" height="330" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　海外に遠征するのもひと苦労だったのでは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　そうですね。当時はまだアイススレッジのノウハウが何もなかったので、日本代表チームのみんなと自費で、本場のノルウェーに合宿に行きました。でも、物価が高くて、困りましたね。ホテルで食事をしようとすると、5000円くらいかかっちゃうんです。そんな余裕はとてもないので、みんなで２キロ先のスーパーマーケットに買い出しに行って、部屋でエビを塩茹でしたり、野菜を切ったり......。そうそう、１つのカップラーメンを３人で分けて食べたこともありました。とてもアスリートとは思えないですよね（笑）。でも、そこまでしたからこそ、長野でのメダルにつながったのだと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その長野では金２個、銀２個を獲得されました。リレハンメルと比べると、大きな飛躍だったのでは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　実は短距離（100メートル、500メートル）の方で金メダルを狙っていたんです。ところが、当時は無名だったノルウェーの選手がいきなり出てきて、金メダルを持っていかれてしまいました。ショックでしたけど、すぐに「よし、1000メートル、1500メートルでは、絶対に金メダルを獲るぞ！」とうまく気持ちを切り替えることができました。これが大きかったですね。</p>
<p><strong>陸上転向後もメダルを量産！</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　長野後は陸上に転向しましたが、そのきっかけは何だったのでしょう？</p>
<p><strong>土田</strong>：　一つはアイススレッジの参加国と競技人口が少ないために、次のソルトレークシティでは正式競技から外されてしまったことでした。それと、アイススレッジの選手だった時、夏場に持久力をつけるトレーニングのために陸上競技の選手と一緒にトレーニングをしていたのですが、そこで陸上が面白いと感じていたんです。それで、２年後のシドニーを狙おうと思いました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　とはいえ、陸上とアイススレッジでは全く違う競技です。準備期間が２年というのは非常に厳しかったのでは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　そうですね。持久力とスピードが必要だということについては共通しているのですが、何せ車輪とエッジとでは全く違いますからね。確かに、苦労はしました。</p>
<p><img alt="写真：安定した生活を捨ててまでもプロの道を選んだ土田選手（左）。その生き様に二宮清純も感銘を受けた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111110_2.jpg" width="300" height="235" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　ところが、シドニーではいきなりマラソンで堂々の銅メダルを獲得。これには驚きました。</p>
<p><strong>土田</strong>：　当時、畑中和さんという先輩ランナーが世界のトップを走っていたんです。間近にそういう目標の選手がいたことで、私自身も短期間でうまくレベルアップできたかなと思いますね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　シドニーの後、東京都の職員を辞めて、現参議院議員の橋本聖子さんが設立したマネジメント会社に所属されました。自ら安定した生活を捨て去るのには勇気がいったのでは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　確かに不安はありましたね。でも、シドニーの頃にはもう、海外では多くのパラリンピアンがプロ活動をしていたんです。そういう選手に勝つには、自分も同じような環境をつくらなければと。そんな時にちょうど橋本聖子さんと出会ったんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　練習環境もガラリと変わったでしょうね。</p>
<p><strong>土田</strong>：　はい。アテネまでの４年間は、思いっきり競技に専念させてもらいました。今考えると、ぜいたくすぎるんじゃないかというくらい......。もちろん生活は裕福ではありませんでしたが、選手としては最高の環境だったと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　2001年の大分国際車いすマラソンでは世界記録を更新。04年のアテネでは5000メートルで金メダル、マラソンでは銀メダルに輝きました。日本人では初の夏冬金メダリストになったわけです。その最大の要因は何だったのでしょう？</p>
<p><strong>土田</strong>：　シドニーでは全てのレースを走りきると体重が43キロから39キロまで落ちてしまった。これでは体格の大きいパワフルな海外の選手には勝てないと思ったんです。そこでシドニー後は大学の教授からアドバイスをいただきながら、肉体改造に着手したんです。脂肪をそぎ落として、筋力アップを図り、アテネでは48キロで挑みました。それが5000メートルの金メダルにつながったのだと思います。</p>
<p><img alt="写真：これまでの数々の栄光は過酷なトレーニングの賜物だ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111110_3.jpg" width="450" height="319" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第３回につづく）</p>
<p><strong>＜土田和歌子（つちだ・わかこ）プロフィール＞</strong><br />
1974年10月15日、東京都生まれ。高校２年時に交通事故で脊髄損傷を負い、車椅子生活となる。翌年の秋にアイススレッジスピードスケートの講習会に参加し、約３カ月後のリレハンメルパラリンピック（1994年）に出場。４年後の長野大会では1500メートル、1000メートルで金メダルに輝き、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得した。その後は陸上競技に転向し、2000年シドニー大会では車いすマラソンで銅メダル、04年アテネ大会では5000メートルで金メダル、マラソンで銀メダルを獲得した。07年にはボストンマラソンで日本人では初めて優勝する。08年北京大会は5000メートルのレース中に転倒し、再レースを断念。マラソンも棄権した。今年４月のボストンマラソンでは５連覇を達成。大分国際車いすマラソン大会では６度の優勝を誇る。サノフィ・アベンティス株式会社所属。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：土田和歌子選手サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_4.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />土田和歌子選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「土田和歌子選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り11/30)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
    </content>
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    <title>第１回　アスリート魂に火をつけたリレハンメルでの惨敗</title>
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    <id>tag:www.challengers.tv,2011:/seijun//20.1298</id>
    <published>2011-11-03T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-03T00:54:50Z</updated>
    <summary>～進化し続けるパラリンピアン～（1/4） 　土田和歌子は、日本人初の夏冬金メダリ...</summary>
    <author>
        <name>ryo</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～進化し続けるパラリンピアン～（1/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：車いすマラソン世界記録保持者の土田和歌子選手。来年のロンドンパラリンピックでは４個目の金メダルを狙う" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_1.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>　土田和歌子は、日本人初の夏冬金メダリストである。リレハンメル大会に続いて出場した長野大会、アイススレッジスピードスケート1000メートル、1500メートルで金メダルを獲得。さらに夏季ではシドニー大会、車いすマラソンで銅メダル、そしてアテネ大会では5000メートルで堂々の金メダルに輝いた。これまで得たメダルの数は実に７個（金３、銀３、銅１）にものぼる。だが、３年前の北京大会、土田は5000メートルで他の選手の転倒に巻き込まれてケガを負い、その後に行なわれた再レースとマラソンを棄権。結局、ゴールすることなく、帰国の途についた。その悔しさを胸に、彼女は今、ロンドンへと走り続けている。37歳にしてなお、進化し続ける土田和歌子。ロンドンでも金メダル候補No.１の呼び声高い彼女の生きざまに、二宮清純が迫った。</p>
<p><br />
<strong>二宮</strong>：　今年１月にニュージーランドで行なわれたIPC世界選手権ではマラソンで優勝し、来年のロンドンパラリンピックの出場が内定されたそうですね。おめでとうございます。</p>
<p><strong>土田</strong>：　ありがとうございます。まだ内定ということですので、今後のレースでもしっかりと結果を残したいと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　リレハンメルから数えると、６回目の出場......すごいですね！</p>
<p><strong>土田</strong>：　でも、北京は一つもゴールしていませんので、私にとってはあってないようなものなんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　土田さんはもともとアイススレッジスピードスケートの選手としてリレハンメル、長野と出場されました。競技をはじめたきっかけは何だったのでしょう？</p>
<p><strong>土田</strong>：　高校２年の時にバイト先の先輩の車に乗っていたところ、スリップ事故に遭って脊髄損傷になりました。それで車椅子生活になったのですが、宣告を受けた時はやっぱり大きなショックを受けましたね。でも、寝たきりのベッドから、廊下をカラフルな車椅子に乗っている方たちが、ビュンビュンとすごい勢いで駆け抜けていくのが見えて、「あぁ、私も早くあんなふうに車椅子に乗れるようになって、元の生活に戻りたい！」と思ったんです。それが障害を受け入れる第一歩でした。そして、入院中にリハビリの一環としてスポーツをやり始めたんです。</p>
<p><img alt="写真：中学以降はスポーツをしていなかったが、リハビリで始めた障害者スポーツに強い関心を抱いた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_2.jpg" width="210" height="292" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　そこでアイススレッジスピードスケートをやり始めたと？</p>
<p><strong>土田</strong>：　いえ、最初は車椅子バスケットや陸上、水泳などを教えてもらいました。それで、事故から１年後には高校に復学したのですが、「もっとうまくなりたいな」という気持ちが強くなっていて、陸上の都大会に出場したり、いろいろとやるようになっていたんです。そこで知り合った東京都の多摩障害者スポーツセンターの指導員の方から「長野県でアイススレッジの講習会があるけど、やってみない？」と誘われたのがきっかけでした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　事故に遭うまではどんなスポーツを？</p>
<p><strong>土田</strong>：　幼少期から活発でしたね。マラソンは結構得意だったので、町内のマラソン大会に出たりもしていました。小学生の時は地元のミニバスケットボールクラブにも入っていました。実業団出身のご夫婦が指導しているところで、本格的にやっていたんです。全国大会やアジア大会にも出場するようなチームだったので、指導は厳しかったですね。でも、そこでの経験が「強くなりたい」という気持ちを養ってくれたのかなと思います。</p>
<p><strong>甘くはなかった世界の舞台</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　アイススレッジの講習会はいかがでしたか？</p>
<p><strong>土田</strong>：　1998年の長野パラリンピックに向けて選手と指導者の育成ということで、講習会が開かれたのですが、滑ってみて、「面白いな」と思いました。そしたら私の滑っている姿を見ていたコーチが「君は柔軟性もあるし、素質もあるから、３カ月後のリレハンメルに出てみないか？」と言ってきたんです。自分でも信じられない話でしたが、せっかくのチャンスだと思って出場することにしました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　でも、わずか３カ月では厳しいですよね......。</p>
<p><strong>土田</strong>：　はい、そこからは苦戦の日々でした。まずは競技者としての筋力をつけるところから始めました。東京にはアイススレッジの練習環境はありませんでしたので、長野や山梨に通ったり......。３カ月でできることは全てやりました。でも、開会式さえも楽しむ余裕はもてませんでしたね。レース前の練習の時なんか、周りからの威圧感に圧倒されてしまって、「早く日本に帰りたい」とさえ思っていたんです。結局、最下位に近いくらいの惨敗に終わりました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そこで辞めたいとは？</p>
<p><strong>土田</strong>：　帰国して最初は「もうスポーツなんかやらない！」と思って、しばらくの間は競技から離れたんです。でも、２、３カ月経つと、「長野パラリンピックに出たい」という気持ちが沸々とわいてきました。それと、リレハンメルの結果が悔しかったんですよね。それで、また挑戦しようと。その思いがあったからこそ、今も競技生活をやり続けられているのかなと思います。</p>
<p><img alt="写真：リレハンメル直後は競技から離れたという土田選手（左）。それでも再び競技に戻った彼女には「アスリートとしての素質があった」と二宮清純（右）は語る" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_3.jpg" width="450" height="348" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><strong>＜土田和歌子（つちだ・わかこ）プロフィール＞</strong><br />
1974年10月15日、東京都生まれ。高校２年時に交通事故で脊髄損傷を負い、車椅子生活となる。翌年の秋にアイススレッジスピードスケートの講習会に参加し、約３カ月後のリレハンメルパラリンピック（1994年）に出場。４年後の長野大会では1500メートル、1000メートルで金メダルに輝き、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得した。その後は陸上競技に転向し、2000年シドニー大会では車いすマラソンで銅メダル、04年アテネ大会では5000メートルで金メダル、マラソンで銀メダルを獲得した。07年にはボストンマラソンで日本人では初めて優勝する。08年北京大会は5000メートルのレース中に転倒し、再レースを断念。マラソンも棄権した。今年４月のボストンマラソンでは５連覇を達成。大分国際車いすマラソン大会では６度の優勝を誇る。サノフィ・アベンティス株式会社所属。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p><br />
<table style="border:1px solid #aaaaaa;"><tr><td style="padding:10px;"><img alt="写真：土田和歌子選手サイン色紙" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111103_4.jpg" width="160" height="185" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></td><td style="padding: 10px 10px 10px 0px;"><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br />土田和歌子選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「土田和歌子選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に郵便番号・住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想をお書き添えいただき、<a href="&#109;&#97;i&#108;&#116;o&#58;&#115;t&#97;n&#100;&#64;&#112;as&#116;&#101;l&#108;abo.&#99;&#111;.&#106;p" target="_blank">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り11/30)</td></tr></table></p>
<p><br />
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div></p>]]>
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    <title>第４回　世界のブラインドサッカー事情</title>
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    <published>2011-10-27T01:00:00Z</published>
    <updated>2011-10-27T00:53:52Z</updated>
    <summary>～サッカーに魅せられて～（4/4） 二宮：　石井さんは、日本代表として国際試合を...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～サッカーに魅せられて～（4/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：初めての国際大会となった韓国との遠征試合では、背番号「10」をつけて出場した" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111027_1.jpg" width="210" height="339" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　石井さんは、日本代表として国際試合を経験されてきました。これまでどんな国と対戦しましたか？</p>
<p><strong>石井</strong>：　10試合ほど出場しているのですが、スペイン、ブラジル、ドイツ、韓国などと対戦しました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、世界のブラインドサッカー界での強豪国といえば？</p>
<p><strong>石井</strong>：　スペインやアルゼンチンも強いのですが、やはりサッカーの本場であるブラジルは頭一つ抜けている感じですね。昨年の世界選手権ではブラジルが優勝し、2012年のロンドンパラリンピックの切符を獲得しました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　石井さん自身はブラジルと対戦したことは？</p>
<p><strong>石井</strong>：　はい、一度だけあります。その時は０－７というスコアで負けました。とにかく個人技に圧倒されました。日本人選手が体を寄せても、ブラジルの選手は全くバランスを崩さずにシュートまでもっていくんです。しかも、普通はコーラーが選手に細かく指示を出すのですが、ブラジルのコーラーはほとんど戦術的な指示を出さないんです。それだけ選手主体でやれているということなんだと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本代表は今、どのくらいの位置にいるのでしょうか？</p>
<p><strong>石井</strong>：　昨年の世界選手権では10カ国中８位という成績でした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　アジアの強豪国となると、どこですか？</p>
<p><strong>石井</strong>：　北京パラリンピック開催のために強化に力を入れた中国は今、アジアでは圧倒的な強さを持っていますね。最近では国を挙げて強化しているイランも強くなってきています。その２カ国に韓国と日本を加えた４カ国が、アジアではトップ４となっています。</p>
<p><strong>初のパラリンピック出場へ</strong></p>
<p><img alt="写真：国内開催となる12月のアジア選手権での朗報を心待ちにする二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111027_2.jpg" width="210" height="324" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　さて、来年のロンドンパラリンピックの出場権をかけて12月（22~25日）には元気フィールド仙台でアジア選手権大会が開催されますね。アジアに用意された切符はわずか２枚。既に中国は出場が決まっていますから、中国を除いた最上位のチームが残る１枚の切符を獲得できると。</p>
<p><strong>石井</strong>：　はい、そうです。今回は６カ国で３チームずつのグループリーグを行なう予定だったのですが、残念ながら4カ国の出場となってしまいました。そのため日本、中国、イラン、韓国の４チームで総当たり戦を行ないます。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　一番のライバルは？</p>
<p><strong>石井</strong>：　イランも韓国も強いですからね。総当たり戦ですから、どこと当たっても勝たなければいけません。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本の強みはどこですか？</p>
<p><strong>石井</strong>：　やはり組織力だと思います。あとはスピードのある選手をいかにうまく動かしていけるか。そのあたりが勝利のカギを握るでしょうね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　ブラインドサッカーはアテネパラリンピックから正式種目として採用されました。しかし、日本はまだ一度も出場していません。</p>
<p><strong>石井</strong>：　はい。アテネはアジア予選が行なわれなかったので仕方ないのですが、前回の北京ではあと一歩というところで韓国に負けてしまい、出場を逃してしまった。その時の悔しさは未だに忘れられません。今回はぜひ、リベンジしたいと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　ホームでの開催ですから、地の利をいかしたいところですね。</p>
<p><strong>石井</strong>：　そうですね。東日本大震災の被災者に勇気と元気を与えられるような試合をして、ロンドンの切符を掴みとりたいと思います！</p>
<p><img alt="写真：ロンドンパラリンピックでの初出場を誓う石井選手（右）に「期待しています！」と力強く握手する二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/111027_3.jpg" width="450" height="335" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（おわり）</p>
<p><strong>＜石井宏幸（いしい・ひろゆき）プロフィール＞</strong><br />
1972年４月20日、神奈川県生まれ。小学１年からサッカーを始めるも、中学２年で喘息を患い、静養を余儀なくされる。19歳の時、白内障で右目の視力を失い、28歳の時には緑内障で左目の視力を失い、全盲となる。１年半後、神戸で行なわれた講習会に参加したことをきっかけにブラインドサッカーを始める。同年５月には日本初の国際試合に出場し、韓国と対戦した。2002年、日本視覚障害者サッカー協会（現・日本ブラインドサッカー協会）が発足し、理事に就任。04年からは同協会副理事長を務める。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB café TOKYO</a></p>
<div style="text-align: right;"><a href="http://www.challengers.tv/contact/">「二宮清純の視点」に関するご意見・ご感想はこちらまで</a></div>]]>
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