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    <title>二宮清純の視点</title>
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    <updated>2010-09-06T06:43:16Z</updated>
    <subtitle>二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線</subtitle>
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    <title>第１回　「スポーツ立国戦略」は根本的見直しを！</title>
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    <published>2010-09-02T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-09-06T06:43:16Z</updated>
    <summary>～障害者スポーツの未来を考える～（1/5） 　15歳で全盲となり、光を失った河合...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～障害者スポーツの未来を考える～（1/5）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：文部科学省から発表された「スポーツ立国戦略」に異議を唱える河合氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kawai100902-1.jpg" width="450" height="319" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
　15歳で全盲となり、光を失った河合純一氏。それでも夢や目標を失わず、常に前向きに生きてきた。競泳選手としてパラリンピックには５大会連続で出場し、21個ものメダルを獲得。中学時代から抱き続けてきた教員への夢も叶えた。今は｢夢や目標をもって前向きに生きることのできる国づくり｣を目指し、政治活動を展開している。今回はスポーツ関係者も多く集う「MLBカフェ」で、2003年に河合氏自らが主演した映画『夢追いかけて』をバックに二宮清純がロングインタビューを敢行。日本のスポーツ界が抱える問題点について語り合った。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　７月の参議院選挙では残念ながら落選してしまいましたが、初めての選挙活動はどうでしたか？</p>
<p><strong>河合</strong>：　選挙活動を通して学んだことは多かったですね。落選はしましたが、全国に私の考えをより広められたという点では大きな意味があったと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、日本では同じスポーツなのに、一般スポーツは文部科学省、障害者スポーツは厚生労働省と所管が分かれていることで弊害が起きています。</p>
<p><strong>河合</strong>：　はい、そうですね。その対策として「スポーツ庁、スポーツ省」と言われて久しいわけですが、全く環境は変わっていない。もう本当に泣けてきますよ。先月、文科省から「スポーツ立国戦略」が発表されましたが、これは案の段階で既に怒りを覚えましたね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　どの部分に最も怒りを感じられましたか？</p>
<p><strong>河合</strong>：　「スポーツ立国戦略」ではまず最初に、「５つの重点戦略の目標」として「国民の誰もが、それぞれの体力や年齢、技術、興味・目的に応じて、いつでも、どこでも、いつまでもスポーツに親しむことができる生涯スポーツ社会を実現する」「成人の週３回以上のスポーツ実施率が３人に２人（65パーセント以上）となることを目指す」などが記載されているんです。にもかかわらず、その施策の内容の部分では、障害者スポーツについては「障害者スポーツとの連携強化」の一項目で完結しているんですよ。これでは国が、「国民」や「65パーセント」に障害者を含めているのか、疑問を抱かざるを得ない。もちろん含まれているとは思いますよ。だったら、障害者に対してだけ「連携強化」で終わらせるのはおかしな話です。</p>
<p><strong>未だ見えない国としての方針</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　国民の税金でつくられたはずのナショナルトレーニングセンターがオリンピック選手が利用できて、パラリンピック選手が利用できないというのも変な話ですね。</p>
<p><strong>河合</strong>：　おっしゃる通りです。これについても「スポーツ立国戦略」で触れられているのですが、「（パラリンピアンの利用については）メリット、デメリット、実現可能性等について、日体協、財団法人日本オリンピック委員会、中央競技団体等の意向も踏まえながら検討する」と記載されているだけなんです。これなら「検討した結果、やっぱり使用することはできません」と言ってもいいわけですよね。改善しようという積極性が全く見られない。これでは「国民」には障害者は入らないのか、と言いたくもなりますよ。<br />
　発表された「スポーツ立国戦略」はあくまでも文科省の所轄している中でのビジョンでつくっているに過ぎません。これを国としてのスポーツビジョンだと認めて、「スポーツ基本法」のベースにするのはあまりにも危険です。ですから、根本的な見直しは不可欠だと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、障害者スポーツを管轄している厚労省の考えは？</p>
<p><strong>河合</strong>：　それについても明確にはされていません。８月27日に「厚生労働白書」が公表されました。「障害者の地域生活の支援」ということで「障害者自立支援法」については明記されていますが、ここにも障害者スポーツのことには一切触れられていないんです。所管であるはずの厚労省の報告書になければ、障害者スポーツへの認知度が高まるはずもありませんし、予算は減らされてしまいます。こういう状況下では国は障害者スポーツを見捨てていると言わざるを得ない。やはり日本のスポーツ行政を進めていくには内閣府の管轄下に置くべきかなと思いますね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　仮にいくら立派な政策をたてたところで、現在のような"ねじれ国会"では、超党派でやっていかなければ何も通りませんよ。</p>
<p><strong>河合</strong>：　そうなんです。ところが、ある党では今後、超党派の会合には参加せずに独自でやっていこうという動きがあるとか。国民的視点から議論していかなければいけないはずなのに、そういう環境ですらない。これは非常に困った状況です。</p>
<p><img alt="写真：現在のねじれ国会が招く弊害を懸念する二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kawai100902-2.jpg" width="450" height="319" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜河合純一（かわい・じゅんいち）プロフィール＞</strong><br />
1975年４月19日、静岡県出身。５歳で水泳を始め、パラリンピックにはバルセロナから５大会連続出場。金５個、銀９個、銅７個の計21個ものメダルを獲得した。先天性ブドウ膜欠損症で生まれつき左目の視力がなく、15歳の時に右目も失明し全盲となる。しかし、教師への夢を諦めず、早稲田大学卒業後の98年には母校の舞阪中学に社会科教諭として赴任。2008年からは静岡県総合教育センター指導主事を務めた。今年７月の参議院選挙にはみんなの党から静岡選挙区で出馬。惜しくも次点で落選するも、今後もみんなの党の一員として活動し、政界に一石を投じる。現在、日本パラリンピアンズ協会会長を務める。</p>
<p>河合純一氏のブログはこちらから<br />
◇<a href="http://www.junswim.to/wp/" target="_blank">Keeping Alive The Dreams </a></p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>
<p>協力　<a href="http://www.mlbcafe.jp/" target="_blank">MLB cafe TOKYO</a></p>]]>
    </content>
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    <title>第４回　アスリートからビジネスマンへ</title>
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    <published>2010-08-26T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-26T17:48:02Z</updated>
    <summary>～障害者スポーツと企業のかかわり～（4/4） &quot; src=&quot;http://www...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～障害者スポーツと企業のかかわり～（4/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：４年間の思いが詰まった金メダルと銅メダルを手に<br />
" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100826-1.jpg" width="260" height="288" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　今後もマルハンとしては障害者スポーツに力を入れていくお考えですか？</p>
<p><strong>韓</strong>：　そうですね。今回、狩野くんもよく頑張ってくれて、社内でも大きな影響を与えてくれました。金メダルという結果以上に、彼が努力している姿に多くの社員が勇気づけられたようです。バンクーバーパラリンピックを通して、改めてスポーツが与える影響の大きさや、支援することの意味合いを痛切に感じることができました。<br />
　狩野くんは、これからは金メダリストとして追われる立場になるわけですから、プレッシャーもかかってくることでしょう。彼が競技に専念できるように、我々も全力でサポートしていきたいと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　これだけのバックアップがあるというのは、心強いでしょう。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　はい、とてもありがたいと思っています。もう、僕としては「やるだけだな」という気持ちです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　狩野選手はまだ24歳ですから、ソチ大会はもちろん、８年後のパラリンピックも狙えるのでは？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　そうですね。チェアスキーでは40代半ばくらいの選手でも世界の第一線で活躍しているので、僕自身もまだまだ成長できると思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　経験によって技術はどんどん上達していきますからね。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　はい。特にアルペンスキーは経験がモノをいう競技ですので、ピークも30代半ばくらい。あとは気力と体力次第だと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　ソチでは連覇という楽しみがありますが、韓社長も応援に行かれる予定ですか？</p>
<p><strong>韓</strong>：　はい、もちろん行こうと思っていますよ。今回バンクーバーに行ってみて、現地でしか感じることのできないものがたくさんあることを知りましたからね。それに、見守ってきた選手たちの活躍を見られるのは、本当に嬉しいことですから。</p>
<p><img alt="写真：狩野選手＜右＞への素質を高く評価している韓社長＜左＞<br />
" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100826-2.jpg" width="300" height="212" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>現役引退後も一流であれ！</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　狩野選手はまだお若いですから、少し先の話になってしまいますが、現役生活を終えた選手たちについて、マルハンではどのように考えていらっしゃいますか？</p>
<p><strong>韓</strong>：　狩野くんにも既に伝えてありますが、私としては引退後もマルハンの社員として残ってもらいたいと思っています。今度はビジネスマンとして一流になってほしいという希望を抱いています。<br />
　また、彼には障害者アスリートの環境を改善したいという強い気持ちがあります。今は競技者としてやれることをやっていると思いますが、引退した後もそういう部分で一役担う人材になってくれればいいなと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　狩野選手自身はどうですか？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　自分自身にそこまで期待していただけるというのは、本当に幸せなことだと感謝の気持ちでいっぱいです。韓社長の期待に応えるためにも、現役の今から、引退後の自分に何ができるかを考えていこうと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　アルペンスキー界としては、狩野選手に指導者としての期待も抱いているのでは？</p>
<p><strong>韓</strong>：　もちろん、指導者としてやっていくということも十分に考えられますよね。それはそれで応援したいと思っています。私としては、今回のバンクーバーで活躍したことで社内でもそうであったように、人に影響を与えるような存在になってほしいのです。そしてまた、狩野くんならきっとやってくれるだろうと思っています。</p>
<p><img alt="写真：現役引退後も狩野選手＜右＞の活躍に期待する韓社長＜中央＞と二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100826-3.jpg" width="450" height="321" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />（おわり）</p>
<p><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br /><p>狩野亮選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「狩野選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想などがありましたらお書き添えいただき、<a href="mailto:stand@pastellabo.co.jp">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り9/15)</p>
<p><strong>＜狩野亮（かのう・あきら）プロフィール＞</strong><br />
1986年３月14日、北海道網走市出身。小学３年の時に交通事故で脊髄を損傷。両足が不自由となり車椅子の生活となる。小学５年からスキー指導員の父親の指導のもと、チェアスキーに親しむ。98年長野パラリンピックに影響を受け、本格的に競技を始めた。<br />
　岩手大学在学中の2006年、トリノパラリンピックに出場。08年にマルハンに入社。２度目のパラリンピックとなった今年のバンクーバー大会では滑降で銅メダル、スーパー大回転で金メダルに輝いた。</p>
<p>狩野選手のブログはこちらから<br />
◇<a href="http://ameblo.jp/akira-sitski/" target="_blank">SITSKIER 狩野 亮</a></p>
<p>＜韓裕（はん・ゆう）プロフィール＞<br />
1963年４月17日、京都府出身。株式会社マルハン代表取締役社長。京都商業高校時代にはレギュラーとして夏の甲子園に出場し、準優勝に輝く。法政大学卒業後、株式会社地産に入社し、90年には現在のマルハンに入社。営業統括部長、常務取締役、代表取締役副社長を歴任し、08年に現職に就任した。</p>
<p><a href="http://www.maruhan.co.jp/" target="_blank"><img alt="株式会社マルハンのバナー"src="http://www.challengers.tv/seijun/images/banner_maru.jpg" width="160" height="54" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第３回　創業時から宿る社会貢献への意識</title>
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    <published>2010-08-19T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-18T19:05:57Z</updated>
    <summary>～障害者スポーツと企業のかかわり～（3/4） 二宮：　マルハンは狩野選手へのサポ...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～障害者スポーツと企業のかかわり～（3/4）</strong></big></big><br />
<img alt="写真：社会貢献の一つとしてスポーツ支援にも力を注ぐマルハン" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/100819_1.jpg" width="450" height="326" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　マルハンは狩野選手へのサポートをはじめ、電動車椅子サッカーのＷ杯に特別支援したり、昨年は電動車椅子サッカー大会「マルハンカップ」を主催したりと、障害者スポーツに随分と貢献されています。障害者スポーツにかかわるきっかけはどういうことだったのでしょうか？</p>
<p><strong>韓</strong>：　創業以来、弊社では社会貢献について非常に高い意識をもってやってきました。会社が苦しい時期にも、そういう精神のもとにできる範囲でやり続けてきました。その一環として2005年より神奈川県電動車椅子サッカー協会主催の「神奈川オータムフェスティバル」の協賛を行なってまいりました。社内でチームを結成し、試合に出場したり、ボランティアとして運営のお手伝いもさせていただいています。それが縁で2007年の電動車椅子サッカーＷ杯の支援や、昨年の「マルハンカップ」主催にいたった次第です。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　07年のＷ杯では、岡田武史前日本代表監督もアドバイザーとして参加したこともあって、反響が大きかったようですね。</p>
<p><strong>韓</strong>：　はい。弊社としても支援して本当によかったと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　一般スポーツでも、四国・九州アイランドリーグの香川オリーブガイナーズやNOMOベースボールクラブなどを支援されていますね。</p>
<p><strong>韓</strong>：　私も高校、大学と野球をしていましたので、頑張っているアスリートたちを応援したいという気持ちは強いですね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　韓社長は京都商業高校時代に甲子園に出場されて、準優勝されているんですよね。</p>
<p><strong>韓</strong>：　はい。だからといって、野球にばかりこだわっているわけではありません。とにかく挑戦している人たち、夢をもってチャレンジしている人たちを支援したいと思っています。</p>
<p><strong>継続してこそスポーツ支援</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　しかし、日本の企業は業績が悪化すると、まずスポーツから切っていく傾向があります。社会人野球が典型的ではないでしょうか。</p>
<p><strong>韓</strong>：　私は社会貢献には継続が重要だと思っています。会社が調子のいい時だけ支援して、悪くなったらリストラの対象とするということはしません。ですから、最初に継続してやれるかどうかを慎重に見極めることが重要だと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　韓社長がおっしゃったように、社会的責任という観点から見れば、やはり継続性が重要でしょう。しかし、日本の現状では、スポーツをやりたいという選手が今、企業を追われる"難民化"しているというケースも少なくありません。その中で、アイランドリーグは選手の貴重な受け皿となっているわけですから、まさにマルハンの果たしている社会的貢献は大きいのではないかと思います。</p>
<p><strong>韓</strong>：　そうですね。実際、そういう考えのもとにやってきました。また、スポーツ支援する企業が減少しているからこそ、私たちへの期待も高まっているのではないかと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　今後も、狩野選手のようにパラリンピックを目指す選手の支援も続けていくと。</p>
<p><strong>韓</strong>：　はい、そうですね。というのも、今回、バンクーバーに応援に行ったのですが、現地で狩野くんと行動を共にして、多くのことを感じることができました。彼たちが背負ってきたものは、私たちが考えている以上に大きなもので、それを乗り越えるために努力を積み重ねてきた人たちが、これだけ大勢いるのだなということを思い知らされました。そして、ナショナルチームに選ばれる選手でも、まだまだ大変な苦労をしながら競技を続けているということも......。ですから、私たちができる範囲の中で、精一杯支援をしていきたいと改めて思いました。</p>
<p><img alt="写真：アスリートの"難民化"に懸念を示す二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/100819_2.jpg" width="450" height="331" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第４回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜狩野亮（かのう・あきら）プロフィール＞</strong><br />
1986年３月14日、北海道網走市出身。小学３年の時に交通事故で脊髄を損傷。両足が不自由となり車椅子の生活となる。小学５年からスキー指導員の父親の指導のもと、チェアスキーに親しむ。98年長野パラリンピックに影響を受け、本格的に競技を始めた。岩手大学在学中の2006年、トリノパラリンピックに出場。08年にマルハンに入社。２度目のパラリンピックとなった今年のバンクーバー大会では滑降で銅メダル、スーパー大回転で金メダルに輝いた。</p>
<p>狩野選手のブログはこちらから<br />
◇<a href="http://ameblo.jp/akira-sitski/" target="_blank">SITSKIER 狩野 亮</a></p>
<p>＜韓裕（はん・ゆう）プロフィール＞<br />
1963年４月17日、京都府出身。株式会社マルハン代表取締役社長。京都商業高校時代にはレギュラーとして夏の甲子園に出場し、準優勝に輝く。法政大学卒業後、株式会社地産に入社し、90年には現在のマルハンに入社。営業統括部長、常務取締役、代表取締役副社長を歴任し、08年に現職に就任した。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第２回　困難なアスリートの就職事情</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/08/731.html" />
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    <published>2010-08-12T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-11T20:33:02Z</updated>
    <summary>～障害者スポーツと企業のかかわり～（2/4） 二宮：　マルハンとの出合いは何がき...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～障害者スポーツと企業のかかわり～（2/4）</strong></big></big><br />
<img alt="写真：韓社長は狩野選手の熱い思いに心うたれ、採用を決めた" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kanou100812_1.jpg" width="450" height="315" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　マルハンとの出合いは何がきっかけだったのですか？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　大学を卒業する際、現役を続けられる就職先を探していました。パラリンピックを目指すには１年の半分は海外を転戦しますので、費用もかかりますし、普通に就職活動していてはダメだなと。そこで自分を知ってもらおうとレポートを作成しました。チェアスキーへの思いや目標、将来展望などを書いて、それを履歴書と一緒にもう、数え切れないほどの企業に送りました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　その中の１社がマルハンだったと。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　はい。僕に興味を持っていただいて、「お話をしましょう」という連絡をいただきました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　韓社長もそのレポートは読まれたんですか？</p>
<p><strong>韓</strong>：　はい。結構長いレポートだったのですが、履歴書と障害者スキー連盟の推薦状と一緒に送られてきました。そこにはバンクーバーパラリンピックへの意気込みや、将来的には障害者スポーツの環境改善に一役買いたいということが書かれてありました。その内容に心を打たれました。<br />
　実は弊社は、その数年前からアスリート採用を始めていました。選手が現役を続けながら就職することが難しくなってきている中で、少しでもチャンスを与えられればと思いまして。それで狩野くんもアスリート採用の一人として入社が決まったというわけです。</p>
<p><img alt="写真：金メダルの裏にはマルハンのサポートがあった" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kanou100812_2.jpg" width="300" height="227" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>金メダリストとしての責任</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　マルハン以外の企業の反応はいかがだったのでしょう？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　例えば「物品提供なら」とか、反応はさまざまでした。最も多かったのは「個人へのスポンサーはしていません」という回答でした。１００社を超える数の企業に送らせて頂きましたが、直接会って話を聞いていただいたのは２、３社でした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　選手は、現実問題として海外にも行かなければいけないし、道具にもお金がかかりますから、経済的な負担を考えると、現役続行は容易ではない。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　そうですね。４年に一度のパラリンピックだけというわけにはいきませんから。毎年海外で行なわれるＷ杯を転戦しなければ、パラリンピックに出場する資格さえももらえないんです。そういったことを理解してサポートしていただかなければ、選手は競技を続けていくことができません。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツへの世間の理解はまだまだ十分ではないと？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　そう思います。幸いなことに僕自身は恵まれた環境でやれていますが、選手によってはケガをしても治療費を節約しなければならない人もいます。そもそも、ナショナルチーム自体に財力がないんです。文部科学省管轄のオリンピックとは違い、パラリンピックは厚生労働省が管轄ですから、世間的にはまだまだ競技というより福祉やリハビリの一環というふうにしか見られていない気がします。</p>
<p><img alt="写真：今後の狩野選手の活動に期待を寄せる二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kanou100812_3.jpg" width="240" height="297" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　やはりスポーツとして見られたいという気持ちは強い？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　はい。見ていただければわかると思いますが、実際に僕たちがやっていることはスポーツですし、僕たち自身もアスリートとして真剣に勝負に挑んでいる。それを理解してもらえると嬉しいのですが......。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　金メダリストになったわけですから、後進のためにもそういった意見をどんどん発信していってください。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　僕自身はまだ金メダリストに相当する選手にはなれていないと思っていますが、実際なれたわけですから、そういうことも行動に移していかなければいけないと思っています。</p>
<p><br clear="all" /></p>
<p>（第３回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜狩野亮（かのう・あきら）プロフィール＞</strong><br />
1986年３月14日、北海道網走市出身。小学３年の時に交通事故で脊髄を損傷。両足が不自由となり車椅子の生活となる。小学５年からスキー指導員の父親の指導のもと、チェアスキーに親しむ。98年長野パラリンピックに影響を受け、本格的に競技を始めた。岩手大学在学中の2006年、トリノパラリンピックに出場。08年にマルハンに入社。２度目のパラリンピックとなった今年のバンクーバー大会では滑降で銅メダル、スーパー大回転で金メダルに輝いた。</p>
<p>狩野選手のブログはこちらから<br />
◇<a href="http://ameblo.jp/akira-sitski/" target="_blank">SITSKIER 狩野 亮</a></p>
<p>＜韓裕（はん・ゆう）プロフィール＞<br />
1963年４月17日、京都府出身。株式会社マルハン代表取締役社長。京都商業高校時代にはレギュラーとして夏の甲子園に出場し、準優勝に輝く。法政大学卒業後、株式会社地産に入社し、90年には現在のマルハンに入社。営業統括部長、常務取締役、代表取締役副社長を歴任し、08年に現職に就任した。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
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    <title>第１回　バンクーバーでの勇姿が見られるまで</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/08/727.html" />
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    <published>2010-08-05T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-08-10T20:02:12Z</updated>
    <summary>～障害者スポーツと企業のかかわり～（1/4） 　今年３月に行なわれたバンクーバー...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～障害者スポーツと企業のかかわり～（1/4）</strong></big></big><br />
<img alt="写真：バンクーバーでの活躍の裏にはマルハンとの出会いがあった。左から二宮、韓社長、狩野選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kanou100805_1.jpg" width="450" height="341" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
　今年３月に行なわれたバンクーバーパラリンピックで金、銅の２つのメダルを獲得したのがアルペンスキー男子座位の狩野亮選手だ。初めて出場した４年前のトリノパラリンピックでは満足した結果を得られず、自身初めての挫折を味わったという。雪辱を誓っての４年間の努力がバンクーバーで見事実を結んだ。そして彼を社員として受け入れ、支援し続けてきたのがアミューズメント店経営大手のマルハンだ。創業時から社会貢献を理念としてきた同社はどのようにしてアスリートをサポートしてきたのか。二宮清純が狩野選手と韓裕マルハン社長に直撃インタビューした。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　バンクーバーでは金メダルと銅メダルを獲得しました。４年前のトリノ大会では結果が出ず、悔しい思いをしたことでしょう。この４年間は相当な決意をもって努力されてきたのではないでしょうか。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　そうですね。実は、トリノ大会までは特にいい成績を挙げていたわけでありませんでした。それでも僕の将来性を見込んでくれたコーチが周囲の反対を押し切って選出してくれたのですが、全く結果を出すことができませんでした。そこで初めて、いかに自分が甘かったかを痛感させられました。「このままではダメだ」と気持ちを入れ替えることができました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　社長は２年間、狩野選手を支援しながら見守ってこられたわけですが、「今回はいける」という感触はあったんでしょうか。</p>
<p><strong>韓</strong>：　狩野くんが相当な努力をしてきたことはわかっていましたから、なんとかメダルを獲って欲しいという気持ちはありました。でも、まさか金メダルとまでは思っていなかったので本当に感動しました。本人としては前日の滑降で銅メダルを獲れたことで、優勝したレースでは気持ちが吹っ切れていたんでしょうね。</p>
<p><strong>勝因はコーチからの助言</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　前日の滑降で銅メダルを獲れたことで、やっぱり気持ちが楽になったところがあったと。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　はい。目標として「メダル１個は獲りたい」という気持ちはありましたから、滑降で銅メダルが獲れて肩の荷が降りた感じでした。だからこそ、翌日のスーパー大回転では楽しく滑ることができました。やっぱり最初の銅メダルがなければ、金メダルはなかったと思いますね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　過去最高のパフォーマンスだったのでは？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　最高というよりは、いつも通りという感じですね。無理をすることもなく、コーチや先輩の指示に従って、今できる精一杯の力を出し切ることができました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　当日のコースの雪質はいかがでしたか？</p>
<p><strong>狩野</strong>：　もともと天候が安定しない地域で、僕らのレースの前に雨が降ってしまったんです。それこそ何十人もの選手が滑るので、それに耐え得るコースをつくるために、レース前には雪面を凍らせる作業が行なわれました。チェアスキーは板が一本しかありませんので、ちょっとコースから外れてしまうとすぐに転倒してしまいます。ですから、斜面が凍っているのは僕にとっては少しハードルが高かったですね。とにかくコーチの指示通りに攻めるところは攻めて、守るところは守って滑りました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　それではコーチのアドバイスが適格だったと。</p>
<p><strong>狩野</strong>：　そうですね。僕自身も前日に銅メダルを獲って気持ちが落ち着いていましたので、滑っている最中も焦ることなく冷静に「ここはこういう指示だったな」と一つ一つ思い出しながらしっかりと滑ることができました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　支援してきた選手がメダルを獲ると、会社としてもいい刺激になるのでは？</p>
<p><strong>韓</strong>：　そうだと思います。うちは社員が１万人以上いますが、全国に散らばっています。普段狩野くんと接している社員はほんの一握りしかいません。ですから、狩野くんの存在を社内に広めていく活動をすることで、彼の頑張りを知ってもらうところから始めました。その結果、バンクーバーパラリンピック前には社内でも応援ムード一色という感じでした。彼が結果を出してくれたこともあって、彼の勇姿が多くの社員を勇気づけたり、さまざまなことを考えさせてくれました。彼を支援してきたことは会社にとっても、非常に意味のあることだったと改めて感じました。</p>
<p><img alt="写真：現地へ応援に駆けつけた韓社長の期待に応え、金メダルに輝いた狩野選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/kanou100805_2.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜狩野亮（かのう・あきら）プロフィール＞</strong><br />
1986年３月14日、北海道網走市出身。小学３年の時に交通事故で脊髄を損傷。両足が不自由となり車椅子の生活となる。小学５年からスキー指導員の父親の指導のもと、チェアスキーに親しむ。98年長野パラリンピックに影響を受け、本格的に競技を始めた。岩手大学在学中の2006年、トリノパラリンピックに出場。08年にマルハンに入社。２度目のパラリンピックとなった今年のバンクーバー大会では滑降で銅メダル、スーパー大回転で金メダルに輝いた。</p>
<p>狩野選手のブログはこちらから<br />
◇<a href="http://ameblo.jp/akira-sitski/" target="_blank">SITSKIER 狩野 亮</a></p>
<p>＜韓裕（はん・ゆう）プロフィール＞<br />
1963年４月17日、京都府出身。株式会社マルハン代表取締役社長。京都商業高校時代にはレギュラーとして夏の甲子園に出場し、準優勝に輝く。法政大学卒業後、株式会社地産に入社し、90年には現在のマルハンに入社。営業統括部長、常務取締役、代表取締役副社長を歴任し、08年に現職に就任した。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第５回　山積する課題と改善策</title>
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    <published>2010-07-29T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-28T21:44:43Z</updated>
    <summary>～日本障害者スポーツの実相～（5/5） 二宮：　今後、障害者スポーツを普及・発展...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～日本障害者スポーツの実相～（5/5）</strong></big></big><br />
<img alt="写真：全国の障害者スポーツセンターの現状について語る中森氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100729_1.jpg" width="450" height="312" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><strong>二宮</strong>：　今後、障害者スポーツを普及・発展させるために最も必要なことは？</p>
<p><strong>中森</strong>：　各都道府県・指定都市が設置した障害者スポーツセンターが、もっと区市町村と連携を図っていくことが必要ではないかと思っています。というのも、さまざまな事情で障害者スポーツセンターを利用できない人も大勢います。例えばセンターから遠く離れた地域の人はなかなか足を運ぶことができないわけです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　恩恵を受ける人と受けられない人で差が出てきていると。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、そうです。そこで、指導者を地域に派遣して区市町村や障害者の施設などで事業のお手伝いをするとか、そういうことができないかなということを提案しているところです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　実際に実施しているところは？</p>
<p><strong>中森</strong>：　長野県が効果的にやっているかなという印象ですね。拠点の障害者スポーツセンターが長野市の北部に設置されています。長野県は南北に広く、スポーツセンターから遠い地域に住んでいる人たちは利用することができない。そこで、佐久市と松本市にブランチ（支部）を置いて、そこを拠点にその地域の障害者スポーツの振興を進めています。<br />
　しかし、問題は他の公共の利用施設同様に、多くの障害者スポーツセンターが指定管理者制度の下に置かれているということなんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　なぜ、そうなっているのでしょうか。</p>
<p><strong>中森</strong>：　運営費用を抑えるという意味があるのでしょう。しかし、都道府県・指定都市の障害者スポーツ施策、つまり行政と一体化しているようなことを、民間企業による入札方式は馴染まないと思うんです。</p>
<p><strong>一般スポーツとの垣根を越えて</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　これまでお話をお伺いしたところ、本当にさまざまな壁がありますね。その壁を一つ一つ取り除いていくには、やはり障害者自身が立ち上がって声を発していく必要があるのではないでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　その通りだと思います。特にスポーツ界では、どうも縦社会という感覚が強いのか、何をするにもまずは我々日本障害者スポーツ協会を通さなければいけないと思っているようなところがあります。しかし、もっと選手たち自身が自主的に行動した方が影響力は大きいと思うんです。<br />
　実際、隣国の韓国では障害者自身が「その仕組みはおかしい」と言ったことで、どんどん改善されていったんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本では障害者は表に出にくいというような風土が未だに根強く残っているのでしょうか。</p>
<p><strong>中森</strong>：　日本の場合、障害者は年金支給や税金免除など、公的な支援を受けている人が大勢います。だからこそ、国に対して異を唱えるということがなかなかできないのだと思います。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　「障害者自立支援法」があるのですから、国も障害者が自立することを望んでいると思うのですが......。</p>
<p><strong>中森</strong>：　スポーツをどうとらえるかということが問題なのだと思います。スポーツにはさまざまな要素があると思うのですが、私は睡眠や食事と同じように、人間が健康で長生きするために欠かせないものだと思っています。例えば、運動を盛んに取り入れている小学校では成績もいい、というような話をよく聞きます。つまり、体を動かすことで、体の他の部分にもいい影響力を及ぼす。特に成長期の子どもにはその影響は大きいと思っております。それは、障害者にとっても同じことが言えるわけです。例えば、車椅子を使用している障害者が適度な運動をしないと、車椅子を持ち上げて車のシートに移動することができなくなる。そうすると車の使用ができなくなる。競技性だけでなく、こうした人間の生活の根幹部分として運動（スポーツ）の必要性をとらえてほしいなと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　今、文部科学省では総合型地域スポーツクラブの整備が進められています。この政策には障害者スポーツも含まれているのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　基本的には国民への政策ですから、障害者も対象とされています。しかし、健康につながる医学面の支援について、具体的な配慮はこれからの課題となっています。最近では、東京都が東京オリンピック・パラリンピックの招致活動の一連の流れで、スポーツ振興局を発足させました。そこには、今まで別に行われていた障害者スポーツも含まれるようです。一般スポーツと障害者スポーツの垣根を越えてという意味では、国に先駆けてということで、我々も非常に注目しています。これが成功事例となれば、日本でも障害者スポーツがスポーツとして認められていくようになるのではないかと期待しています。</p>
<p><img alt="写真：障害者スポーツの未来に期待する中森氏と二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100729_2.jpg" width="450" height="318" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p>（おわり）</p>
<p><br />
<strong>＜中森邦男（なかもり・くにお）プロフィール＞</strong><br />
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第４回　海外との認知・関心の差</title>
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    <published>2010-07-22T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-22T00:41:54Z</updated>
    <summary>～日本障害者スポーツの実相～（4/5） 二宮：　世界では健常者のスポーツと障害者...</summary>
    <author>
        <name>stand-web</name>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～日本障害者スポーツの実相～（4/5）</strong></big></big></p>
<p><br />
<img alt="テニスの４大大会は一般も車椅子も同じ会場で行なわれている" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100722_1.jpg" width="320" height="254" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　世界では健常者のスポーツと障害者スポーツに区分けはあるのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　競技スポーツはまちまちですが、例えばテニスは完全に一つに組織化されています。国際テニス連盟の中に車いすテニスの部門があります。日本では日本テニス協会と日本車いすテニス協会と2つに分かれていますが、非常にうまく連携し合っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　中森さんが長年かかわってきた水泳はどうでしょう？</p>
<p><strong>中森</strong>：　水泳はテニスのように連携はとれていません。陸上競技もそうですが、大会などの事業が多すぎることが一つあると思います。地域単位でいくつも大会を行っているので、その中に障害者が参加することにはいろいろ改善すべき点が多くあります。将来的には連携を深めて、日本水泳連盟の中に障害者部門が生まれ、日本身体障害者水泳連盟と連携が進み、最終的にはひとつの組織にまとまっていくことが理想だと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　例えば近年、急速に力をつけてきている韓国には文化体育観光部があります。障害者スポーツもそこに所管されていると聞きます。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、そうです。ですから、韓国は国のスポーツ政策としては一緒に考えられています。しかし、組織はそれぞれ分かれて存在していますがその連携は深くなっています。文化体育観光部の所管となってから４年間で、韓国パラリンピック委員会の予算は10倍になっています。それだけ、国としても障害者スポーツに力を注いでいるということでしょうね。<br />
　そういう状況ですが、韓国はバンクーバーパラリンピックでは車いすカーリングの銀メダル１つに終わりました。韓国では雪のスポーツ環境が少ないこともありますが、日本は11個のメダルを獲得しました。競技団体と選手たちは本当によく頑張ってくれましたよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　韓国は国の支援が充実しているんですね。</p>
<p><strong>中森</strong>：　国際的企業であるサムスンがパラリンピックのスポンサーになっていることも大きいことです。サムスンのような大企業がつくと、他の企業も後を追うようにスポンサーになってくれますからね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本では障害者スポーツにまでお金を出そうという企業は少ないですね。</p>
<p><img alt="障害者スポーツの認知拡大に奔走する中森氏<br />
" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100722_2.jpg" width="200" height="332" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>中森</strong>：　企業からすると、日本国民の感情も関係しているのかもしれませんね。企業が障害者を利用してビジネスをしようということに賛同できない人はまだまだ多いと思うんです。いくつかの企業がＪＰＣ（日本パラリンピック委員会）のスポンサーになってくれていますが、企業の社会貢献としての支援となっているように感じます。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　他国はどうなのでしょう？</p>
<p><strong>中森</strong>：　先進国のほとんどの国で障害者スポーツはスポーツとして認められていると思います。一般市民のパラリンピックへの関心も高く、今回のバンクーバー大会もそうでしたが、会場はどこも熱気に包まれていました。しかも、パラリンピックのような国際大会だけでなく、国内の大会でも会場にはたくさんの観客が詰めかけます。日本はパラリンピックにはだいぶ興味を示してもらえるようになりましたが、国内大会にまで足を運んでくれる人は少ないですね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本では国内でいつ、どこで、どんな競技をやっているのか、基本情報さえ入ってこないという話を耳にします。</p>
<p><strong>中森</strong>：　そうですね。日本では、メディアがあまり取り上げてくれないこともあり、関心をもって情報を探す必要があることが理由かと思います。<br />
　このバンクーバー大会の前に長野でアイススレッジホッケーの国際大会を行いました。バンクーバーで金メダルを獲った米国をはじめ、3位のノルウェー、5位のチェコと世界のトップレベルのチームが参加しました。そこで、長野市内のすべての中学生に市役所を介して大会のチラシを配布しました。少しでも興味を示してくれるように、「先着100名には日本代表の記念公式バッジをプレゼント」というようなことも入れました。確かに普段の大会よりは応援が多くなりましたが、期待していたほどの人数は集まりませんでしたね。改めて地道にやっていくしかないなと思いました。</p>
<p><strong>急務とされるインフラ整備</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　問題は山積みですが、最重要課題は何だとお考えですか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　まずは基盤整備ですね。何しろ競技団体には事務所を構えていないところがほとんどですから。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　事務所もない？</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい。各都道府県にある障害者スポーツセンターやボランティアの事務局員の家に事務所を置いたりしています。水泳の場合、そのセンターの水泳スタッフが連絡を受け取っているという具合です。ですから、そのスタッフが本業で忙しい場合は手が回らないことになります。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　結局、ボランティアでやっている状態なんですね。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、そうです。こうした状態を改善したいと思っているのですが......。実は選手強化の責任者もコーチもほとんどがボランティアなんです。</p>
<p><img alt="インフラ整備には国の役割も大きいと指摘する二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100722_3.jpg" width="200" height="332" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮</strong>：　普段はそれでもやっていけるかもしれませんが、パラリンピックのような大きな大会になると、それでは対応しきれないのでは？</p>
<p><strong>中森</strong>：　そのとおりです。例えば、バンクーバーパラリンピックではメダルをたくさん獲ることができましたよね。もうメディアが殺到するわけです。さらに金メダルなんか獲ったりしたら、総理大臣と電話で直接話をする、なんてことになる。そういう社会的責任が伴う対応をボランティアに任せていていいわけがありません。とにかく、きちんとした対応ができるようなかたちを整えなければいけないと思っています。<br />
　基盤整備ができたら、次は選手の育成・強化ですね。一人でも多くの専任コーチを置いて効果的に強化していく。そのための強化費をどのようにして増やすかも考えていかなければいけません。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　基盤整備は所管の厚生労働省の仕事ではないでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　そう思いますが、厚労省の予算が少なく基盤整備まで手が回っていない状況で、現状は選手強化が中心になっています。日本の障害者スポーツが置かれた現状を考えれば、基盤整備も連動してやっていかなければいけないのですが、なかなか理解してもらえません。そもそもパラリンピック委員会自体、スタッフが不足している状況です。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、委員会の事務局には何人いるんですか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　５人ですが、職員は３人で、あとの２人は嘱託職員です。国際大会派遣、大会の企画運営、メディア対応、ドーピング対応、選手強化費の配分、競技団体対応やもろもろの会議開催など、パラリンピックが近づくとてんやわんやの忙しさになります。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　せめて広報室くらいは置かないと、メディア対応もできませんね。</p>
<p><strong>中森</strong>：　その通りです。特にパラリンピックの年は、メディアから依頼が殺到しますからね。厚労省にはこうした現状を踏まえて支援をお願いしていますが、現状は選手強化中心の支援となっています。</p>
<p>（第５回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜中森邦男（なかもり・くにお）プロフィール＞</strong><br />
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>第３回　障害者スポーツの法的根拠は？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/07/693.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2010:/seijun//20.693</id>
    <published>2010-07-15T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-15T00:36:27Z</updated>
    <summary>～日本障害者スポーツの実相～（3/5） 二宮：　現在、障害者スポーツの法的根拠は...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～日本障害者スポーツの実相～（3/5）</strong></big></big><br />
<img alt="障害者スポーツを含む「スポーツ基本法」制定を望む中森氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100715_1.jpg" width="450" height="339" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　現在、障害者スポーツの法的根拠は「障害者基本計画」とされています。しかし、福祉とスポーツをひとくくりにするのにはやはり無理がある。</p>
<p><strong>中森</strong>：　私が調べたところ、障害者スポーツも健常者同様に、基本的には1961年に制定された「スポーツ振興法」が根拠になっていると思います。それと、文部科学大臣告示として策定され、2006年9月に改定された「スポーツ振興基本計画」の中にも一部、障害者を含むと明記されています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　それではこれまでなぜ、「スポーツ振興法」には障害者スポーツは含まれていなかったのでしょう？</p>
<p><strong>中森</strong>：　スポーツ振興法が制定された当時の日本では、障害者がスポーツを行うことが考えられなかったようです。特に脊髄損傷患者に対する運動はドクターから禁止されていた時代です。ですから、スポーツ振興法に障害者がスポーツを行うという考えはなかったのでしょう。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　厚生省(現・厚生労働省)が障害者スポーツを管轄するようになったのはなぜですか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　第2次世界大戦後、英国ではストーク・マンデビル病院のルードウィッヒ・グットマン卿の提唱により、脊髄損傷患者のリハビリにスポーツを取り入れ始めました。これをきっかけに、48年から車椅子患者によるアーチェリー大会が開催され始めたのです。さらに52年には海外のオランダチームも参加することで国際競大会となり、国際ストーク・マンデビル競技大会に発展しました。<br />
　その後、60年のローマオリンピックでは、初めてオリンピックと同じ国で国際ストーク・マンデビル競技大会が行われました。これがパラリンピックのはじまりです。そして４年後の東京大会でもオリンピックの後に同じ国でやろう、ということで社会福祉法人「太陽の家」の創設者・中村裕先生（故人）が仲介となって厚生省と話し合い、64年東京パラリンピック開催が実現されました。この大会をきっかけにドクターからも認知され、国内でも脊髄損傷患者がスポーツに取り組むようになりました。翌年の65年にはその組織委員会が発展的に解消し、厚生省の下に日本障害者スポーツ協会が置かれたというわけです。<br />
　しかし、本来であれば、スポーツ振興法は日本国民すべてを対象としているわけですから、障害者スポーツも一般のスポーツと同じ所管にするべきだったと思いますね。ただ、時代的には一般スポーツを管轄する文部省（現・文部科学省）や日本体育協会がいきなり障害者を受け入れることは困難だったのでしょう。このようなわけで、同じスポーツにもかかわらず、一般スポーツと障害者スポーツは分かれて発展してきてしまったのです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　分岐点は東京パラリンピックだったと。</p>
<p><strong>中森</strong>：　そうです。東京パラリンピックがよくも悪くも日本障害者スポーツの契機だったのだと思います。</p>
<p><strong>目指すはスポーツ基本法の制定による一本化</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　それにしても、障害者スポーツを所管しているはずの厚労省に明確な法的根拠がないというのもおかしな話です。</p>
<p><strong>中森</strong>：　そうですね。障害者スポーツ協会が障害者スポーツを振興するにも、国として障害者スポーツをどうしたいのか、政策が見えてきません。普通は国として明確な意図があって、そしてその事業に補助金がつくという流れになるのですが、そこのところがはっきりしない。リハビリとしてのスポーツから競技スポーツへの発展期では、それはそれでよかったのかもしれませんが、オリンピック同様のエリートスポーツとして発展した現在、今までの方法では、対応できない状況が生まれてきています。<br />
　ただ、昨年から各党の動きが活発になってきました。自民党や公明党だけではなく、民主党にもスポーツ議員連盟が設立され、スポーツ基本法の制定を目指している。あと数年後には実現するんじゃないかなと期待しているところです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　もちろん、スポーツ基本法の中には障害者スポーツも含まれると。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい。現時点ではそういう方向で進められています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そうなると、日本オリンピック委員会（JOC）と日本パラリンピック委員会（JPC）も統合したほうがいい。</p>
<p><strong>中森</strong>：　そうですね。何年かかるかわかりませんが、JPCがJOCの中に含まれていくのが、最終的なゴールかなと思います。というのも、所管が違う今でも、障害者スポーツの大会を開催する場合、一般の競技団体に非常にお世話になっています。例えば、障害者の水泳大会を行うにしても、日体協傘下の日本水泳連盟の公認プールを使用し、競技運営全般をその競技役員にお願いしています。こうした現状を踏まえると、やはりJPCがJOCに含まれていく考え方が普通かなと思いますね。ただし、高齢者や障害者には、安全にスポーツに参加するために医学的な配慮や障害者特有のスポーツもあることで、障害者スポーツ協会を始めその関係者が持っている経験と知識を十分に生かすことが重要と考えます。</p>
<p>（第４回につづく）<br />
<img alt="明確な法的根拠がないことに疑問を呈する二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100715_2.jpg" width="450" height="321" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><br />
<strong>＜中森邦男（なかもり・くにお）プロフィール＞</strong><br />
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第２回　全国に広がる障害者専用施設</title>
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    <id>tag:www.challengers.tv,2010:/seijun//20.649</id>
    <published>2010-07-08T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-14T10:47:36Z</updated>
    <summary>～日本障害者スポーツの実相～（2/5） 二宮：　中森さんはどのようにして障害者ス...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～日本障害者スポーツの実相～（2/5）</strong></big></big><br />
<img alt="20年間、障害者専用スポーツ施設で水泳の指導を行なった中森氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100706_1.jpg" width="280" height="452" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　中森さんはどのようにして障害者スポーツと関わってきたのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　1964年の東京オリンピック後にパラリンピックの前身である国際ストーク・マンデビル競技大会（東京パラリンピック）が開催されました。これを機に日本国内の障害者スポーツ振興が進み始めました。それ以前は、障害者が地域でスポーツに参加する環境はほとんどありませんでした。その10年後の74年、大阪市に障害者にもスポーツを楽しんでもらおうと障害者専用のスポーツ施設「大阪市身体障害者スポーツセンター（現・大阪市長居障害者スポーツセンター）」がつくられました。このとき私は大学生で、このセンターで障害者と一緒に泳ぎ、そのかかわりを持ちました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　当時の日本では非常に画期的なものだったのでは？</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、国内で初めての障害者専用のスポーツ施設でした。世界では一般施設に障害者が利用できるような配慮はありましたが、施設自体が障害者専用というのはなかったでしょうね。これが日本障害者スポーツの基礎をつくったのではないかと思います。<br />
　その施設ではさまざまなスポーツの教室が開かれたのですが、水泳教室の指導者に僕が通っていた大学のOBが指名されました。当時、私は大学３年生。このOBからの依頼で、スポーツセンター設立の夏から、プールでの監視のアルバイトを始めました。そんなことが縁で指導課長から誘われるかたちで大学卒業後、その施設のスポーツ指導者として就職しました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　施設内はどんな内容になっているのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　バスケットコート一面分の広さの体育室や25メートル６コースの室内温水プール、４レーンのボウリング場、卓球室、トレーニング室。それに食事もできるラウンジ。後になって、子ども用の遊戯室やトランポリンを常設した小体育室も増設されました。もちろん、館内はバリアフリーになっていて、点字ブロックもありますし、トイレも介護ができるように通常より広めにつくられています。<br />
　市民体育館など公共のスポーツ施設と大きく異なっている点は、障害者スポーツセンターのスポーツ施設にはスポーツ指導員が配置され、利用する障害者の要望により、指導や相手をするなど幅広い支援が行われている点です。</p>
<p><img alt="日本障害者スポーツの発展経路をひも解く二宮清純" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100706_2.jpg" width="280" height="441" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>障害者スポーツ発展への礎</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在では障害者専用施設は全国にどのくらいあるのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　人口の多い政令指定都市を中心に全国で22の施設があります。当初は利用する障害者の家族や友人以外の健常者は利用することができませんでした。しかし、途中から障害者を優先して、空いている時間帯には健常者も利用することができるような交流型の施設が増えてきています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　まだまだ十分ではありませんが、それでもひと昔前に比べれば、障害者がスポーツを楽しむことができる環境が整備されてきたと。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、そうですね。ただ、障害が軽い人たちにとっては参加しやすくなってきていますが、障害の重い人たちはなかなかスポーツに関わることができない、という課題もあります。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　それらの施設では、障害者のスポーツ大会も行われているのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　センター主催の特色を生かした大会と競技団体主催の大会が毎年多く開催されています。私たちが81年に初めて水泳の日本選手権を開催した時には、長居障害者スポーツセンターで行いました。25メートルのプールでしたが、「狭いところでも継続してやっていこう」ということで、その後も東京や名古屋などの障害者専用のスポーツセンターを中心に開催してきました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　パラリンピックのような国際大会では50メートルのプールで行われています。</p>
<p><strong>中森</strong>：　はい、そうです。ですから現在、日本最高峰の大会であるジャパンパラリンピック水泳大会は、室内50メートルプールの「なみはやドーム（大阪府立門真スポーツセンター）」で開催しています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　以前の25メートルプールでは記録が公認されなかったのでは？</p>
<p><strong>中森</strong>：　例えばパラリンピックに出場するためには、申込書に自己記録を記入し、標準記録を切ったと証明しなければなりません。ところが、日本には国際ルールに基づいてクラス分けされた大会がなかった。各団体が独自で行なっていただけだったのです。そこで国際大会に向けた大会を開催しようとつくられたのが、91年から財団法人日本身体障害者スポーツ協会と各競技団体との共催で行なわれているジャパンパラリンピックだったのです。</p>
<p>（第３回につづく）<br />
<img alt="全国から約200名のトップスイマーたちが集うジャパンパラリンピック。<br />
今年も７月18日に開催される" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100706_3.jpg" width="450" height="295" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>＜中森邦男（なかもり・くにお）プロフィール＞</strong><br />
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>第１回　競技大会としての発展と課題</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/07/595.html" />
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    <published>2010-07-01T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-07-14T10:47:05Z</updated>
    <summary>～日本障害者スポーツの実相～（1/5） 　今年３月に開催されたバンクーバーパラリ...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～日本障害者スポーツの実相～（1/5）</strong></big></big><br />
<img alt="学生時代から障害者スポーツに関わってきた中森氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100630_1.jpg" width="450" height="318" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
　今年３月に開催されたバンクーバーパラリンピックでは史上最多の11個のメダルを獲得した。しかし、メダルを獲得した選手の多くは企業に所属しており、国レベルでの支援はまだ十分とはいえないことなど、まだ課題は多い。そこで、バンクーバー大会では日本選手団団長を務め、長年障害者スポーツ界発展のために奔走してきた日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会（JPC）事務局長・中森邦男氏に、障害者スポーツのあるべき姿について訊いた。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　国内では障害者スポーツはどのような歴史を辿ってきたのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　1965年から厚生省（現・厚生労働省）が主催する全国身体障害者スポーツ大会、92年から全国知的障害者スポーツ大会（ゆうあいピック）が開催されてきました。しかしこれらは競技性を求めるものではなく、あくまでも障害者の社会参加の推進が目的とされたため、当初の全国身体障害者スポーツ大会は、一度出場した選手は２度目の参加が認められませんでした。現在これらは統合されて全国障害者スポーツ大会として国民体育大会の後、同じ会場で開催されています。<br />
　これらの大会の他、競技として行なわれていたのは各競技団体が主催する日本選手権でした。私が関わった水泳の場合は、81年に第１回が開催されています。私は76年、大阪市身体障害者スポーツセンター（現・大阪市長居障害者スポーツセンター）にスポーツ指導者として就職しました。その後、選手たちが毎年参加できる水泳大会をつくろうという話が持ち上がり、水泳クラブの人たちと一緒になって、水泳大会を開催しました。そして、５年後に大会参加者の地域の代表者により日本身体障害者水泳連盟をつくって、第１回目の日本選手権を開催しました。<br />
　現在、水泳、陸上競技、アーチェリー、アルペンスキー、クロスカントリースキー、アイススレッジホッケーでは、JPCと各競技団体の共催によって日本最高峰の大会であるジャパンパラリンピック競技大会が行われています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツの特徴として、細かくクラス分けがなされています。その基準は世界と国内では統一されているのでしょうか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　全国身体障害者スポーツ大会は、日本政府が発行している身体障害者手帳に記載されている内容を基準にクラス分けが行われていました。現在各競技団体が実施する日本選手権大会やジャパンパラリンピックでは、国際のクラス分けが実施されています。国際のクラス分けが現在の形になったのは、国際パラリンピック委員会（IPC）が設立された89年以降、つまり92年のバルセロナ大会からになります。</p>
<p><strong>勝敗のカギを握るクラス分け</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　88年のソウルまではどんな分け方をされていたのですか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　全競技が単純に医学的な根拠で分けられていました。例えば前腕切断の選手は同じ前腕切断の選手とのみ競っていればよかった。ところがIPCは同じ障害でも競技によって能力の差は異なるという判断を示しました。そこでバルセロナ大会からは競技ごとにクラス分けの基準が設けられるようになりました。いわゆるファンクショナル・クラシフィケーション（機能的クラス分け）。つまり、身体のどの部位にどんな障害があるかで分けるのではなく、水泳なら泳ぎの能力がどれだけあるかを見るようになりました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　競泳は現在、どのようにクラス分けをされているのですか？</p>
<p><strong>中森</strong>：　はじめに各関節の筋力と可動域がチェックされます。次に、水深２m以上の深いプールで、飛び込み、ターン、浮き身、４泳法などの実際の動きがチェックされます。その後も複数のテストを受け、その評価によりクラスが決定されます。未熟な選手は、練習することで上達することもありますので、潜在的な能力も含めて、総合的にクラスが決まることになります。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　現在、クラスはいくつくらい？</p>
<p><strong>中森</strong>：　肢体不自由と視力障害の２つのカテゴリーがあるのですが、肢体不自由の場合は各種目10クラス。平泳ぎのみ９クラスです。視力障害の場合は全種目３つ。弱視は見える度合いによって２つに分かれていて、あとは全盲のクラスとなります。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　スキー競技などでは各選手にハンデ（係数）がつけられていますね。</p>
<p><strong>中森</strong>：　夏の競技に比べて冬の競技人口は少ない。スキーで言えば、立位（スタンディング）のカテゴリーで片下肢に障害がある選手は結構いるのですが、両下肢となると少ない。さらに座位（シッティング）のカテゴリーになると、特に女子は少ないですね。<br />
　パラリンピックの規定では１クラスに４カ国６人以上の参加が競技実施の条件となります。片下肢と両下肢に分けてしまうと、参加人数が不足し、競技が実施できなくなります。そういった状況を改善するために、各選手のクラスを競技能力により、実際の滑走タイムにその係数を乗じた記録で競うようにしました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　クラス分けの基準が変更されることも少なくありません。対応するのも一苦労ですね。</p>
<p><strong>中森</strong>：　そうなんです。例えばアテネパラリンピックで競泳の成田真由美さんが100メートル自由形で２位の選手を20メートル以上離して優勝しました。一般のスポーツと違って障害者スポーツは競技人口が少ない。たまたま彼女のクラスに競技能力の高い選手がいなかっただけということもありうるわけですが、明らかに能力が違うだろうということで、クラス分けの評価の基準が見直され、その結果、軽いクラスへの変更となりました。北京大会では残念ながら、メダルを獲ることはできませんでした。同じクラスでも、１つ軽いクラスのボーダーラインの選手と１つ重いクラスのボーダーラインの選手とでは、競技能力に雲泥の差が生じることになります。成田選手が軽いクラスに入れば、そのクラスでのトップ選手と差が出てくるのは当然だったと思います。クラス分けの基準は本当に難しいですよ。</p>
<p>（第２回につづく）<br />
<img alt="バンクーバーでは団長として日本選手団を牽引した。写真は結団式。左から長妻厚生労働大臣、中森氏、新田選手、遠藤選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/nakamori100630_2.jpg" width="450" height="331" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>
<p><strong>＜中森邦男（なかもり・くにお）プロフィール＞</strong><br />
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第４回　財源なきスポーツ振興</title>
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    <published>2010-06-24T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-06-24T00:48:07Z</updated>
    <summary>～国民誰にもスポーツする権利がある～（4/4） 二宮：　2019年には初めて日本...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～国民誰にもスポーツする権利がある～（4/4）</strong></big></big><br />
<img alt="mori100624_1.jpg" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori100624_1.jpg" width="450" height="318" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　2019年には初めて日本でラグビーＷ杯が開催されることも決定していますし、12年ロンドンのオリンピック、パラリンピックも近づいてきています。好成績を残すためには、財源の確保も必要です。</p>
<p><strong>森</strong>：　僕がまだ若い頃、スポーツ振興に少しでも助成金をつくりたいと思って、競輪、競馬を狙ったんです。それらの施行法には体育事業や福祉、教育文化の振興が謳われている。にもかかわらず、実際は福祉にはお金が流れても、スポーツには全く来ない。せめて平等にしてもらおうと思って働きかけていたら、競輪を管轄する通商産業省（現経済産業省）、競馬を管轄する農林水産省などに「とんでもない」と大反対された。それで当時の馬主協会の会長が参議院の方だったので、スポーツ振興のためのレース、例えばオリンピックであれば「オリンピック特別レース」というふうにして、売上をそのままオリンピックの助成金にしようというのはどうですか、と提案したんだけど、これもダメだった。宝クジもそうだけど、競馬や競輪、それに競艇なんかは、何も悪いことをして集めたお金じゃない。一攫千金を夢見て楽しみながら出しているんだから、それをどう有効活用するかが重要だと思うんですけどね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　totoについても同じことが言えますよね。せっかくスポーツ振興クジとしてつくられたのに、なかなか浸透せず、結局当初は反対していたギャンブル性を高めることで救われたというのは大変な皮肉です。</p>
<p><strong>森</strong>：　そうです。とにかく反対勢力、つまり役人と族議員がたくさんいて、多くの条件をつけられたんです。絶対に子どもに触らせるなとか、対面販売じゃないとダメだとか......。もう、ダメダメづくしで、せっかくできても、わからない、売れない、当たらない......。借金だけが膨らんでしまって、もう廃止寸前までいった。結局BIGで救われましたけどね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　世界を見渡しても、totoが子供の非行の温床になっているなんていう例はどこにもありません。逆に親子が楽しんで語らいを増やすきっかけになっている。子供がクジを買ったら「君たちのお小遣の一部がスポーツ振興のために使われるんだよ」とほめてあげるべきなのに、日本では逆に悪いことをしたかのような扱いを受ける。</p>
<p><strong>森</strong>：　日本があらゆるスポーツイベントで勝てないのは政府補償がないからと言われている。しかし、そういったところでのお金が使えるのであれば、それは政府補償と同じ意味を持つことになるんです。そうなれば、パラリンピックをはじめ、障害者スポーツにも助成金がいくようになると思うんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そういう政治的行動を今後も期待しています。</p>
<p><strong>森</strong>：　もう私は、ロートルですから（笑）。ただ、これからも大いに応援していきたいと思っていますよ。</p>
<p><img alt="mori100624_2.jpg" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori100624_2.jpg" width="280" height="402" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>基本的理念あってのスポーツ政策</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　さて、来月には参議院選挙が予定されています。谷亮子（民主党）、堀内恒夫（自民党）、中畑清（たちあがれ日本）、江本孟紀（国民新党）......。与野党ともオリンピックメダリストや元プロ野球選手を擁立していますね。彼らは異口同音にスポーツ省、スポーツ庁の創設を、と語っていますが、実際はそう簡単ではありません。</p>
<p><strong>森</strong>：　僕は、スポーツ関係者が立候補することは悪いことだとは思っていません。17年前、自民党が野党に転落した時、参議院選挙を目前に控えているというのに、議員みんなが意気消沈してしまった。今よりももっとシュンとしていましたよ。そこで何とか元気づけようと、釜本邦茂くんと橋本聖子さんを擁立したんです。二人とも「もしお役に立てるなら」と言ってくれました。特に橋本さんは当時、現役選手でしたからね。よくやってくれましたよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　まさに今回の谷亮子がそうですね。現役を続けながら、政治家ができるのか......。</p>
<p><strong>森</strong>：　当時も、はじめは党内で反対の声が少なくなかったんです。でも、橋本さんは見事に両立させましたよ。最後はみんなが彼女を認めていた。土井たかこ参議院議長（当時）が先頭を切って与野党全体で彼女の壮行会を開いてあげたくらいですから。やっぱり橋本さんの人柄でしょうね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　立候補するのはいいのですが、「スポーツ省」「スポーツ庁」と連呼するばかりで、その中身についてはどうなのか。国としてスポーツをどう位置付けるのかという基本理念を示して欲しい。</p>
<p><strong>森</strong>：　そうだね。スポーツ界にはびこる問題がどこにあるのかを理解しているかどうかが重要だろうね。これまでも話をしてきたように、特に障害者スポーツは役所の問題が出てくるから、そこのところをきちんと理解していないと解決はできない。日本のスポーツ界が発展するには、役所の壁を取り除くためにも先ずスポーツ基本法が最重要課題になるでしょう。</p>
<p><br />
（おわり）</p>
<p><img alt="mori100624_3.jpg" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori100624_3.jpg" width="450" height="302" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />
<p><br />
<strong>＜森喜朗（もり・よしろう）プロフィール＞</strong><br />
1937年７月14日、石川県生まれ。県立金沢二水高校ではラグビー部に所属。３年時には主将としてチームを牽引する。進学先の早稲田大学でもラグビー部 に入部。体調を崩して退部した後は雄弁会に所属した。４年時には自民党学生部に入党し、青年部全国中央常任委員に就任した。卒業後、産経新聞社に入社。 1963年、国会議員の秘書となり、政治の道へ。69年、第32回衆議院選挙に無所属で初出馬すると、トップで当選する。83年、第２次中曽根内閣で文部 （現文部科学）大臣として初入閣。その後も通商産業（現経済産業）大臣、建設（現国土交通）大臣、自民党幹事長を歴任し、2001年には第85代内閣総理 大臣に就任した。現在、日本体育協会会長、日本障害者スポーツ協会最高顧問、日本ラグビーフットボール協会会長、日本トランポリン協会会長、日本オリンピック委員会理事などを務め、日本スポーツ界の発展に寄与している。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第３回　障害者スポーツに立ちはだかるハードル</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/06/495.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2010:/seijun//20.495</id>
    <published>2010-06-17T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-06-17T00:55:12Z</updated>
    <summary>～国民誰にもスポーツする権利がある～（3/4） 二宮：　障害者スポーツの法的な根...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～国民誰にもスポーツする権利がある～（3/4）</strong></big></big><br />
<img alt="日本のスポーツのあり方に一石を投ずる森元首相" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100617_1.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　障害者スポーツの法的な根拠にあたるものといえば、主に福祉について述べられている「障害者基本計画」ですが、スポーツという観点から見ると、物足りない面がありますね。</p>
<p><strong>森</strong>：　そうです。福祉と障害者スポーツをひとくくりにしてしまうからおかしなことになる。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツをスポーツとして見るならば、やっぱり文部科学省が管轄する一般スポーツと同じ所に置くべきだと思うんです。しかし、厚生労働省がその二つを切り離そうとは微塵にも考えていないのでは？</p>
<p><strong>森</strong>：　もともとスポーツをやることに対して健常者も障害者も同等の権利をもっていて、誰もが自由にできるんだということになっておれば、役所のメンツなんかは必要ないわけだよね。ところが現状は、文部科学省と厚生労働省が、それぞれ全く違うところでスポーツ事業を行なっている。これでは同じスポーツでも、一つにまとめることは難しくなるわけですよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　幼稚園と保育園の一元化の問題も同様ですよね。文科省と厚労省の対立が背景にある。</p>
<p><strong>森</strong>：　しかも、文科省と厚労省にわかれ、縄張り争いをしていることを、一般の人たちが理解していないことも少なくない。実はこんなことがあった。2016年の東京オリンピック招致の際に、「オリンピック・パラリンピック委員会」にしようという提案があったんです。それで私が「そんなこと簡単に言うけど、オリンピックは文科省で、パラリンピックは厚労省だよ。その委員会はどっちの役所の管轄になるんだい？」って訊いたら、もうみんなキョトンとしているんですよ。安易に考えていたのかもしれないけど、管轄の違いは各省庁の予算取りに直結する大きな問題だし、体育とか福祉とかネーミングの使用一つにしても、役所は勝手に使わせないですからね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　まさに国益よりも省益ですね。</p>
<p><strong>森</strong>：　そう。そこで初めて障害にぶつかるんですよ。</p>
<p><strong>スポーツ報道の無理解</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　縦割り行政の弊害の極みですね。これを調整するのが政治家の仕事でしょう。</p>
<p><strong>森</strong>：　まぁ、誰がするにしてもいい加減ではダメだということですよ。それこそ「ネーミングなんか、どっちでもいいよ」なんてやっていると、後から必ず問題が出てきますからね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　予算の問題もありますよね。日本のスポーツ関連予算は、文科省だけではない。厚労省や総務省にも振り分けられている。一番多くの予算を握っているのは国土交通省。これをまず一元化しなければならない。</p>
<p><strong>森</strong>：　予算の確保はどこも必死だからね。文科省も厚労省も引かないとなれば、一層のことスポーツ庁を内閣府に所管させる方法も考えられます。ただその場合、日本オリンピック委員会（JOC）や財団法人体育協会が文科省、日本パラリンピック委員会（JPC）が厚労省の管轄になっていることの正当性がなくなる。全てをスポーツ省または庁へ移行すれば、ベストでしょうね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　政策もそうですが、障害者スポーツに対しての報道の仕方についても気になります。障害者スポーツの選手からよく聞かされるのは「自分たちをアスリートとして扱ってほしい」ということです。新聞でもスポーツ面ではなく、社会面に記事が出るなど、障害者スポーツをスポーツとして見てくれていないと。でも昔に比べれば、日本でもだいぶ障害者スポーツへの見方も変わってきていて、彼らをちゃんとアスリートとして見ようという動きはだいぶ高まってきているかなとも思います。森さんはパラリンピックなどの報道をご覧になられて、どう感じていらっしゃいますか？</p>
<p><strong>森</strong>：　私はね、とにかくスポーツ報道に携わる者のスポーツへの理解がなさすぎると思うんです。それは障害者スポーツに限らない。例えば、たいした内容でなくても人気スポーツは一面にトップに持ってくる。サッカー日本代表が合宿地に到着したっていうだけで一面を飾るでしょ。他にニュースがないならいいですけど、もっとマイナーでも大事な決勝戦の結果など取り上げるべきニュースがあるのに、優先順位が人気スポーツに偏っている傾向があるんです。そういう報道の偏見をまずはなくすべきです。</p>
<p><img alt="役所から報道にいたるまで問題は山積みだ" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100617_2.jpg" width="450" height="320" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />
<p>（第４回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜森喜朗（もり・よしろう）プロフィール＞</strong><br />
1937年７月14日、石川県生まれ。県立金沢二水高校ではラグビー部に所属。３年時には主将としてチームを牽引する。進学先の早稲田大学でもラグビー部に入部。体調を崩して退部した後は雄弁会に所属した。４年時には自民党学生部に入党し、青年部全国中央常任委員に就任した。卒業後、産経新聞社に入社。1963年、国会議員の秘書となり、政治の道へ。69年、第32回衆議院選挙に無所属で初出馬すると、トップで当選する。83年、第２次中曽根内閣で文部（現文部科学）大臣として初入閣。その後も通商産業（現経済産業）大臣、建設（現国土交通）大臣、自民党幹事長を歴任し、2001年には第85代内閣総理大臣に就任した。現在、日本体育協会会長、日本ラグビーフットボール協会会長、日本トランポリン協会会長、日本オリンピック委員会理事などを務め、日本スポーツ界の発展に寄与している。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第２回　スポーツ庁創設への道</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/06/441.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2010:/seijun//20.441</id>
    <published>2010-06-10T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-06-09T06:31:39Z</updated>
    <summary>～国民誰にもスポーツする権利がある～（2/4） 二宮：　そもそも同じスポーツであ...</summary>
    <author>
        <name>karibe</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～国民誰にもスポーツする権利がある～（2/4）</strong></big></big><br />
<img alt="障害者スポーツも盛り込んだスポーツ基本法制定の必要性を説く森元首相" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori_20100610_01.jpg" width="450" height="315" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<strong>二宮</strong>：　そもそも同じスポーツでありながら、健常者のスポーツは文部科学省、障害者スポーツは厚生労働省と所管が分かれています。これを一元化しようと、最近では「スポーツ庁」あるいは「スポーツ省」の設立が叫ばれています。私も以前から主張しています。これについて森さんはどうお考えでしょうか？</p>
<p><strong>森</strong>：　私はもう何十年も前から「スポーツ庁」「スポーツ省」の必要性を訴えてきたんです。最近では流行語のようになって、動きも活発化してきた。そろそろいい方向へいってもいいと思うのだけど、問題は少なくない。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　例えばどんな問題が出てくるのでしょうか？</p>
<p><strong>森</strong>：　民主党が行っている「事業仕分け」でもわかるように、今は役所や事業をどれだけ減らせるかということに一生懸命です。こうした縮小化の流れの中で、果たして新しい省がつくれるのかということ。オールオアナッシングでやっていたら、いつまでも解決しない。かといって、スクラップアンドビルドの原則でいけるかというと、なくしてもいい役所はないだろうからね。だから最初の段階として、省ではなく、スポーツ庁をつくる方が現実的かなと。妥協するわけではないが、規模の大きさがどうこうと言うよりも、先ずくさびを打つ意味でもスタートさせることが大事だからね。ただ、ここでも問題が発生する。スポーツ庁をどの所管にするのかということ。おそらく文科省か内閣府ということになるのだろうが......。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　文科省の外局ということになるんでしょうか？</p>
<p><strong>森</strong>：　そうだね。ただ、それでもやはりすんなりと事は進まないだろうね。スポーツ庁の代わりに何か一つスクラップするという条件が出てくるんじゃないかな。まぁ、一番可能性として大きいのは「青少年スポーツ局」を「青少年スポーツ庁」にすることも考えられる。</p>
<p><img alt="日本スポーツ界の現状と解決策に迫る二宮清純
" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori_20100610_02.jpg" width="280" height="430" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>第一関門はスポーツ基本法の制定</strong>
<p><strong>二宮</strong>：　現実的に考えれば、それが一番手っ取り早い。</p>
<p><strong>森</strong>：　ところが、今度はその中身が問題になってくる。NTC同様、障害者スポーツはどう扱うんだということなんですね。それを解決するには、スポーツ庁をつくる前に、スポーツ政策の基本となっている「スポーツ振興法」を改正しないといけないでしょう。これは東京オリンピック前の1961年に制定されたもの。もう時代に合っていないわけだから、新しいスポーツ基本法を早期につくるべきです。昨年、まだ自民党が与党だった時にスポーツ基本法の骨子案を作成し、国会にも提出したんだけれども、結局政権がかわったことで廃案になってしまった。超党派のスポーツ議員連盟でつくったものなんですから、本来なら政権がどこだろうと関係ないはずなんですが......。このままではいかん、ということで現在また、国会に提出する準備を進めています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　民主党もスポーツ政策の必要性は感じているはずですから、今度こそ具体的な動きがあることを期待しているのですが......。</p>
<p><strong>森</strong>：　与党も野党もスポーツ庁の必要性は十分に理解しているし、早期に解決すべき問題だという思いは同じなんです。各党で連盟をつくるとしても、審議する中で一本にまとめればいいんです。これ自体に反対する党はないと思いますよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　一番の問題は、その基本法の中で障害者スポーツをどう位置付けるかってことです。</p>
<p><strong>森</strong>：　もちろん、障害者スポーツも組み込んだ基本法にしなければならない。オリンピックもパラリンピックも同じスポーツとしてスポーツ庁が管轄すべきです。ただ、厚労省が管轄する障害者を切り離すことに抵抗するでしょうね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　仮に超党派でスポーツ庁を創設しようという流れになっても、役所間の調整は難航しそうですね。</p>
<p><strong>森</strong>：　みんなオレがオレがと、自分たちの有益を考えていてはダメですよ。そこから離れないことには、この問題は解決できません。</p>
<p>（第３回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜森喜朗（もり・よしろう）プロフィール＞</strong><br />
1937年７月14日、石川県生まれ。県立金沢二水高校ではラグビー部に所属。３年時には主将としてチームを牽引する。進学先の早稲田大学でもラグビー部に入部。体調を崩して退部した後は雄弁会に所属した。４年時には自民党学生部に入党し、青年部全国中央常任委員に就任した。卒業後、産経新聞社に入社。1963年、国会議員の秘書となり、政治の道へ。69年、第32回衆議院選挙に無所属で初出馬すると、トップで当選する。83年、第２次中曽根内閣で文部（現文部科学）大臣として初入閣。その後も通商産業（現経済産業）大臣、建設（現国土交通）大臣、自民党幹事長を歴任し、2001年には第85代内閣総理大臣に就任した。現在、日本体育協会会長、日本ラグビーフットボール協会会長、日本トランポリン協会会長、日本オリンピック委員会理事などを務め、日本スポーツ界の発展に寄与している。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第１回　NTCは誰のものか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/06/392.html" />
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    <published>2010-06-03T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-06-09T06:40:42Z</updated>
    <summary>～国民誰にもスポーツする権利がある～（1/4） 　今年、カナダ・バンクーバーで開...</summary>
    <author>
        <name>itou</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～国民誰にもスポーツする権利がある～（1/4）</strong></big></big><br />
<img alt="二宮清純との対談にのぞむ森喜朗氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori_20100604_01.jpg" width="450" height="325" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
　今年、カナダ・バンクーバーで開催されたオリンピックとパラリンピック。オリンピックでは５個、パラリンピックでは史上最多の11個のメダルを獲得した。オリンピックとパラリンピックは毎回、同じ会場で行われる。両大会とも選手は国の代表として磨かれた技を披露し、勝負に挑む。しかし、オリンピック強化選手は文部科学省が管轄するJOC（日本オリンピック委員会）に、パラリンピックは厚生労働省が管轄するJPC（日本パラリンピック委員会）にそれぞれ所属している。自らが極めた技を駆使し、真剣に勝負に挑むアスリートたち。そこに障害の有無は全く関係ないはずなのだが、現実は違っている。<br />
　そこで今回は2005年より日本体育協会会長を務めるなど、スポーツ界に大きな力を持っているといわれる森喜朗元首相に二宮清純が独占インタビュー。「国民にはすべてスポーツをする権利がある」と主張する森氏に日本スポーツ界の問題とその解決への道筋について訊いた。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　日本では、「障害者スポーツ」というと、リハビリの一環というような考えが根深く残っています。そもそもスポーツは健常者だけのものではありません。ところが、どうも日本人は障害者スポーツをスポーツとは見ず、また選手をアスリートとして見ていない傾向があります。それは日本代表としてパラリンピックに出場する選手に対しても同じ。例えば、ナショナルトレーニングセンター（NTC）は、オリンピック強化選手は使えても、パラリンピック強化選手はなかなか使用許可がおりません。</p>
<p><strong>森</strong>：　そのことは私も大事な問題だと思っています。まずNTCは何のためにつくられたものなのか、ということをもう一度考えてみるべきです。選手が技術力を磨くために、充実した練習が存分にできるようにということで、国が国民の税金を使ってつくったわけです。ということは、そもそもNTCは国民のものなんですよ。<br />
　ところが、NTCの管理・運営を日本オリンピック委員会（JOC）が行っているために、オリンピック強化選手のためだけにつくられた、と考えられてしまっている。もちろん、基本的にはオリンピック強化選手のために、という考えは間違いではありません。しかし、と同時に同じ日本代表として戦っているパラリンピックの選手だって使っていいはずです。もっと言えば、24時間、365日、埋まっているわけではないでしょうから、空いている時には一般の人たちも使用できるようにするのは当然だと思いますよ。</p>
<p><img alt="自身ラグビー経験を基に語る森喜朗氏" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/mori_20100604_02.jpg" width="280" height="440" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>障害者アスリートも同じ仲間</strong>
<p><strong>二宮</strong>：　森さんのお考えではNTCは一部のオリンピック候補選手のものだけじゃないと。国民みんなの財産だと。</p>
<p><strong>森</strong>：　そうです。予算をくんだ当初からそういう考えでしたよ。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　ところが、パラリンピックの代表選手を取材すると、「使いたくても使わせてもらえない」というのが実態のようです。</p>
<p><strong>森</strong>：　私もその話を聞いて「パラリンピックの選手には使わせてもらえない、という苦情が出ていると聞いたんだけど、どういうことだ？」とJOCに質したんですよ。そしたら「いや、改善しました」と。「改善した」と言っても、使えるようにしたのか、そうでないのか......。「そういう問題はきちんとしておかないと社会問題になるよ」と注意したんだけどね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そうなると、やはりJOCとJPCを統合させる方向に向かわせるのが筋でしょうね。将来的にはこのままスポーツをタテ割り行政の犠牲者にしておくわけにはいかない。</p>
<p><strong>森</strong>：　確かにそれはそうだが、果たしてJPCの上に立っている者が、すんなりとうんと言うかな......。実は先日、日本ラグビー協会の理事会で議題にあがったのが聴覚障害者（デフ）ラグビーへの支援についてだった。来年８月にフィジーで「パシフィックデフラグビー大会」という国際大会が開催されるので、「日本代表」という名称の使用許可とユニホームの提供をしてほしいと。理事会では、できるだけそうした申し入れには支援するよう決定しました。ラグビーの仲間が増えることは歓迎すべきことですからね。他に車椅子の人たちがやるウィルチェアーラグビーもあるんですよ。聴覚障害のある人も車椅子の人も、みんなラグビーが好きで、障害があってもそれを乗り越えてやろうとしているんだから、それは大いにバックアップすべきだと思うんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　デフラグビーやウィルチェアーラグビーも日本ラグビー協会の傘下にしてはいかがでしょうか？</p>
<p><strong>森</strong>：　もちろん、そういう考えはありますよ。将来はラグビー協会の中に入れるセクションをつくっていく必要があると思っています。</p>
<p>（第２回につづく）</p>
<p><br />
<strong>＜森喜朗（もり・よしろう）プロフィール＞</strong><br />
1937年７月14日、石川県生まれ。県立金沢二水高校ではラグビー部に所属。３年時には主将としてチームを牽引する。進学先の早稲田大学でもラグビー部に入部。体調を崩して退部した後は雄弁会に所属した。４年時には自民党学生部に入党し、青年部全国中央常任委員に就任した。卒業後、産経新聞社に入社。1963年、国会議員の秘書となり、政治の道へ。69年、第32回衆議院選挙に無所属で初出馬すると、トップで当選する。83年、第２次中曽根内閣で文部（現文部科学）大臣として初入閣。その後も通商産業（現経済産業）大臣、建設（現国土交通）大臣、自民党幹事長を歴任し、2001年には第85代内閣総理大臣に就任した。現在、日本体育協会会長、日本ラグビーフットボール協会会長、日本トランポリン協会会長、日本オリンピック委員会理事などを務め、日本スポーツ界の発展に寄与している。</p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第４回「障害者スポーツ発展のために」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.challengers.tv/seijun/2010/05/325.html" />
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    <published>2010-05-27T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-05-27T08:33:53Z</updated>
    <summary>～車椅子バスケの伝道師～（4/4） 二宮：　将来はヘッドコーチにという気持ちはあ...</summary>
    <author>
        <name>itou</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～車椅子バスケの伝道師～（4/4）</strong></big></big></p>
<p><img alt="第39回日本車椅子バスケットボール選手権大会でプレーする京谷和幸選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100527_4.jpg" width="280" height="400" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮</strong>：　将来はヘッドコーチにという気持ちはありますか？
<p><strong>京谷</strong>：　そうですね。全くそういう気持ちがないわけではないんです。でも、この世界には「オレには車椅子バスケットしかない」というような人がたくさんいるんです。そういう方って車椅子バスケを熱心に勉強しているんです。それこそアメリカに行って学んだり、本を読んで自分なりに研究したり......。僕なんかよりも、そういう人がヘッドコーチのポストに立つべきなのかなって。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　サッカーへの気持ちは？</p>
<p><strong>京谷</strong>：　正直、車椅子バスケットとサッカーなら、サッカーの指導者になりたいという気持ちの方が強いんです。というのも、サッカーは子供の頃からずっと「自分が一番だ」と思ってやってきたので、サッカーに対しては自分なりのビジョンやイメージがあるんです。車椅子バスケットもサッカーに置き換えてやっているくらいですから。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　車椅子バスケットの経験もいかしていきたいと。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　はい。車椅子バスケを通していろいろなことを勉強させてもらいましたからね。指導者って、もちろん戦術や戦略も必要ですけど、一番大事なのは選手のモチベーションをどうやってあげていくのか、つまりコミュニケーション力だと思うんです。自己のプレースタイルさえしっかりもっていれば、理論などは後付けでも十分なのかなと。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　選手の人間的成長を促すということも、指導者にとっては大切ですよね。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　はい。その点、僕は底辺の部分もトップの部分も経験している。特に車椅子バスケではゼロから這い上がってきたわけですから、指導者としてもいろいろな立場の選手に対応することができると思うんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　事故によって、今まで気がつかなかった部分に気がついたり、見えなかった部分が見えたりしたこともあるんでしょうね。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　そうですね。今では事故に遭ったことすら感謝しているんです。当時はサッカーができなくなって、「なんでオレからサッカーを奪ってしまうんだ」って思いましたけど、今ではそれも良かったのかなって。というのも、サッカーをやっていた時は本当に自分勝手で、何でも自分が一番だと思っていたんです。「オレより上手いやつはいない」と。勝負ごとですから、それがいいように働いていたこともありましたが、多分他人を認めるのが怖かったんでしょうね。「自分より上手い」と思ってしまったら、自分の負けを認めてしまうわけですから。だからたとえ「こいつ、すごいな」と思っても、「オレはこいつよりこことここは上回っている」と二つ以上は自分のいいところを探して、自己満足していたようなところがありました。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　事故が人生の転機になったと。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　はい。それまでは当たり前だったことが、両足の機能を失ってできなくなってしまった。それで「うわ、オレ、一人じゃ何もできないんだ」って思ったら、周りがどれだけ支えてくれているかってことに気づいたんです。「オレ、いろんな人に支えられて生きているんだ」って。妻と入籍したことも大きかったですね。事故に遭ってサッカーもできなくなり、何もなくなってしまった、と思ったら、妻から入籍をしよう、と言ってくれた。「一人じゃないんだ」って思いましたね。それに彼女の覚悟の大きさを考えたら、今自分がしなければいけないことはサッカーができなくなってクヨクヨすることなんかじゃなく、彼女を幸せにするために頑張ることだ、と。そう思ったら前向きな気持ちになれました。多分、今の僕があるのは妻のおかげですね。<p><img alt="障害者スポーツの環境整備にも取り組む京谷和幸選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100527_3.jpg" width="280" height="380" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>障害者支援の拡充を目指して</strong></p>
<p><strong>二宮</strong>：　普段はどんなお仕事をされているんですか？</p>
<p><strong>京谷</strong>：　株式会社インテリジェンスで障害者リクルーティングアドバイザーとして障害者の転職活動をサポートしています。転職サイト「DODA」内に設けられた障害者のための転職支援「DODAチャレンジ」というコーナーでさまざまな方にインタビューをして、障害者雇用の促進を図っているんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　アドバイザーとして今後、やってみたいことは？</p>
<p><strong>京谷</strong>：　最終的には障害者アスリート支援につなげていければと思っています。そのためにも今やっている「DODAチャレンジ」を障害者や企業に認知してもらって、実績を上げていきたいなと。というのも、自分自身の経験から障害者がパラリンピックを目指すときに一番ネックとなるのが就労の問題なんです。稼ぎがなければ道具も買えないし合宿にも参加することはできませんので、まず働き口が必要です。さらに仕事があっても、遠征に行ったり大会に出場するとなれば、休みをいただかなくてはいけない。ですから、企業の理解が必要なんです。そういった問題で、せっかく選手として優秀でも辞めざるを得ないことも少なくないのが現状です。所属選手が世界で活躍すれば、企業にとってもメリットはあるはず。企業とアスリートとをうまくマッチングできればと思っています。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　障害者スポーツに理解のある企業が増えればいいですね。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　はい、本当にその通りです。企業側の協力がないと、世界を目指すことなんてできないんです。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　そのためにも、アスリート側から現状を積極的に発信していかなければいけませんね。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　はい。これまでも選手たちはいろいろなところで訴えてはいるのですが、やはり現状で満足している部分もあると思うんです。僕たちから行動を起こしていかないと、何も変わらないですから。たとえば各競技団体から代表候補者を企業に推薦するという方法もあると思うんです。「この選手は次のパラリンピックで活躍が期待されています」というふうに推してくれれば、支援を買って出てくれる企業もあると思うんですよね。</p>
<p><strong>二宮</strong>：　なるほど、それはいいアイディアですね。京谷さんは日本の障害者スポーツの"顔"ですから、障害者スポーツ界をこうしたいという強い使命感をおもちなのでしょう。</p>
<p><strong>京谷</strong>：　あと何年できるかわかりませんが、現役のうちにいいものを少しでも障害者スポーツ界に残していきたいなと思っています。</p>
<p>（おわり）</p>
<p><img alt="千葉ホークス集合写真。背番号「10」が京谷和幸選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100527_1.jpg" width="500" height="371" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p><strong>＜京谷和幸（きょうや・かずゆき）プロフィール＞</strong><br />
1971年８月13日、北海道生まれ。小学２年からサッカーを始め、室蘭大谷高校時代にはインターハイ２回、高校選手権３回、国民体育大会３回出場。３年時の選手権では優秀選手に選ばれた。２年時にはユース代表、３年時にはバルセロナオリンピック代表候補にも選ばれるなど、将来を嘱望されていた。高校卒業後、古河電工（現ジェフユナイテッド千葉）に入団したが、93年に自動車事故で引退。94年から車椅子バスケットボールチームの千葉ホークスに所属し、全国車椅子バスケットボール選手権大会で８度の優勝を経験。日本代表としても活躍し、シドニー、アテネ、北京と３大会連続でパラリンピックに出場した。今年７月に英国・バーミンガムで開催される世界選手権代表にも選出された。<p><a href="http://doda.jp/challenge/" target="_blank"><img alt="doda_192_60.jpg" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/doda_192_60.gif" width="192" height="60" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a>現在は、（株）インテリジェンス（総合人材サービス業）提供の障がい者専門人材サービス事業にて、自身の経験や視点を生かし、企業や個人に向けたアドバイスを行う"障がい者リクルーティングアドバイザー"としても活動している。</p>
<p><strong>☆プレゼントのお知らせ☆</strong><br /><p><img alt="サイン色紙を手に笑顔の京谷和幸選手" src="http://www.challengers.tv/seijun/images/20100527_2.jpg" width="180" height="224" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />京谷和幸選手のサイン色紙を読者２名様にプレゼント致します。メールの件名に「京谷選手のサイン色紙希望」と明記の上、本文に住所・お名前・電話番号、このコーナーへの感想などがありましたらお書き添えいただき、<a href="mailto:stand@pastellabo.co.jp">こちらから</a>お申し込みください。応募者多数の場合は抽選とし、当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。(締め切り6/30)</p>
<p>◇<a href="http://blog.kyoyastyle.com/">京谷和幸選手ブログ</a></p>
<p>（構成・斎藤寿子）</p>]]>
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