アスリートストーリー

vol.2 人生をかけた11秒 ~スプリンター・春田純~

「11秒台」――。これまで日本人義足ランナーには手の届かなかった夢の記録。その記録に初めて到達したのが春田純(男子100メートル・片下腿切断)だ。今年5月に開催された大分陸上で、自己記録を0秒19上回る11秒95をマーク。両手を挙げてガッツポーズする春田に周囲から大きな拍手が送られた。33歳にして日本障害者陸上界に新たな歴史を刻んだ春田。果たしてどんな日々を送っているのか。彼の日常を追った。

春田はプロアスリートではない。普段は静岡市清水区内の建設関連会社に勤めるサラリーマンだ。主な業務内容は公共施設の水道工事に関する書類作成や現場監督。工期の遅れや工程ミスは決して許されない。今年で17年目の春田にかかる責任は大きい。

パラリンピックまであと1年に迫った現在は、勤務時間などを考慮してもらいながら、日々のトレーニングや30~40日は必要とされる遠征などを行なっている。春田が長期不在の場合は、周囲が手分けをしてカバーをしてくれるという。彼の並々ならぬパラリンピックへの思いを理解し、応援してくれている何よりの証だ。

「僕にとっては最高の環境」と春田は言う。無論、日本の障害者スポーツの環境を考えれば、確かに恵まれていると言っていいだろう。だが、競技生活を続けるには年間150~200万円の費用がかかる。生活は決して楽ではないはずだ。しかし、そのことを彼はマイナスには捉えていない。
「厳しさが自分にとってはいいプレッシャーとなっている」
このプラス思考こそが春田純をアスリートにさせているのだ。

ビジネスマンからアスリートへ

17時15分。会社を後にした春田が向かった先は車で約15分のところにある草薙競技場だ。週に3回、同競技場もしくは清水総合運動場で走り込む。競技場に着くと、早速準備にとりかかった。トレーニングウェアに着替えると、左足を生活用の義足からスポーツ義足へと履き替え、右足にスパイクをはめた。しっかりとスパイクのヒモを縛り終え、準備完了。スッと立ち上がった春田の表情は、既にアスリートへと様変わりしていた。

まずはゆっくりとストレッチで体をほぐす。実はこの時間が非常に重要なのだ。
「ストレッチをしながら、その日の自分の体の状態をチェックするんです。さらに言えば、『今から走るよ』ということを自分自身に伝えているんですね。これはフィジカル的な準備の意味合いもありますが、メンタル的な切り替えにもなる。心身ともにしっかりと準備をすることがケガの予防になるんです」

軽いジョギングの後、いよいよ走り込みだ。120、150メートルを健常のランナーと共に走り込んでいく。走ってはスタートラインに戻り、また走る。傍目からは単純作業に映るが、決してそうではない。頭も体もフル回転しながら、自らの走りを追求しているのだ。

日がすっかり落ちる頃には、競技場にはほとんど人影はなくなる。春田の練習パートナーも練習を切り上げていた。しかし、春田は一人、走り込みを続けていた。ロンドンパラリンピックの出場が決まるのは、来年の3~5月の予定だ。それまでの選考レースはそう多くはない。時間はあるようでない。だからこそ、限られた練習時間を1分、1秒たりとも無駄にはしたくない。

走り込みを終え、クールダウン。最後に再びゆっくりとストレッチをする。春田の表情も徐々に和らいでいく。週に3回、こうした走り込みの練習が行なわれている。

妻あっての競技生活

翌日、春田が仕事帰りに寄ったのは、清水区内のトレーニングセンターだ。週に2回、ウエイトトレーニングを行なっている。ここでもストレッチは欠かせない。体幹部分を意識しながら、ゆっくりと体を動かしていく。

そして見ている側も思わず顔をしかめてしまうほど、バーベルを使った過酷なトレーニングが始まった。臀部、大腿部、上半身、そして体幹とそれぞれの部位をバランスよく鍛えていく。また、トレーニングの前にプロテインを飲み、さらにトレーニング終了後にもプロテインを飲む。そして30分以内に食事をする。効果的な筋力アップを図るためには欠かせないのだという。

彼の競技生活を支えているのが妻の麻子さんだ。理学療法士でもある彼女に、春田は全幅の信頼を置き、自らの体調管理を委ねている。
「メンタル面でも支えてもらっています。今日あったことをそのまま彼女に話すだけで僕は気分的に楽になれる。奥さんは僕にとっては絶対に必要な存在です」
今や麻子さんは春田の分身的存在。彼のパフォーマンス向上に大きな影響を与えていることは言を俟たない。

「世界最高峰の舞台に立ちたい」「最高のパフォーマンスを見せたい」
その思いを抱きながら、今、世界中のアスリートたちがロンドンを目指している。そこにオリンピックとパラリンピック、さらにはプロとアマチュアの差はない。そして彼ら彼女らが見せるパフォーマンスは一朝一夕でできたものではなく、そこには必ず過酷なトレーニングに耐えた日々がある。春田もその一人である。

会社、練習パートナー、妻……周囲の理解と協力を得ながら、春田は今日もトレーニングに励む。それがロンドンへつながることを信じて――。

(文・斎藤寿子)

協力 日本障害者スポーツ協会 日本パラリンピック委員会