アスリートストーリー

vol.8 史上最強JAPANが金メダルに挑む! ~ウィルチェアーラグビー~

「ズドーーーーンッ!」――体育館中に重圧な音が鳴り響いた。あまりの衝撃に、しばらく身動きがとれない。耳の奥で音がこだまし、頭がズシリと重かった。
毎月1度、土日の2日間にわたって行なわれているウィルチェアーラグビーの日本代表合宿。練習会場に行くと、ウィルチェアーラグビーの競技用車椅子、通称“ラグ車”に乗った男たちが、ウォーミングアップを始めていた。そして、いよいよ練習開始とばかりに選手たちがセンターサークルへと集まった。と、その時だった。2人の選手が、気合いを入れるためか、車椅子ごと真正面からぶつかり合ったのだ。この競技が「マーダー(殺人)ボール」と呼ばれる所以を“体感”した瞬間だった。

1977年にカナダで誕生したウィルチェアーラグビーは、2000年シドニー大会からパラリンピックの正式種目に採用された。日本代表が初めて出場したアテネパラリンピックから攻撃の要として活躍してきた島川慎一は、実は団体競技が大の苦手だった。ウィルチェアーラグビーも、初めは知人に誘われて、嫌々見学に行ったという。ところが、選手たちがガツン、ガツンと体当たりしている様に、すっかり夢中になってしまったのだ。日常にはないその光景が、島川には魅力的に映った。実際に始めて見ると、意外にもウィルチェアーラグビーの面白さは、衝突だけに限らなかった。
「見た目にはわからなかったのですが、やってみると、細かい戦略のもとにプレーヤーたちは動いているんですよね。単にぶつかっているわけじゃないんだということがわかって、ますます面白くなりました」

しかし、島川にとって出場した過去2回のパラリンピックは、「最悪の一語に尽きる」という。念願の初出場を果たしたアテネ大会は、予選から全敗を喫し、最下位。自信をもってメダル獲得を狙った北京大会は、パラリンピック初勝利を挙げたものの、結局8チーム中7位だった。
「結果を残すどころか、アテネも北京も実力を出し切れず、不完全燃焼に終わってしまった……」
島川にとってその悔しさは薄れるどころか、時間が経てば経つほど、ますます色濃くなっている。

アスリートとしての意識改革

北京後、ロンドンでの雪辱を誓うチームのヘッドコーチに就任したのは、これまでスタッフやコーチとしてチームに携わってきた岩渕典仁だ。高校、大学とラグビー部に所属した岩渕にとって、車椅子競技で唯一、コンタクトプレーが許されているウィルチェアーラグビーは魅力的なスポーツとして映った。さらに運動療法士(リハビリテーション体育士)として普段から頸髄損傷者へ訓練・指導を行なっている彼だからこそわかる魅力がある。
「選手のほとんどは頸髄損傷者で、重度の障害を持った選手の中には、トイレに行くにも、お風呂に入るにも、健常者の2倍も3倍も時間を要するんです。その彼らが、“ラグ車”に乗った途端、転倒も恐れずに体当たりしたり、俊敏なチェアワークを見せるんですから、そのギャップには驚きますよ。でも、そのギャップこそがウィルチェアーラグビーなんですよね。健常者がやったって、車椅子であんな動きはそう簡単にはできませんよ」

だからこそ、岩渕は彼らを真のアスリートにさせたかったのだろう。いや、彼らにはアスリートとしてのポテンシャルが十分にあると感じていたのだ。ヘッドコーチに就任後、岩渕がまず最初に取り組んだのは選手たちの意識改革だった。
「これまで一スタッフとしてチームを見てきましたが、日本は個々のパフォーマンスにおいては世界でもトップクラスです。特にスピードは、どこにも負けない自信があります。では、何が足りないのか。それはプレー以外のところでの意識だと感じていました。トレーニングはもちろん、食事や睡眠といった日常生活におけるアスリートとしての意識が薄かったんです。こうしたところから改善していかないと、ただがむしゃらに練習すれば勝てる時代ではなくなってきています」

岩渕が取り入れた食事やトレーニング方法に対する意識改革は、実戦における課題にも効果を及ぼしている。日本のこれまでの敗戦パターンの多くは、僅差での黒星。最も象徴しているのがアテネパラリンピックだ。全6試合中、実に3試合もが1点差負けだった。さらに09年のアジア・オセアニアゾーン選手権では、世界ランキング2位のオーストラリア相手に1点差での惜敗。日本が世界の頂点に立つには、こうした僅差でのゲームを制することにあることが改めて明確になった。

しかし今、日本はその接戦に強いチームへと変貌を遂げつつある。それを証明したのが、ロンドンパラリンピックの予選を兼ねて行なわれた昨年11月のアジア・オセアニアゾーン選手権だ。予選を3勝3敗で終えた日本は、準決勝で同じく3勝3敗で勝ち上がってきたニュージーランドと対戦した。この試合に勝てば2位以上が確定し、ロンドンへの出場が決まるという大一番だ。予選でのニュージーランドとの対戦成績は1勝1敗。だが、2試合目に5点もの差をつけられて破れていたため、選手には1試合目の勝利よりも色濃く残っていた。
「選手たちは少し自信を失いかけているように感じました。そこで試合前に『自信をもって、“勝ちたい”という気持ちでぶつかっていこう!』と話をしました。『難しいことをやろうとするのではなく、今までやってきたことを信じて、これまで通りのプレーをすればいい』と」
この指揮官の言葉で、選手たちは自分たちが何をすべきなのかを再確認することができたのだろう。日本はスタートから高い集中力を見せ、最大5点差をつけるなど、試合の主導権を握った。

しかし、そう簡単に勝てる相手ではない。第3ピリオドでは、ニュージーランドが粘りを見せ、1点差にまで迫ってきた。そこで最後の第4ピリオドまでのインターバルで、岩渕は再び自信を失いかけた様子の選手たちに激をとばし、戦術の確認をすると、再びコートに送り出した。最後の8分間、選手たちは集中力を切らすことなく、走り続けた。そして、試合終了の笛が鳴った。スコアは49-47。2点差は、日本の勝利への執念がニュージーランドのそれを上回った結果だと、岩渕は思っている。

目指すは世界の頂

日本チームにとって3度目の挑戦となるロンドンパラリンピックでの目標は金メダルだ。その思いを岩渕はこう語っている。
「私たちが狙っているのは、銀や銅ではありません。目標は一つ、金メダルです。確かに米国やオーストラリアは強いですよ。簡単に勝てる相手ではないことは百も承知です。でも、その強い相手に勝つために私はチームづくりを行なってきたわけですし、選手たちは努力を重ねてきたんです。最初から銀や銅を目指していては、自ら限界をつくっているわけですから、決して金メダルを獲ることはできません。勝つ可能性がある限り、私たちはそれに挑みます」

もちろん、選手の思いも同じだ。ロンドンが3度目のパラリンピックとなる島川は、現在のチームに自信をもっている。
「北京以降、岩渕ヘッドコーチのもとで新たに強化を図り、チームづくりを進めてきました。その結果、10年の世界選手権で銅メダルを獲得し、そこで手にした世界ランキング3位の座をここまでずっと守り続けてきました。それはひとえに、コーチサイドと選手との信頼が深まり、スタッフも含めてチームが一つになっていることの表れだと思います。僕自身、01年から日本代表としてプレーしてきましたが、今のチームがレベルも結束力も最強だと感じています。もちろん、目指すところは金メダル。チーム全員が実力を出し切って、悔いの残らない大会にしたいと思います」

ロンドンパラリンピックでは、ウィルチェアーラグビーの予選は9月5日にスタートする。決勝までの5日間、格闘技さながらのぶつかり合いが繰り広げられる。体力はもちろん、精神力にもタフな2チームだけが、ファイナリストとして金メダルをかけた決戦に臨むことができるのだ。果たして、過去2大会の雪辱を果たし、3度目の正直となるか。「JAPAN」の実力を世界に示すその時は刻々と近づいている。

(文・斎藤寿子)

協力 日本ウィルチェアーラグビー連盟