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    <title>二宮清純の視点</title>
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    <updated>2026-02-25T23:47:29Z</updated>
    <subtitle>二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線</subtitle>
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    <title>後編　部活動改革にチャレンジ</title>
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    <published>2026-02-26T04:30:00Z</published>
    <updated>2026-02-25T23:47:29Z</updated>
    <summary>～誰もが自分らしく生きられる社会を～(後編) 二宮清純：　政府は部活動改革の関連...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが自分らしく生きられる社会を～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：河合純一" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260226_1.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮清純：</strong>　政府は部活動改革の関連経費を、2025年度補正予算の82億円に加え、2026年度当初予算案に57億円を計上していると発表しました。公立中学校の部活動地域展開は、来年（2026）度から６年間の「改革実行期間」に入ります。現状、財源のある自治体とそうでない自治体に温度差があるようですが、スポーツ庁としては、何を優先していきますか？</p>
<p><strong>河合純一：</strong>　私自身、昨年５月までは部活動改革の実行会議のメンバーでした。その際の議論で、各地の首長や教育長の方から様々なご意見をいただき、二極化していると感じました。部活動の地域展開をチャンスと捉え、自分たちの地域にあるリソースを最大限に活用し、「まちをもっと元気にしていこう」と前向きに捉えている自治体。一方で「ルールや基準を示してくれなければできません」といった完全に受け身の姿勢の自治体。我々としては、前者のようなマインドに切り替えていただけるような支援をしていくことが大切だと思っています。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　部活動の地域展開については、人口減少、少子化対策も喫緊の課題と言われています。</p>
<p><strong>河合：</strong>　おっしゃる通りです。この社会問題を見て見ぬふりすることは、許されない時代が訪れていると私は受け止めています。子供や教員の数が少ないからといって、放置しておくわけにはいかない。各自治体が地域展開にチャレンジしていただけるような環境を整えることが、国、スポーツ庁として必要だと思っています。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260226_2.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　全く同感です。既にうまく地域展開ができているところもあれば、「展開するつもりはない」と言い切っている自治体もあります。もちろん各行政単位のやり方、多様性はあるのだろうけれども、河合さんが言うように"見て見ぬふり"をするわけにはいきませんね。</p>
<p><strong>河合：</strong>　各自治体が今の部活動をどう捉えているかにもよりますね。部活動の地域展開を推進している自治体の中には、「競技力向上の観点で部活動が必要だ」という意見もある。一方で「もっと日常的に体を動かすような場所とクラブが必要だ」との声もあるんです。皆さんが一律に同じことを言っているわけではありません。その全ての声に応えられる仕組みを全国一律に確保できるかどうかは難しいと思いますが、選択肢の幅を広げていくことが大切だと思っています。例えば、週に１回は専門的な指導者にアクセスできる環境を用意し、それ以外の期間は他の競技に挑戦する機会を設けるなど、いろいろな選択肢が生まれてくることが理想だと思っています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　部活動はスポーツに限らず文化部も含め、いろいろな選択肢があっていいですよね。渋谷区には料理研究の分野もあると聞いたことがあります。</p>
<p><strong>河合：</strong>　「渋谷は立地も含めて環境がいいからできるんだ」と言う声もある。とはいえ、そういうアイディアを含め、参考にできることはたくさんあると思うんです。今は中学校の部活動改革ですが、いずれは高校でも同様の課題が顕在化していくと思います。子供から大人まで地域で楽しめる場所をどうつくっていくかがカギになります。</p>
<p><strong>【スポーツの意義を伝える】</strong></p>
<p><strong>伊藤：</strong>　すごく素晴らしいことだと思います。保護者だけでなく地域全体が部活動改革に取り組むことで、すごく面白いアイディアがいっぱいでてきて、好循環が生まれる気がします。</p>
<p><strong>河合：</strong>　それぞれの場所で聞いた声を、より具体的に政策に生かし、フィードバックしていく。この繰り返しだと思っています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　河合さんは中学校の教員の経験があるのでうかがいます。学校教員の中でも、部活動をやりたくないと言う人もいれば、そのために教員になった人もいます。</p>
<p><strong>河合：</strong>　私も当時は部活動指導がやりたくてやっていました。ただ、仮に今のこの年齢で教育現場にいる場合、当時の熱量を持ち続けていられているかどうかはわかりません。とはいえ、部活動に限らず、スポーツの持つ価値や魅力をもっと国民全体に実感してもらうのが、我々の仕事だと感じています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　「スポーツが嫌い」という人は結構多い。でも、よくよく聞いてみると、スポーツそのものが嫌いなのではなく、その時に教えた先生が嫌いとか、人間関係で離れていった人が多いですよね。</p>
<p><strong>河合：</strong>　私もそう思っています。この１、２年で簡単に変わるものではないとは思いますが、改めて我々がメッセージを打ち出すことで、「スポーツ嫌い」という人たちが抱くイメージを払拭していきたい。スポーツを通じて、人とつながる喜びや、体を動かす充実感、うまくいかなかったことを試行錯誤してチャレンジする気持ちに出合える。スポーツというツールをうまく日常の中に取り入れてほしいんです。そうしたことにチャレンジすることが我々の役割だと考えています。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260226_3.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤：</strong>　昨年11月に開催されたデフリンピックの開会式で高市早苗総理が、挨拶の際、「さて本年10月にはパラリンピック競泳の金メダリストであり、全盲のアスリートである河合純一氏が政府のスポーツ庁長官に就任いたしました」とおっしゃいました。私はその場にいてドキッとして、すごくビックリしたとともに、河合さんが果たす役割は大きいのだと実感しました。</p>
<p><strong>河合：</strong>　私も現場にいて、ビックリしました。スポーツをより一般化させていくための重要なフェーズに入ってきている。だからこそ、私が頑張るべきところが大いにあると思っています。スポーツ庁長官に就任以降、いろいろなところで皆さんにお会いし、多くの期待を寄せられていると感じます。今、スポーツに親しめてない方々にも、私は、スポーツの魅力、価値を知っていただきたい。別に運動実施率を上げることだけが目的ではありません。スポーツに親しんでもらうことは手段に過ぎない。私は国民の皆さんに、健康で人生を楽しんでもらいたい。そこにスポーツがどれだけ貢献できるかを伝えていくことが、私の役割だと思っています。</p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p><br><br />
<img alt="写真：左から二宮・河合・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260226_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜河合純一（かわい・じゅんいち）プロフィール＞<br />
スポーツ庁長官。1975年４月19日、静岡県出身。５歳で水泳を始め、パラリンピックにはバルセロナから５大会連続出場。金５個、銀９個、銅７個の計21個ものメダルを獲得した。先天性ブドウ膜欠損症で生まれつき左目の視力がなく、15歳の時に右目も失明し全盲となる。しかし、教師への夢を諦めず、早稲田大学卒業後の1998年には母校の舞阪中学に社会科教諭として赴任し、2008年からは静岡県総合教育センター指導主事を務めた。2003年にパラリンピック出場選手による選手会「日本パラリンピアンズ協会」を設立した。2016年、日本人として初めて国際パラリンピック委員会（IPC）の殿堂入りを果たす。2020年日本パラリンピック委員会委員長に就任。2025年、スポーツ庁の３代目長官に就いた。</p>
<p></p>
<p></p>
<p><br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>前編　「自分らしく頑張っていく」</title>
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    <published>2026-02-12T04:30:00Z</published>
    <updated>2026-02-24T00:30:29Z</updated>
    <summary>～誰もが自分らしく生きられる社会を～(前編) 　 　2015年10月1日に文部科...</summary>
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    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが自分らしく生きられる社会を～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：河合純一" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260212_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　2015年10月1日に文部科学省の外局として設置されたスポーツ庁。設立から10年が経った昨年10月、日本パラリンピック委員会（JPC）委員長の河合純一氏が第３代スポーツ庁長官に就任した。過去２人の長官はオリンピック金メダリストだったが、今回が初のパラリンピック金メダリストだ。河合長官が見据える日本のスポーツの未来とは――。</p>
<p><img alt="写真：河合純一" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260212_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮清純：</strong>　最初にスポーツ庁長官任命の話があった時の心境は？</p>
<p><strong>河合純一：</strong>　「僕ですか？」という驚きの方が大きかったです。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　それは、なぜでしょうか？</p>
<p><strong>河合：</strong>　次の長官は女性ではないかという話が出ていましたし、私自身もそう考えていました。また、当時私はJPCの委員長として、次のミラノ・コルティナ冬季パラリンピックやロサンゼルス夏季パラリンピックに向け、いろいろ準備をし始めていたところでしたから。それで、"まさか自分とは"となったんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　引き継ぎに際しては、前任の室伏広治さんからもお話があったんですか？</p>
<p><strong>河合：</strong>　はい。引き継ぎ書なるものがあり、それを読み上げていただきました。元々、JPC委員長という立場からスポーツ庁とは、様々なことで関わってきていました。おおよそのところは知っていました。スポーツ庁にも優秀な職員の方がたくさんいるので、皆さんから教えを受けながら、ここまで着々と業務を進めている感じですね。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260212_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　長官に就任した時の会見で「バトンというより、重たいハンマーを受け取った気持ち」と、気の利いたコメントを残しました。</p>
<p><strong>河合：</strong>　寝ずに考えましたから（笑）。それは冗談ですけど。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　アハハハ。今年は２月から３月にかけて冬季オリンピック・パラリンピックがあり、その後は野球のWBC、サッカーのW杯、愛知・名古屋でのアジア競技大会、アジアパラ競技大会とビッグイベントが目白押しです。スポーツのビッグイヤーということでスポーツ庁もやるべき仕事もたくさんあるでしょう。河合さんご自身は、任期の間に、まずこれだけはやっておきたいということは？</p>
<p><strong>河合：</strong>　まず1つは当然、今おっしゃったミラノ・コルティナのオリパラや、愛知・名古屋のアジア競技大会、アジアパラ競技大会などで、すべてのアスリートが活躍できる環境を整えることです。同時に、特に日本で開催のアジア競技大会とアジアパラ競技大会の機運醸成にも全力をあげて取り組んでいきたいと思っています。もう１つは中学校の部活動改革。地域展開を、この4月から6年間で実行していきます。その初年度にあたりますので、各地方や各地域に応じた実施体制を支援していきたい。</p>
<p><strong>【"フルーツポンチ型"が理想】</strong></p>
<p><strong>二宮：</strong>　５年前、JPC委員長に就任したばかりの河合さんは「私は物事をサクサクと捌いていくタイプなので、快く思ってない人がいるかもしれません。でも、5年後、10年後にあの決断でよかったと思ってもらえるようにすることが自身の仕事だと思っています」と私に話しました。それはスポーツ庁長官となっても変わらないのでしょうか？</p>
<p><strong>河合：</strong>　あまり変わってないですね。当時の自分と比べたら、ちょっとだけ丸くなっているかもしれませんが......。中学校の教師をしてきた経験やJPCという統括団体での経験などを踏まえ、今後スポーツ行政を前に進めていくためには、まず各部署が「ワンチーム」になることが重要で、今まさにチャレンジしていることです。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260212_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　河合さんは共生社会について、"ミックスジュース型"と"フルーツポンチ型"の２種類があるとよく話しています。真の共生社会は個性をすり潰してひとつになる"ミックスジュース型"ではなく、フルーツポンチのようにそれぞれが形を残しながら、お互いをリスペクトし合う関係だと。先ほど「ワンチーム」と言われましたが、スポーツ行政においても"フルーツポンチ型"を志向しているわけですね。</p>
<p><strong>河合：</strong>　その通りです。各自治体、各スポーツ団体にもそれぞれの置かれている立場や成り立ちがあり、担っている役割があります。それをひとつにまとめ、いかに「ワンチーム」にしていくことが、我々の仕事だと考えています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　今のお話を聞いていて、河合さんが日本パラリンピアンズ協会の会長に就任されたばかりの頃を思い出しました。当時も「各団体が仲良くしよう」と、今のように各団体が「ワンチーム」になる必要性を話していらっしゃいました。その考えは素晴らしいなと思っていました。</p>
<p><strong>河合：</strong>　ありがとうございます。だから私自身は、少しも変わっているつもりはないんです。ただ、それを言った時に聞いてくれる人がだんだん増えてきたということ。いろいろな活動を通して、仲間が増えてきたと言っていいかもしれません。これからも自分らしく頑張っていきたいと思います。</p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p><br><br />
（後編につづく）<br />
<br><br />
＜河合純一（かわい・じゅんいち）プロフィール＞<br />
スポーツ庁長官。1975年４月19日、静岡県出身。５歳で水泳を始め、パラリンピックにはバルセロナから５大会連続出場。金５個、銀９個、銅７個の計21個ものメダルを獲得した。先天性ブドウ膜欠損症で生まれつき左目の視力がなく、15歳の時に右目も失明し全盲となる。しかし、教師への夢を諦めず、早稲田大学卒業後の1998年には母校の舞阪中学に社会科教諭として赴任し、2008年からは静岡県総合教育センター指導主事を務めた。2003年にパラリンピック出場選手による選手会「日本パラリンピアンズ協会」を設立した。2016年、日本人として初めて国際パラリンピック委員会（IPC）の殿堂入りを果たす。2020年日本パラリンピック委員会委員長に就任。2025年、スポーツ庁の３代目長官に就いた。</p>
<p></p>
<p><br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>後編　平和都市・広島の使命</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2026/01/7900.html" />
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    <published>2026-01-22T04:30:00Z</published>
    <updated>2026-01-21T23:03:22Z</updated>
    <summary>～誰もが「諦めない」という選択肢を～(後編) 伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：...</summary>
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        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが「諦めない」という選択肢を～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：下原唯千夏" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260122_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　NPO法人FOOT&WORKは、「車椅子ソフトボール＆フレンドリーマッチ in Hiroshima」を主催しています。2023年にスタートして昨年10月に第３回大会を開催しました。私も第２回大会に伺いましたが、笑いが絶えない賑やかなイベントでした。この大会を始めたきっかけは？</p>
<p><strong>下原唯千夏：</strong>　広島で車椅子バスケットボールのイベントをした際、手伝いに来てくれたのが一般社団法人日本車椅子ソフトボール協会理事の下川友暉君でした。彼自身は車椅子ユーザーではないのですが、日本代表コーチを務めています。下川君の紹介で広島の車椅子ソフトボールチームに所属し、日本代表としてワールドシリーズ優勝に貢献した江南聖選手と会いました。「ぜひ車椅子ソフトボールを生で観てみたいから、広島でイベントしてください」と話すと、「場所がないんです」と返ってきました。県内にスポーツ施設はたくさんありました。それで場所なら確保できるものと思ったのですが、江南選手に聞くと「下が柔らかいところでは車椅子を全力で動かせません」と言うんです。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260122_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮清純：</strong>　地面は硬い方がいいんですね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　そうですね。「ワールドシリーズなどの試合はどこでやっているんですか」と聞いたら、「広い駐車場です」と。日本にも大型スーパーの駐車場がいくつかあると思ったら、車止めや植栽があり、50メートル四方のスペースを確保できないそうなんです。だから会場の確保も一苦労でした。ようやく見つけた広島みなと公園を借りようとした際も、窓口である県の港湾委員会に認めていただくまでにとても時間がかかりました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　前例があまりないからでしょうね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　私たちが言われたのは、「ボールが飛ぶから危ない」という理由でした。だから、理解してもらうのがすごく大変で、外野フェンスの外にフェンスをつくり、そこに人を配置するなどの策を講じました。本当に何度も心が折れかけました。</p>
<p><strong>【心の支えとなった約束】</strong></p>
<p><strong>伊藤：</strong>　そんな中、「車椅子ソフトボール＆フレンドリーマッチ in Hiroshima」に協賛しているスポンサー企業・団体がたくさんあります。これも下原さんの努力の賜物ですね。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　下原さんの営業力はすごいですね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　いえいえ。ただただ必死で（笑）。場所を借りるのも大変でしたが、協賛集めもすごく大変でした。車椅子ソフトボールという競技を説明するところから始まり、なかなか理解を得られなかった。でも、２回、３回と繰り返すうちに、「去年のやつだね」「今年もやるんだね」と言って、協力してくださる方が増えていったんです。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　車椅子競技は、競技用の車椅子を集めるのが至難の業です。「車椅子ソフトボール＆フレンドリーマッチ in Hiroshima」では、協賛社が車椅子を寄付くださるケースもあるそうですね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　本当にありがたいことです。大会開催準備をしたことで、競技用の車椅子を集めるのがいかに大変かということがよくわかりました。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260122_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤：</strong>　様々な困難に遭っても踏ん張れたのは、何が理由だったのでしょう？</p>
<p><strong>下原：</strong>　車椅子ソフトボールに関わるきっかけとなった下川君と大会を開催する約束をしたからです。その約束をどうしても守りたかった。大会開催するために動いたことで、どれだけ車椅子競技をすることが難しいかを知りました。でも大会を開催することで、この広島というまちから、いろいろなことができる可能性を示したかった。原爆から復興した平和都市としての側面だけでなく、インクルーシブな社会を目指す取り組みを続けていくことがこのまちの使命だと思ったんです。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　大会は第４回、第５回と続けていかれると思いますが、今後はどんな展開を考えていますか？</p>
<p><strong>下原：</strong>　ギャラリーを増やすことに、力を入れていきたいと思っています。例えばパラスポーツに限らず、他のイベントと一緒に開催できれば、そのイベント目当てに来た人がふらっと観に来られると思うんです。そうすれば車椅子ソフトボールにも興味を抱いてもらえるかもしれないし、体験会に参加してくれる可能性もある。ギャラリーが増えれば、選手たちのモチベーションになります。車椅子ソフトボールの大会だけではなく、ひとつのお祭りのようなイベントとして、たくさんの人が集まり、楽しめるものにしたいと考えています。</p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p><br />
<br><br />
<img alt="写真：左から伊藤・下原・二宮" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260122_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜下原唯千夏（しもはら・いちか）プロフィール＞<br />
NPO法人FOOT&WORK理事長。1965年、広島県出身。1988年、安田女子大学卒業後、医療法人せのがわに入職。公認心理士、精神保健福祉士として、心理療法や精神障害者施設の運営に携わる。2003年、地域の高齢者精神障がい者福祉、メンタル不調者・不登校の支援を通して、生活環境の向上を目指す事業を行うNPO法人FOOT&WORKを設立。誰でも参加できるスポーツイベントや、障がい者向けのスポーツイベントを企画・運営している。2007年、医療法人せのがわの理事長に就任。好きな言葉は、「才能は有限、努力は無限」。好きなスポーツはテニス。</p>
<p></p>
<p><br />
<br><br />
<a href="https://footandwork.com/">FOOT&WORK</a></p>
<p>協力　広島県東京事務所<br />
<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>前編　スポーツを通じた学びや経験</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2026/01/7899.html" />
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    <published>2026-01-08T04:30:00Z</published>
    <updated>2026-01-07T23:20:17Z</updated>
    <summary>～誰もが「諦めない」という選択肢を～(前編) 　 　NPO法人FOOT&amp;WORK...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが「諦めない」という選択肢を～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：下原唯千夏" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260108_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　NPO法人FOOT&WORKは、＜障がいの有無や年齢・性別を問わず、全ての人が理解し合い、協力し合い、支え合えるコミュニティの場づくり＞を活動理念に掲げている。広島でパラスポーツチームの運営や車椅子ソフトボール大会の主催などを行なっている下原唯千夏理事長に話を訊いた。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　今回は広島からのゲスト・下原さんをお迎えし、広島県東京事務所にお邪魔しております。NPO法人FOOT&WORKがパラスポーツに関わるきっかは、どんな理由があったのでしょうか？</p>
<p><strong>下原唯千夏：</strong>　私は広島市内にある精神科の病院（医療法人せのがわ）の理事長の職にあります。当院は私の父が開設者。父は患者さんが社会復帰する際に運動をすることが大事という考えから、病院の敷地内に運動する施設やスペースをつくりました。最初は患者さんと職員が一緒にスポーツを楽しむという環境づくりにはじまり、大会に出場し、勝つという目標を掲げるようになったんです。父はとても負けず嫌いでしたからね（笑）。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260108_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮清純：</strong>　その思いを引き継いだ、と？</p>
<p><strong>下原：</strong>　そうですね。かつては近隣の病院同士で試合を行えていたのですが、高齢化でチーム数がどんどん減っていき、職員の負担も少なくないため、その機会は失われていったんです。ただ、一部の患者さんや症状が軽減して退院した精神障がいのある方から「試合に出たい」「バレーボールをしたい」という声を聞いた。その気持ちになんとか応えたいと、元々活動していたNPO法人（FOOT&WORK）でチームをつくり、大会に出ようと考えました。そういう経緯から最初は、精神障がいのある人のソフトバレーボールチームを持つというところから始まりました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　バレーボールと比べて柔らかいボールを使用する競技ですね。全国障害者スポーツ大会（障スポ）にも出場されたことがあるチームだとうかがいました。</p>
<p><strong>下原：</strong>　そうです。昨年の滋賀県で行われた障スポにも中四国の代表として出場しました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　スポーツに取り組むことが、患者の回復が早まったという例はあるのでしょうか？</p>
<p><strong>下原：</strong>　体を動かすことで身体的な健康維持に繋がるというメリットがあります。精神科の場合、運動することで前頭葉が刺激され、活性化するので、脳にもいい影響を及ぼすと言われています。加えて言うと、スポーツにはルールがありますよね。治療後の社会復帰を見据えると、ルールに準じた行動をするというのは大事な経験です。</p>
<p><strong>【垣根を設けない】<br />
</strong><br />
<img alt="写真：下原唯千夏" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260108_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　スポーツを通じて社会規範を覚えるということですね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　それにコミュニケーション能力が培われるという側面もあります。精神科のリハビリの一環ですが、スポーツを一緒にすることで、相手や味方への声掛けなどでコミュニケーションを取るきっかけになる。挨拶が苦手だった人が急にできるようになったり、試合中の笑顔や会話が見られるようになったりしました。コミュニケーションスキル向上にスポーツはすごく合っていると感じています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　かつては精神病院に入ってしまったら出られないという偏見がありました。それはいまだに残っていますか？</p>
<p><strong>下原：</strong>　退院する方はたくさんいますし、その後は社会復帰し、学校に行ったり、地域で仕事をしたりする方も増えてきました。しかし、まだ差別や偏見がゼロになったわけではありません。私たちが運営するスポーツチームやイベントを通じて、少しでも払拭することに繋げていきたいと考えています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　例えば依存症を患っている方と精神障がいのある方などを分けることなく一緒にスポーツをするのですよね？</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/260108_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>下原：</strong>　もちろんです。当院でもFOOT&WORKでも、ひとつの疾患に分けるのではなくスポーツやレクリエーションは一緒に行います。その結果、互いに苦手なところを補い合うことに繋がるからです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　あえて垣根を設けないということですね。</p>
<p><strong>下原：</strong>　その通りです。運動神経の良し悪しや、器用・不器用の違いはあれど、最終的には「また一緒にペア（チーム）を組もう」「一緒に試合出よう」という会話が生まれています。それを見て、分けないことの利点を強く感じました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　素晴らしい効果ですね。今後についてはどのような展望を？</p>
<p><strong>下原：</strong>　私がこれまで精神障がいのある人を診てきて、「諦める」ことばかり選択肢にあったと感じています。仕事を諦める、学校を諦める、結婚を諦める......。そういう人たちをたくさん見てきたので、「諦めない」選択肢を持ってもらいたかった。それはスポーツでなくてもいいし、芸術の方面でもいい。まずはたくさんの選択肢があることを知ってもらいたい。そしてFOOT&WORKの活動を通じ、いろいろな機会を創出していきたと考えています。</p>
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<br><br />
（後編につづく）<br />
<br><br />
＜下原唯千夏（しもはら・いちか）プロフィール＞<br />
NPO法人FOOT&WORK理事長。1965年、広島県出身。1988年、安田女子大学卒業後、医療法人せのがわに入職。公認心理士、精神保健福祉士として、心理療法や精神障害者施設の運営に携わる。2003年、地域の高齢者精神障がい者福祉、メンタル不調者・不登校の支援を通して、生活環境の向上を目指す事業を行うNPO法人FOOT&WORKを設立。誰でも参加できるスポーツイベントや、障がい者向けのスポーツイベントを企画・運営している。2007年、医療法人せのがわの理事長に就任。好きな言葉は、「才能は有限、努力は無限」。好きなスポーツはテニス。</p>
<p></p>
<p><br><br />
<a href="https://footandwork.com/">FOOT&WORK</a></p>
<p>協力　広島県東京事務所<br />
<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>後編　小さな成功体験の積み重ねを</title>
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    <published>2025-12-25T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-12-24T23:12:37Z</updated>
    <summary>～無理なく歩む共生社会への道～(後編) 二宮清純：　三阪さんは高校生の時にラグビ...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～無理なく歩む共生社会への道～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：三阪洋行" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251225_1.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　三阪さんは高校生の時にラグビーの練習中の事故で頚髄を損傷し、車椅子生活となりました。</p>
<p><strong>三阪洋行：</strong>　私は事故に遭ってから、いかに自分が障がいというものに対し、社会的弱者のイメージを刷り込まれていたかということに気付かされました。学校教育でも、障がいのある人の大変さばかりを伝えられていましたし、だから助けてあげなければいけない、と。実際に当事者になってみると、周りからの視線を感じたし、「みんなそう思っているんだろうな」と疎外感を覚えました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　そういった刷り込みが、逆に疎外感や分断を生んでいた、と。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　そうだと思います。だから社会に出るまでは勇気がいりました。でも、それがスポーツを通して、障がい当事者の世界に入っていくことで、パラスポーツや社会に出ていく意義を知った。環境も変わっていった。特に私の場合はニュージーランドに車いすラグビーで留学したことがきっかけで、マインドが大きく変わりました。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　具体的にどう変わったのでしょうか？</p>
<p><strong>三阪：</strong>　できないことはできないな、と。ただ、それを「できない」だけで思考を停止させるのではなく、できるようにするには、どうしたらいいかを考えるようになりました。人からサポートしてもらうこともそうだし、何か道具を工夫することも選択肢のひとつ。これが私にとっての障がい受容です。障がいを受け入れ、そこで自分は何ができるかということにスイッチが切り替わったのが一番大きかった。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251225_2.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　三阪さんが変わるきっかけとなった留学という体験。最近よく「体験格差」と言われますが、お金がある家庭とない家庭、中央と地方などいろいろな格差が顕在化してきています。つまり、みんなが同じような体験ができなくなっている。仮に三阪さんがニュージーランドに行っていなかったら、障がいに対する偏見は変わらなかったかもしれない。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　そうです。留学前の私には、甘やかせてもらう環境を切り離す覚悟はなかった。「無理しなくていいよ」と言われれば、いつしか頑張らなくなってしまう。「やらなくても大丈夫」と言われ続ければ、それを「いや、私はやる」と答えられるほどの覚悟を持つことがなかったかもしれません。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　それを踏まえると、障がいのある人が、海外に出ていく機会があってもいいですね。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　はい。個人としての意見になりますが、そういったチャレンジを応援できる環境をもっとつくりたいなと思います。また海外に出ることだけでなく、成功体験をどう導くかは、すごく大事なことだと考えています。大きな目標を見過ぎるばかりに、日々の小さな成功体験を見逃しちゃいがちなんです。「自分の目標はこうだから、ここで満足していてはたどり着けない」とネガティブ思考に陥ってしまう。高い目標だけを見続けるのではなく、小さな成功体験にちゃんと目を向け、自信に繋げることが大切だと思うんです。</p>
<p><strong>【パラスポーツの力】</strong></p>
<p><strong>二宮：</strong>　小さな成功体験の積み重ねが大事なんですね。メジャーリーグで殿堂入りしたイチローさんも同じようなことを言っていました。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　昨日より早く起きて、10分早く支度できたのも成功体験のひとつ。それは昨日より良くなろうと思う気持ちが、自分を行動させているわけです。私自身、ニュージーランドでの毎日がそうでした。昨日よりも今日は現地の人と話が長くできた。怒られ続けていた車いすラグビーのプレーも「良くなった」と褒められた。それら一つひとつの成功体験によって、「自分ではもっとこんなことができるかもしれない」「こんなことに挑戦してみよう」という意欲にガラッと変わっていった。そのことに気付いてから、半年ぐらい経った時、結構いろいろなことできるようになりました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　そこに気付けることが重要ですよね。成功しているのに、まだだまだだと思っちゃう。三阪さんはあるインタビューで、東京2020パラリンピック競技大会が終わった後、パラスポーツの熱が下がってしまうことに対し、「最高値に留めておくのは難しいと思いますが、冷え切った状態にしてしまわないことが大事」だとおっしゃっていました。これは名言だと思います。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251225_3.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>三阪：</strong>　ありがとうございます。私は来年、アジアパラ競技大会を開催する愛知県に対しても同じことを言っています。ベストが理想かもしれませんが、ベターでも十分なんです。あとはちょっと足りないぐらいの方が長く続くと思います。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　ある程度割り切った考えも必要ですよね。理想ばかり追い続けても持たない。現実と向き合い、折り合っていくことも大事です。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　おっしゃる通りです。私自身、現役時代は「メダルを取りたい」と頑張っていました。ある時、スポーツ庁長官の河合純一さんから「メダルを取ることがゴールでもないし、目標でもない。取った後、自分に何ができるかどうかの方が大事だ」という話を聞きました。私は結局、現役中はメダリストになれませんでしたが、日本代表のコーチとしてリオ2016パラリンピック競技大会では銅メダルを取ることができた。その時、観客席がキラキラ輝いて見えた風景は今でも忘れられません。観客席からは「おめでとう」じゃなく「ありがとう」と言われた。この喜びや感動は、自分たちだけのものじゃないと改めて感じられた。メダルという結果を残し、そこから繋がる人が増え、何かを伝えられるチャンスが生まれる。社会を変えるきっかけをつくれることを経験したんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　確かにスポーツは社会を変える力がある。私は「スポーツは微力だが無力ではない」と考えています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　それも名言ですね。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　スポーツはアスリートが主役ではあるのですが、その物語には、たくさんの人が関わっている。また敵役がいるから盛り上がるし、脇役がいるから引き立つ。そうしたストーリーを書いてくれる人がいるからこそ、質が高まる。スポーツという箱には、あらゆる人に与えられるものが詰まっていて、そこからムーブメントを起こせる力がある。特にパラスポーツは社会変革を担える可能性を持っていると考えています。JPC委員長として、その魅力を多くの人に伝えられるよう、これからも頑張っていきたいと思います。</p>
<p></p>
<p></p>
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<p><br />
<br><br />
<img alt="写真：左から伊藤・三阪・二宮" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251225_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜三阪洋行（みさか・ひろゆき）プロフィール＞<br />
日本パラリンピック委員会委員長。1981年、大阪府出身。高校生の時にラグビー練習中の事故で頚髄を損傷し、車椅子生活となる。８カ月間の入院生活後、車いすラグビーと出会い、４年後には日本代表に選出された。アテネ2004パラリンピック競技大会、北京2008パラリンピック競技大会、ロンドン2012パラリンピック競技大会と3大会連続でパラリンピックへ出場。ロンドン大会では副主将を務め、４位入賞という好成績を収めた。引退後は日本代表のアシスタントコーチを務め、リオ2016パラリンピック競技大会に出場。日本初となる銅メダル獲得に貢献した。2021年にはアジア・パラリンピック委員会（APC）の理事とJPCのアスリート委員長に就いた。今年10月から現職に。</p>
<p></p>
<p><br />
<br><br />
<a href="https://www.parasports.or.jp/paralympic/">日本パラリンピック委員会</a><br />
<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
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    <title>前編　やらないという選択肢はなかった </title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2025/12/7896.html" />
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    <published>2025-12-11T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-12-10T23:49:03Z</updated>
    <summary>～無理なく歩む共生社会への道～(前編) 　 　今年10月より日本パラリンピック委...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～無理なく歩む共生社会への道～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：三阪洋行" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251211_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　今年10月より日本パラリンピック委員会（JPC）委員長に就任した三阪洋行氏は、車いすラグビー日本代表として、2004年に開催されたアテネ大会から３大会連続でパラリンピックに出場したパラリンピアンだ。リオ2016パラリンピック競技大会はコーチとして、初のメダル（銅）獲得に貢献した。2021年にJPCアスリート委員会委員長、2023年にはアジア・パラリンピック委員会（APC）のアスリート委員長及び理事に就いた。選手、指導者、委員会の幹部として職務を経験してきた三阪氏に共生社会実現への思いを訊いた。</p>
<p><img alt="写真：三阪洋行" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251211_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　スポーツ庁長官に就任された河合純一さんの後任としてJPCの委員長に就きました。その経緯をお聞かせください。</p>
<p><strong>三阪洋行：</strong>　日本パラスポーツ協会の森和之会長と河合さんとお話をする機会があり、そこでまず河合さんの人事の話を聞き、後任というかたちで「引き受けてくれないか」と言われました。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　お引き受けすることに迷いはありませんでしたか？ </p>
<p><strong>三阪：</strong>　自分にこの役職が務まるのかという葛藤はありました。ただ私は2021年にアスリート委員会委員長に就き、以降JPCの運営にも携わってきました。それまでは自分が経験してきた車いすラグビーを中心にやってきましたが、もう少し全体的に関わらせていただくようになり、JPC職員の皆さんとも接点を持っていました。その４年間の経験があったので、JPCの責任ある立場に就くことに対して抵抗はありませんでした。ただ、私が一番心配だったのが、まだ自分が経験不足という点です。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　JPC委員長に就くにはまだ早い、と？</p>
<p><strong>三阪：</strong>　そうですね。私自身、描いていたのは、もう少し先、例えばロサンゼルス2028パラリンピック競技大会以降に、JPC委員長に限らず、これまでよりも協会や委員会の指揮を執る立場に関われる機会があるならば挑戦したいと思っていました。ただ河合さんと話をする時間をたくさんいただき、河合さんご自身のJPC委員長の職を受けた経緯、やってきたことをお聞きしました。私が河合さんから言われて、一番心を動かされたのは、やはりアスリート出身の人間がこの役割を担うことの意味です。だから、できるかできないかを考えるよりも、やるかやらないかで決めました。私の中でやらないという選択肢はなかったので、引き受けようと決心しました。</p>
<p><strong>【別府視察での学び】</strong></p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251211_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　パラリンピック競技を統括するJPCの委員長になったからには、様々な競技に目配せをしなければなりません。例えば三阪さん自身がご覧になったことがない競技もあったんじゃないでしょうか？</p>
<p><strong>三阪：</strong>　その通りです。11月中旬に、大分国際車いすマラソンに視察に行きました。これまでパラスポーツに関わっておきながら初めての観戦でした。この目で見て、改めて感じたのは、人・まち・企業がつながりを深くもった歴史ある大会だということ。まちの理解はもちろん、自治体の支援もある。企業が応援してサポートする体制が40回以上も続いている。大会創設者の中村裕先生がイメージされてきた姿がどんどん実現しつつあると感じました。また中村先生が設立した別府市内にある社会福祉法人「太陽の家」では、「障がいがあるからといって甘えるな。納税者になるんだ」という理念が根付いています。今回の訪問で改めて、そのことを実感しました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　太陽の家は、中村先生が「保護より働く機会を」をモットーに設立しました。私も現地を取材したことがあります。障がいのある人が働いて納税者となり、自立して暮らしていく。それがまちにとってもいい循環になるという考えですね。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251211_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>三阪：</strong>　現在、肢体障がい者の割合が減ってきている中、発達障がいや精神障がいの方が増えてきている。太陽の家では、そういったニーズにも柔軟に応えていくフェーズに来ているという話を聞きました。様々な障がいに対し、柔軟に対応しようとする姿勢が、あれだけ長く続いている所以かなと感じましたね。日々、歩みを止めず、新しいことにチャレンジする姿勢は見習うべきものがあると思いました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　他競技や他団体からも得られるものはたくさんありますね。</p>
<p><strong>三阪：</strong>　その通りです。アスリート委員長になって以降、パラリンピックを通して視察で色々な競技を見る機会が増えました。ゴールボールや陸上競技を観に行き、自分とは違う障がいのある選手、義手、義足の選手たちとの接点も少しずつ増えていきました。元々、スポーツは好きだったので、観る側の視点で気付いたことがありましたし、当事者に直接話を聞くことで、それぞれが抱える課題も知りました。これまで私は、アスリート目線と、アスリートを通して、課題解決に努めてきたつもりです。今回のJPC委員長就任も、その取り組みの延長線上にあるものだとも考えています。なので、私はこれまで経験してきたこと、取り組んできたことを、強みとして生かしていきたいと思っています。</p>
<p></p>
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<p></p>
<p></p>
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<p></p>
<p></p>
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<p><br><br />
（後編につづく）<br />
<br><br />
＜三阪洋行（みさか・ひろゆき）プロフィール＞<br />
日本パラリンピック委員会委員長。1981年、大阪府出身。高校生の時にラグビー練習中の事故で頚髄を損傷し、車椅子生活となる。８カ月間の入院生活後、車いすラグビーと出会い、４年後には日本代表に選出された。アテネ2004パラリンピック競技大会、北京2008パラリンピック競技大会、ロンドン2012パラリンピック競技大会と3大会連続でパラリンピックへ出場。ロンドン大会では副主将を務め、４位入賞という好成績を収めた。引退後は日本代表のアシスタントコーチを務め、リオ2016パラリンピック競技大会に出場。日本初となる銅メダル獲得に貢献した。2021年にはアジア・パラリンピック委員会（APC）の理事とJPCのアスリート委員長に就いた。今年10月から現職に。</p>
<p></p>
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<a href="https://www.parasports.or.jp/paralympic/">日本パラリンピック委員会</a><br />
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（構成・杉浦泰介）<br />
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    </content>
</entry>
<entry>
    <title>後編　超高齢社会との親和性</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2025/11/7887.html" />
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    <published>2025-11-27T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-11-26T23:17:00Z</updated>
    <summary>～誰もが旅をあきらめない社会を～(後編) 二宮清純：　渕山さんは30年近く、ユニ...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが旅をあきらめない社会を～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：渕山知弘" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251127_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　渕山さんは30年近く、ユニバーサルツーリズムに携わってきました。観光業界におけるハード面での課題は？</p>
<p><strong>渕山知弘：</strong>　ここ20年の間に、かなりハード面でのバリアフリー整備が進んでいるように感じています。特に宿泊施設はコロナ禍ぐらいで整備が進みました。当時は旅行の数自体は減っていましたが、観光庁は、コロナが明けた後の受け入れ整備のために、施設のバリアフリー化に対する補助金を出しました。コロナ禍でお客様が来られない間、宿は施設改修に努めた。そのおかげで旅行に行こうと思えば行ける環境が、今はもう格段に整ってきています。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　コロナ禍で人の往来はストップしたものの、施設面の整備が進んだということですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　宿泊施設や観光地の考え方も変わったと思います。それまでは首都圏からの団体客で潤っていた地域や旅館も、そこに頼っていてはダメだと考えるようになった。団体から個人にシフトするいいタイミングだったと思います。だったら高齢者や障がいのある人が泊まりやすい方がいいよね、ということで施設を改修した。例えば、諏訪湖畔の宿の例で言うと、コロナ禍前までは県外からの宿泊客がメインでしたが、バリアフリー風呂に改修すると、県内に住む近隣の方々が３世代、４世代にわたって貸し切り風呂を利用されたそうです。</p>
<p><img alt="写真：バリアフリー風呂" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251127_2.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　地元のお客様が増えたわけですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうなんです。それ以降はバリアフリーであることを、ひとつの売りにされるようになりました。他にも客室の２部屋を１部屋の広めのユニバーサルルームに改修した。それでも全体的にはお客様が増えていると聞きます。加えて座敷の宴会場は椅子テーブルが増えてきています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　座敷だと、立ったり座ったりと高齢者は大変ですもんね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　今はもう座敷のままでは、宴会場として選ばれにくくなってきていますね。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　布団よりもベッドのニーズが増えるでしょうね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　おっしゃる通りですね。高齢のお客様もベッドの部屋がいいと希望されます。他にはバイキング会場でトレーを持つと、片手がふさがる。杖を持つから？　今は、トレーを載せられる専用のカートを設置した宿泊施設も増えてきています。</p>
<p><strong>【伸びていく需要】</strong></p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251127_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　そういったバリアフリー化は、障がいのある人のためだけでなく高齢者のためにもなっているわけですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうですね。障がいのある人向けだけにつくるとなると、ハードルは高いかもしれませんが、誰もが使いやすいデザインだと考えれば、改修のハードルは下がるはずです。実際、積極的に取り組んでいる自治体、宿泊施設と、そうではないところの差はまだまだありますが......。自治体によっては「住んでよし、訪れてよし」というまちを目指されていますが、その考え方で取り組まれると、高齢者の住みやすいまちは、観光客が観光しやすいまちになる。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　ユニバーサルツーリズムの市場規模はどれぐらいでしょうか？</p>
<p><strong>渕山：</strong>　観光庁の調査報告書によると、約２兆1256億円といわれています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　今後、超高齢社会になっていきますから、市場規模はもっと大きくなっていくでしょうね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうだと思います。まだ高齢者や障がいのある人の中に、"旅行に行きたいけど、難しいだろう"と諦めてしまっている方が一定数いるはずです。その方たちの思いを実現させることができれば、さらに大きな市場になると思っています。今、全国の温泉地で取り組まれているサービスのひとつが、温泉の入浴介助サービスです。関東地方だと、箱根、上諏訪、群馬、関西の方でも兵庫、九州は鹿児島や大分にまで広がっています。上諏訪のケースでは、99歳のおじいちゃんの温泉に入りたい、旅行に行きたい気持ちを叶えるため、家族、親戚38人がひとつの旅館に集まりました。温泉や旅行が好きだけど、年齢や健康状態などを理由に諦めていた。入浴介助サービスによって、その夢が実現できるなら、運動やリハビリのモチベーションにもなるとそうです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　温泉にはリハビリ機能があるから一石二鳥ですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうなんです。受け入れる宿にとっても、当然お客様が増えるわけですからメリットが多いんです。福祉で働いている方は地域にもいっぱいいらっしゃるので、宿自体が介助スタッフを抱える必要はないんです。進んでいる地域では宿が地域のユニバーサルツーリズム相談窓口を担っています。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251127_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤：</strong>　地域が一体となって連携を取れているというのは素晴らしいですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>今、全国で地域におけるユニバーサルツーリズムの相談窓口はNPOを中心に60を超えるぐらいに増えています。いくつかの空港や駅では荷物を持ってすぐ出たところに高齢者、障がいのある人のための観光案内窓口があり、そこで車椅子の貸し出しなども対応してくれるんです。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　お話を聞いていると、障がいの有無にかかわらず、やりたいけどできないと思い込んでいるとか、やりたいけど、どうしたらいいかわからないというところに、手が届くサービスなのが、ユニバーサルツーリズムの重要なポイントですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうです。お客様に障がいがあるという理由だけで安くしたり、無料にするということはありません。私は無料にしてしまうとサービスの質は低くなり、事業が長続きしないと思っています。サービスにかかる部分はしっかりと受け取り、我々は終わった後に利用客が「安かった」と思っていただけるぐらいのプログラムをつくる。それがプロの観光業者だと思っています。そして、それは誰もが旅をあきらめない社会を実現するためにも必要なことだと感じています。</p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p><br />
<br><br />
<img alt="写真：左から二宮・渕山・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251127_5.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜渕山知弘（ふちやま・ともひろ）プロフィール＞<br />
ユニバーサルツーリズムアドバイザー。1969年、広島県出身。1990年から近畿日本ツーリスト、クラブツーリズムに勤務し、1998年から2020年までバリアフリーツアー、ユニバーサルツーリズムに携わる。退社後はユニバーサルツーリズムアドバイザーとして、全国の自治体、企業、学校等で講演、セミナーなどを行っている。高知県観光特使、東京都観光産業アドバイザー、東京マラソンバリアフリーアドバイザーなども務める。趣味は110㏄のカブで全国を旅すること。好きなスポーツはサッカー。座右の銘は「夢をあきらめない・旅をあきらめない」。</p>
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（構成・杉浦泰介）<br />
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    </content>
</entry>
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    <title>前編　夢の実現のお手伝い</title>
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    <published>2025-11-13T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-11-13T04:23:49Z</updated>
    <summary>～誰もが旅をあきらめない社会を～(前編) 　ユニバーサルツーリズムとは、年齢や障...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～誰もが旅をあきらめない社会を～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：渕山知弘" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251113_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
　ユニバーサルツーリズムとは、年齢や障がいの有無にかかわらず、すべての人が安心して楽しめる旅行を目指すことである。観光庁は、ユニバーサルツーリズムを推進するため、地域の受け入れ環境の整備・強化や、旅行商品の造成・普及のための取組を支援している。2020年にオフィス・フチを立ち上げ、ユニバーサルツーリズムアドバイザーとして日本全国を飛び回る渕山知弘氏に話を訊いた。</p>
<p><strong>二宮清純：</strong>　すべての人が楽しめるように、誰もが気兼ねなく参加できる旅行の企画をつくることを「ユニバーサルツーリズム」と呼びます。この言葉が日本で使われるようになったのは、いつからでしょう？</p>
<p><img alt="写真：渕山知弘" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251113_2.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>渕山知弘:</strong>　ユニバーサルツーリズムとは、観光庁が提唱をしているものです。同庁のサイト内でユニバーサルツーリズム促進という事業の記録が残っているのは、2011年からだと言われています。ただ、現状はユニバーサルツーリズムに関わっている観光事業者、全国のバリアフリー観光相談窓口の方と、自治体が多少知っている程度で、誰もが知っているとは言い難いですね。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　海外ではどうでしょう？</p>
<p><strong>渕山：</strong>　ユニバーサルデザインとツーリズムを合わせた日本の造語です。海外では「アクセシブルツーリズム」という呼び方をしています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　なるほど。ユニバーサルツーリズムは和製英語なんですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　そうなんです。日本のように国を挙げて取り組もうというよりは、欧米では普通に個人の権利として、障がいの有無にかかわらず旅をされている印象があります。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　欧米では特別なことをしているというよりは、旅をしたいと思ったら、気軽に行けるという感覚なんでしょうね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　おそらくそうだと思います。当然、障がい者向けの旅行会社は欧米にもあります。ただ日本では国や自治体がユニバーサルツーリズムを推進していかないと、旅行会社も障がいのある人に向けた企画制作・販売に動きが出にくかったのだと思います。</p>
<p><strong>【東京2020大会が契機】</strong></p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251113_3.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　2016年に施行された障害者差別解消法の影響も大きいのでしょうか？</p>
<p><strong>渕山：</strong>　障害者差別解消法ができたことで、観光業界においては、障がいの有無で差別をしないことや、合理的配慮をするための研修などが増えたと感じています。今、全国の自治体が取り組み始めているのは、2021年に行われた東京オリンピック・パラリンピックの開催も大きいと思います。あの頃、オリンピック・パラリンピックの都市ボランティアと大会ボランティアの研修や、いくつかの自治体がバリアフリー研修を採り入れて、実施していました。その流れは大きかったですね。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　ところで渕山さんが、ユニバーサルツーリズムに関わられたきっかけは何だったのでしょうか？</p>
<p><strong>渕山：</strong>　私は元々、近畿日本ツーリストという旅行会社に勤務する社員でした。たまたま先輩が担当していた「視覚障がい者四国お遍路ツアー」を引き継ぐことになり、何も知らないところからユニバーサルツーリズムの世界に入りました。最初は手探りで失敗ばかりでしたが、とても貴重な経験をさせてもらいました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　業務として関わっていくうちに、どんどんのめり込んでいったというわけですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　はい。このツアーの参加者の「一生に一度でいいから車を運転してみたい」というリクエストから「視覚障がい者夢の自動車運転ツアー」という企画も生まれました。これは、のちに人気企画となりました。それまでは「絶対にできない」と思っていた夢の実現のお手伝いをできたことは、ユニバーサルツーリズムに携わってきて良かったと、強く実感しました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　ツアーの動画を視聴させていただきましたが、参加者がとても楽しそうでした。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251113_4.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>渕山：</strong>　ありがとうございます。我々もいろいろな旅は組み立てながらも、あのプログラムは自発的なものではありませんでしたが、協力をしてくれる人が次々に繋がっていったことで、実現することができました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　2020年に当時務めていた旅行会社を辞めてフリーになられたそうですね。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　社内で異動があり、新しい部署ではユニバーサルツーリズムとは別のミッションを任されることになった。しかし、私はそれまで20年以上、このユニバーサルツーリズムに関わってきた自負があった。この積み上げたものを一旦、ゼロにしてしまうのはもったいない。それならば、全国で必要とされるところで活動しようと考えたのが、会社を辞めた理由です。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　それは大きな決断だったと思います。</p>
<p><strong>渕山：</strong>　ただ全国の自治体で、じわじわとユニバーサルツーリズムを推進する取り組みが増えてきていた頃でした。確信はないけど、無謀なチャレンジにはならないという自信もありました。その選択に今も後悔はありません。</p>
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（後編につづく）<br />
<br><br />
＜渕山知弘（ふちやま・ともひろ）プロフィール＞<br />
ユニバーサルツーリズムアドバイザー。1969年、広島県出身。1990年から近畿日本ツーリスト、クラブツーリズムに勤務し、1998年から2020年までバリアフリーツアー、ユニバーサルツーリズムに携わる。退社後はユニバーサルツーリズムアドバイザーとして、全国の自治体、企業、学校等で講演、セミナーなどを行っている。高知県観光特使、東京都観光産業アドバイザー、東京マラソンバリアフリーアドバイザーなども務める。趣味は110㏄のカブで全国を旅すること。好きなスポーツはサッカー。座右の銘は「夢をあきらめない・旅をあきらめない」。</p>
<p></p>
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<p><br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
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    </content>
</entry>
<entry>
    <title>後編　スポーツに救われた人生</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2025/10/7812.html" />
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    <published>2025-10-23T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-10-22T23:02:08Z</updated>
    <summary>～スポーツとの&quot;掛け算&quot;で広島を発信～(後編) 伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～スポーツとの"掛け算"で広島を発信～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：秦アンディ英之" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251023_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　アンディさんは、これまでいろいろなかたちでスポーツに関わられてきました。今回のスポーツアクティベーションひろしま（SAH）の代表に就かれたのは、元々地方創生に興味がおありだったのですね？</p>
<p><strong>秦アンディ英之：</strong>　そうですね。私は幼少期の６年間、アメリカのフィラデルフィアで暮らしました。その影響は大きかったと思います。アメリカの地域社会におけるスポーツの存在価値はすごく高いんです。スポーツを通じて育まれた地域を愛する気持ちは、住んでいる間はもちろん、そのまちを離れた後も強い。例えば、引っ越しや転勤した後も、かつて住んでいたまちのチームを応援する姿勢は変わらない。それほど人々を熱くし、地元愛の醸成にも繋がるスポーツの価値を知らないまま過ごしている人もまだたくさんいます。だからこそ、SAHを通じてスポーツの素晴らしさを世に伝えたい。</p>
<p><strong>二宮清純：</strong>　アンディさんは南米のベネズエラ生まれだとうかがいました。</p>
<p><strong>秦：</strong>　父親が商社マンだったので、日本と海外を行ったり来たりしました。３歳でベネズエラから日本に戻り、幼稚園卒園まで暮らしました。小学校６年間はフィラデルフィア。その期間は「日本人としてではなくアメリカ人として暮らしなさい」という父の教えがあったため、日本語に一切触れませんでした。中学校からまた日本に帰ってきて驚いたのは、アメリカで求められたことが、日本では正反対だったんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　具体的には？</p>
<p><strong>秦：</strong>　アメリカでは自己主張が大事で、日本ではそれを良しとしない文化がある。例えば、誰かに「何か必要なものある？」と聞かれた時、必要ないのに曖昧な答え方をすれば、「はっきりしないヤツだ」と認めてもらえないのがアメリカです。逆に日本で「いらない」とキッパリ答えると、「生意気だ」「こいつには遠慮がない」というふうにとらえられるんです。これは衝撃的でしたね。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251023_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　まさにカルチャーショックですね。</p>
<p><strong>秦：</strong>　中学から高校の途中まで約４年間かけて、日本に順応していきました。それで高校の途中からフィラデルフィアに戻ると面白いことが起きました。英語でコミュニケーションが取れるはずなのに、同級生たちに馴染めない。日本とは逆の現象です。アメリカでは自己主張が薄れたことで、小学校時代の私を知る人間からは「オマエ、変わったな」と言われてしまったんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　ある種、"日本仕様"になっていたわけですね。</p>
<p><strong>秦：</strong>　そうです。日本でもアメリカでも、そんな私を救ってくれたのは、常にスポーツでした。中学校の時はバスケットボールを通じて仲間ができた。高校では、アメリカンフットボールのプレーで認めてもらった。スポーツによって壁を乗り越え、スポーツを通じてコミュニケーションを図ることで人間関係の構築ができたのです。</p>
<p><strong>【愛情の掛け算】</strong></p>
<p><strong>二宮：</strong>　スポーツが共通言語だったわけですね。それにしても大学でまた日本に戻り、"ザ体育会"のアメフト部に入った。あえて厳しい環境に飛び込む姿勢は大学卒業後も変わりませんか？</p>
<p><strong>秦：</strong>　そうかもしれません。SAHで県内にある様々なスポーツ資源を活用し、地域を活性化していくことは、もちろん大変だとわかっています。例えば格闘技団ONE Championshipの日本法人代表になる時の選択もそうです。友人に相談したら、ほとんどの人間が「やめておけ」と言った。それでも、スポーツ界の発展に寄与できるんだったら、挑戦する意義があると思い、決断に迷いはありませんでした。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　SAHは25のスポーツ団体が加盟しています。女子野球やパラスポーツの団体があれば、広島カープ、サンフレッチェ広島というメジャースポーツの球団もある。それぞれ仕組みも運営も資金力も異なる団体にどう化学反応を起こしていくか。その挑戦を楽しみにしています。</p>
<p><strong>秦：</strong>　民間企業との掛け算だと考えています。日本には、企業がスポーツに投資するという発想がまだ薄い。創業者ありきだと創業者が退いた後、企業がスポーツから離れていく。利益だけを考えれば、景気が悪くなり、業績が落ちれば削減対象となる。企業と掛け算できる関係を築くことで、持続可能なチーム運営ができると思うんです。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251023_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>伊藤：</strong>　最後に今後に向けての目標を。</p>
<p><strong>秦：</strong>　地域社会にスポーツの良さを正しく伝えたい。ファン目線やチーム目線だけでなく、いろいろな立場からもスポーツの良さを引き出していきたい。スポーツを「する」だけではなく「見る」「支える」も含めて。スポーツに触れ合う環境をもっと増やしていきたい。スポーツをより身近なものにしていけば、地域社会の活性化に繋がる。また広島と海外のまちとの連携も考えています。そこは私の強みでもありますから。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　広島との掛け算ですね。</p>
<p><strong><strong>秦：</strong></strong>　その通りです。これまで海外交流は、日本では東京経由のものが多かった。これからはそれを飛び越し、海外との地方都市同士の掛け算をしていきたい。スポーツを介し、コミュニティを広げる。チーム愛、地域愛、企業愛。それぞれ愛情は掛け算できるはず。それは産業誘致や地域活性にも繋がります。そのきっかけづくりを我々がしていきたいと思っています。</p>
<p></p>
<p></p>
<p></p>
<p><br><br />
<img alt="写真：左から二宮・秦・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251023_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜秦アンディ英之（はた・あんでぃ・ひでゆき）プロフィール＞<br />
スポーツアクティベーションひろしま代表。1972年、ベネズエラ出身。1996年明治大学法学部卒業後、スポーツ専門の調査コンサルティング会社の日本法人代表取締役、アジア格闘技団体ONE チャンピオンシップの日本法人代表取締役、サッカーＪリーグ特任理事、バスケットボールB.LEAGUE三遠ネオフェニックス国際部門バイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーを務めた。今年２月からスポーツアクティベーションひろしまの代表に就いた。大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、東西学生オールスター戦の関東代表選手に選出された。大学卒業後、アメリカンフットボールの名門アサヒビールシルバースターに入団し、社会人選手権や日本一を決めるライスボウル（日本選手権）で優勝を経験した。</p>
<p></p>
<p><br><br />
<a href="https://sa-hiroshima.com/">スポーツアクティベーションひろしま</a></p>
<p>協力　広島県東京事務所<br />
<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>前編　超高齢社会へのメッセージ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2025/10/7811.html" />
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    <published>2025-10-09T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-10-08T23:23:15Z</updated>
    <summary>～スポーツとの&quot;掛け算&quot;で広島を発信～(前編) 　 　広島県版のスポーツコミッシ...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～スポーツとの"掛け算"で広島を発信～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：秦アンディ英之" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251009_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　広島県版のスポーツコミッション「スポーツアクティベーションひろしま」（SAH）は、県内にある様々なスポーツ資源を活用することで、地域活性化を目指している。今年２月にSAHの代表に就任した秦アンディ英之氏は、スポーツ調査会社、Ｊリーグ特任理事、格闘技団体ONE Championshipの日本法人代表、バスケットボールB.LEAGUEクラブのGMを歴任してきた。その秦氏が描くSAHの今後の展望とは――。</p>
<p><strong>二宮清純：</strong>　今回は広島県東京事務所にお邪魔しております。まずSAHの代表に就任した経緯をお聞かせください。</p>
<p><strong>秦アンディ英之：</strong>　私自身、これまでいろいろな立場でスポーツを携わってきました。ソニーでは、スポーツに協賛する側として活動を行ったり、日本や北アジアの国々におけるスポーツのスポンサーシップ効果測定のサービスを導入したり、アジアの格闘技団体ONE Championshipの代表として日本大会を開催したり、あとはバスケットボールB.LEAGUEの三遠ネオフェニックスGMも務めてきました。SAHの代表としてのミッションは、広島がたくさんのクラブと協力し、スポーツの価値を活かしながら地域活性化を図ること。それに挑戦できることは魅力的でしたし、私自身の経験値を生かせるとも思い、代表就任のお話を引き受けました。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　SAHには、日本初の障がい者サッカークラブとして2013年に設立したアフィーレ広島が加入しています。自治体のスポーツコミッションにパラスポーツチームや団体が加盟しているのは珍しいことです。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251009_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　広島県は元々パラスポーツが盛んだったのでしょうか？</p>
<p><strong>秦：</strong>　パラスポーツに対する行政の支援を含め、下地があります。パラスポーツに対し、理解のある県であり、地域としてもすごく熱心に取り組んでいます。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　就任して間もないですが、現状の課題は？</p>
<p><strong>秦：</strong>　一番は認知拡大ですね。まだまだSAHの存在は全国に知られていないので、広島の素晴らしさ、広島にあるスポーツチームの魅力をより多くの人に知っていただきたい。SAH内のスポーツチームを応援していくことも大事ですが、それぞれの競技における"展開していく力"にも期待しています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　その"展開していく力"とは？</p>
<p><strong>秦：</strong>　例えば、高齢者にウォーキングサッカー（ウォーキングフットボール）を経験していただくと、全体を見渡すプレーをすることで視野が広がったり、体を動かすことで健康促進に繋がる。パラスポーツ推進には、障がいのある人がスポーツを楽しむ場を増やすという測面だけでなく、超高齢社会に向けた大事なメッセージも含んでいると思っています。</p>
<p><strong>【日本と世界を繋ぐ架け橋に】</strong></p>
<p><img alt="写真：秦アンディ英之" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251009_3.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　今、お話しに出たウォーキングサッカーはその名の通り歩いて行うサッカーです。発祥はイギリス。運動予防医療として注目され、日本でも徐々に盛んになってきていますね。</p>
<p><strong>秦：</strong>　ウォーキングサッカーを通じ、人が集まることによってコミュニティ形成にも繋がります。障がいの有無はもちろんですが、年齢も関係なく楽しめるスポーツです。いろいろな世代を超えた交流にも繋がると感じています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　おっしゃるように障がいのある人だけに向けたスポーツというよりも、誰もが楽しめるという点が重要です。</p>
<p><strong>秦：</strong>　そうですね。その視点は重要です。例えばパラアスリートをスーパーヒューマン（超人）と呼ぶことがありますが、これはパフォーマンスのすごさのみならず、逆境に立ち向かう精神力の強さを称えてのものです。パラスポーツは多様性への理解、共生社会実現に寄与する力もあると思っています。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/251009_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　また広島は平和都市として、世界的にも知名度が高い。その広島から発信するというのは、非常に意義のあることですよね。</p>
<p><strong>秦：</strong>　そう思います。広島のまちやSAHの活動を知ってもらう手段として、スポーツが世界と日本を繋ぐ架け橋となる。広島ではプロ野球のカープ、サッカーのサンフレッチェをはじめとする、トップスポーツチームが活動しています。私は幼少期、アメリカで過ごしましたが、広島には世界に誇れる価値が眠っていると信じています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　その魅力を、SAHの活動を通じて発信していくのですね。</p>
<p><strong>秦：　</strong>おっしゃる通りです。広島は地域社会でスポーツが成り立ち、スポーツ熱は高い。ここで、スポーツを様々な業種と掛け算することで、さらなる活性化を図れると考えています。SAHとしても、その可能性を広げ、広島からたくさんのわくわくを、日本中に提供できる取り組みを進めていきたいと考えています。</p>
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<p></p>
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（後編につづく）<br />
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＜秦アンディ英之（はた・あんでぃ・ひでゆき）プロフィール＞<br />
スポーツアクティベーションひろしま代表。1972年、ベネズエラ出身。1996年明治大学法学部卒業後、スポーツ専門の調査コンサルティング会社の日本法人代表取締役、アジア格闘技団体ONE チャンピオンシップの日本法人代表取締役、サッカーＪリーグ特任理事、バスケットボールB.LEAGUE三遠ネオフェニックス国際部門バイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーを務めた。今年２月からスポーツアクティベーションひろしまの代表に就いた。大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、東西学生オールスター戦の関東代表選手に選出された。大学卒業後、アメリカンフットボールの名門アサヒビールシルバースターに入団し、社会人選手権や日本一を決めるライスボウル（日本選手権）で優勝を経験した。</p>
<p></p>
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<a href="https://sa-hiroshima.com/">スポーツアクティベーションひろしま</a></p>
<p>協力　広島県東京事務所<br />
<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>後編　様々な障害を知る機会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://www.challengers.tv/seijun/2025/09/7809.html" />
    <id>tag:www.challengers.tv,2025:/seijun//20.7809</id>
    <published>2025-09-25T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-09-25T01:18:18Z</updated>
    <summary>～&quot;いつでも、どこでも&quot;スポーツできる環境を～(後編) 二宮清純：　東京都障害者...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～"いつでも、どこでも"スポーツできる環境を～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：延與桂" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250925_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮清純：</strong>　東京都障害者スポーツ協会は、毎年、各都道府県で開催される全国障害者スポーツ大会に東京都選手団を編成し、派遣する事業を行っています。</p>
<p><strong>延與桂：</strong>　私が当協会の会長に就任してから、毎年楽しみなのが全障スポ（全国障害者スポーツ大会）です。スポーツに限らずあれだけ多くの障害のある人が集まるイベントはなかなかありません。東京都は毎回、選手200人、コーチやスタッフを含める300人ほどの選手団となります。2024年パリパラリンピックの日本選手団が計330人ですから、それに迫る人数です。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　それだけたくさんの障害のある人が集まる大会となっているわけですね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　おっしゃる通りです。200人の選手の障害は様々で年齢層も幅広い。このチームをひとつにまとめるのは正直大変ですが、大会が進んでいくと本当にいいチームになっていくんです。実は異なる障害のある人たちが交流する機会は少ないんです。最初はぎこちなくても、気が付くと選手同士が支え合ったり、励まし合ったりしている。チームがひとつになる瞬間に立ち会えるのがうれしいんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　障スポに関しては、直前に行われる国民スポーツ大会（国スポ）とともに、開催地への負担が大きく、開催方法などが議論されています。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250925_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>延與：</strong>　各都道府県の代表としてスポーツをする機会は滅多にあることではありません。国スポ＆障スポというイベントがないと、各自治体もスポーツに力を入れられないという側面もある。少なくとも障害者スポーツにおいては、この年に１度のお祭りが貴重な機会となっている。今のやり方がベストかどうかは議論が必要かもしれませんが、各都道府県で障害者スポーツの大きなイベントが開かれることで、まちのバリアフリー化が進んだり、その地域の障害のある人がスポーツに取り組む機会に繋がります。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックによって、ソフト面、ハード面ともに改善が進みました。</p>
<p><strong>延與：</strong>　パラスポーツに対する協賛企業が減少することも危惧されていました。ただ東京都に関して言えば、普及・啓発などの予算はむしろ増えているそうです。支援事業は夏季パラリンピック競技だけだったのが、冬やデフスポーツにも対象を広げていただいている。しかも、選手だけではなく、指導者に対する支援も行っているんです。そのひとつが「東京パラスポーツスタッフ」公認証の授与です。都に認定されることでパラスポーツスタッフは、遠征のために普段の仕事を休みやすくなります。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　選手やスタッフから「仕事を休みにくい」という話を聞いたことがあります。「〇〇大会出場のために休みます」と上司に伝えると、「またかよ」と。そういう認定証があるだけでも心の持ちようは変わってくるでしょうね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　いわば、都知事のお墨付きですからね。少しでも競技のサポートになっていればうれしいです。また今年からは認定したパラスポーツスタッフの遠征費用も助成しています。</p>
<p><strong>【デフリンピックへの期待】</strong></p>
<p><strong>二宮：</strong>　さて、今年11月には東京でデフリンピックが開催されます。</p>
<p><strong>延與：</strong>　我々、東京都障害者スポーツ協会が直接運営に関わっているわけではありませんが、機運が高まっているのは実感します。私自身、いろいろな大学や企業の団体から「デフリンピックについて話してください」というオファーをいただくことがあります。私はたまたまオリンピック・パラリンピックの仕事に就くことで、障害者スポーツの世界を知ることができた。そのおかげで、人生観が変わりました。障害者スポーツを１人でも多くの方に知ってほしいなと思って、お話させていただいています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　デフリンピックが開催されることで、デフスポーツならびに聴覚に障害のある人のことを知ってもらう機会にもなりますね。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250925_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>延與：</strong>　聴覚障害は傍から見ていて、「見えない障害」と言われるように、周りに気づかれづらいものです。たとえば、まちで声をかけられても気がつかないから、相手に「無視するな」と怒鳴られるケースもあると聞きます。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　我々も年齢を重ねるうちに、耳が遠くなっていくことだってある。未来への投資という意味では、公教育で手話を教えてもいいのでは......。</p>
<p><strong>延與：</strong>　賛成です。私は手話で簡単な会話しかできませんが、手話って、言葉の通じない外国人とのコミュニケーションに似ているところがあると思うんです。いかに相手にイメージを届けるかが大事。たとえ手話ができなくても、マイムでもいいんです。手話っぽい動きを混ぜるだけでも理解しやすくなる。何より聞こえない、聞こえにくい人がいるという思いに至れば、コミュニケーションの壁なんて超える手段はいろいろあると思うんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　耳に限らず、目や足だって衰えてくる。全盲で、パラリンピック水泳の金メダリスト河合純一さんに「僕たち障害者を"人生の先輩"だと思ってもらってもいい」と言われたことがありますが、本当にその通りだと思いますね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　そうなんですよ。私は今、障害者スポーツの仕事をしていますが、障害のある人たちのためにやっている感覚は、ほぼありません。誰もが人生を楽しめる社会になったら、自分が年老いていったとしても楽しいと思える社会になるはず。そのために東京都障害者スポーツ協会としても、障害者スポーツの素晴らしさ、障害のある人のことをたくさんの人に伝えていきたいと思っています。</p>
<p></p>
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<img alt="写真：左から二宮・延與・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250925_4.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜延與桂（えんよ・かつら）プロフィール＞<br />
東京都障害者スポーツ協会会長。1961年、東京都出身。1984年、東京大学教育学部卒業、同年４月に入都し、衛生局に配属。生活文化局女性青少年部副参事、知事本局参事、港湾局参事など経て、2012年４月よりスポーツ振興局競技計画担当部長に就任。オリンピック・パラリンピックの招致活動に携わる。2014年１月にはオリンピック・パラリンピック準備局大会準備部長に就き、2017年１月に同局の理事としてパラリンピック準備調整担当を務める。2018年４月から次長に就任。パラリンピック準備調整担当と大会運営調整担当を兼務した。2021年10月にオリンピック・パラリンピック準備局長を務め、2022年３月に退職。同年６月から東京都障害者スポーツ協会会長に就いた。</p>
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<p><br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>前編　東京大会のレガシー</title>
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    <published>2025-09-11T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-09-10T23:04:25Z</updated>
    <summary>～&quot;いつでも、どこでも&quot;スポーツできる環境を～(前編) 　 　公益社団法人東京都...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～"いつでも、どこでも"スポーツできる環境を～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：延與桂" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250911_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　公益社団法人東京都障害者スポーツ協会は、＜障害のある人の生涯スポーツの実現＞に向け、様々な事業を通してパラスポーツを支援している。2022年６月から会長を務める延與桂氏に協会の取り組みについて訊いた。</p>
<p><strong>二宮清純：</strong>　以前、このコーナーに登場していただいたのは2018年11月。当時は東京都オリンピック・パラリンピック準備局次長として、2020年に開催予定だった東京大会の準備に奔走されていました。</p>
<p><strong>延與桂：</strong>　あれから約７年ですか。１年延期、無観客など本当にいろいろなことがありました。当時を振り返ると、ジェットコースターのような日々でした。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　３年前から東京都障害者スポーツ協会会長として、パラスポーツ振興に尽力されています。</p>
<p><strong>延與：</strong>　ご縁があって前任の白石弥生子会長から引き継ぎました。東京パラリンピックを通じてパラスポーツの素晴らしさを感じていたので、これからも関われることになり、とてもうれしかった。実際に仕事をしてみて、草の根のスポーツの現場で、障害のある人たちがいろいろなレベルのスポーツに挑戦している姿を見てきました。改めてスポーツの力を実感し、ますますのめり込んでいます。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250911_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　2021年に開催した東京オリンピック・パラリンピックを契機に、ハード面もだいぶ整備されてきましたね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　おっしゃる通りですね。多くの駅にホームドアが設置されました。視覚障がいのある人の転落リスクが軽減したのは、とても良かったと思います。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　酔っ払いの転落事故も減ったと聞きました。</p>
<p><strong>延與：</strong>　そうですね。ハード面に関して言えば、東京大会の時に国がアクセシビリティガイドラインを作成し、競技施設の基準を設けました。競技施設に競技用の車いすが、すれ違って方向転換できるほどのスペースを確保することや、エレベーターもたくさんつくらなければならなかった。この基準をそのまま一般の施設に適用するのは、ややハードルが高かった。ところが数年前、大阪・関西万博がアクセシビリティの計画を出した時、"東京大会の水準を下回っている"と批判され、計画をつくり直すことになったそうなんです。私は東京大会開催が、国内の施設に求められる水準を引き上げたものと思っています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　今後の国際的イベント開催時にも、このバリアフリー基準がベースになるでしょうね。これから先、高齢化は進んでいくでしょうし、インバウンドも増えるわけですからね。施設の設備が整うことで、利益を享受するのは障害のある人だけではありません。</p>
<p><strong>延與：</strong>　おっしゃる通りです。現在開催中の大阪万博に、私は母を車いすに乗せて行ったのですが、エレベーターがあったことで移動がスムーズになった。これは車いす利用者のみならず、ベビーカーを利用している親子連れの方にも役立っていた。大きな荷物を持っているインバウンドの方々も助かるでしょうね。</p>
<p><strong>【"成仏"した嫉妬心】</strong></p>
<p><img alt="写真：延與桂ボランティア活動の様子" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250911_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>伊藤：</strong>　ところで延與さんは2024年夏に行われたパリパラリンピックの大会ボランティアに参加されたそうですね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　はい。2012年のロンドン大会でボランティアの方々がとても楽しそうに参加していたのを見て、私もボランティアとして参加してみたいと思っていたんです。それでパリ大会に応募し、車いすバスケットボールの会場でプレス対応を担当することができました。今回、日本からパリ大会のボランティアに、私が知っているだけで80人ぐらいが参加しました。その多くが東京大会でボランティアを経験した人たち。中には、この秋に東京で開催するデフリンピック、来年の名古屋でのアジアパラ競技大会にもボランティア参加を希望している人がたくさんいます。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　ボランティア文化が少しずつ根付いてきている証拠でしょうね。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　６年前にインタビューさせていただいた時、大会ボランティアが、どれだけ集まるかわからない状況で、短時間で自分のペースで参加できるボランティアの"ちょいボラ"を推奨していました。それを考えると、現在の状況は隔世の感がありますね。</p>
<p><strong>延與：</strong>　これが東京大会のレガシーでしょうね。ボランティアを経験した人の中には、パラスポーツに夢中になり、障害者スポーツ指導員や審判員の資格を取った人もいます。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　実際、パリ大会でボランティアを経験してみて、いかがでしたか？</p>
<p><strong>延與：</strong>　雰囲気が素晴らしかった。また大会における日本選手団の活躍のおかげで、日本から来た我々もとても盛り上がりました。実はパリ大会の盛り上がりに対し、東京大会の関係者には嫉妬心があったと思うんです。新型コロナウィルス感染拡大を防止するため、無観客開催という厳戒態勢での実施となった。だから、有観客で盛大に開催されたパリ大会を見ると、"自分たちだってもっと盛り上がれたはずなのに......"と悔しい思いを余儀なくされた。でも、そんな気持ちはパラリンピックの素晴らしさやパリ大会に関わる人たちの笑顔、日本選手団の活躍を見ているうちに、スーッと浄化されていきました。"本当に東京大会を頑張ってやり遂げて良かった"と思えたんです。私のような思いを抱えていた人はたくさんいて、パリ大会でスッキリして帰ってくることを"成仏"と呼んでいます。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250911_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　なるほど"成仏"ですか。</p>
<p><strong>延與：</strong>　パリ大会で活躍した選手の中には、東京大会をきっかけに競技を始めた人や競技環境が改善されて成績を上げた人がいました。東京大会で蒔かれた種が、パリ大会で花開いた。また東京大会開催はトップアスリートだけでなく、一般の障害のある人にも大きな影響を与えたと思います。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　具体的には？</p>
<p><strong>延與：</strong>　スポーツ実施率が向上したことです。東京都は50％を目標にしています。これは重度の方から軽度の方まで様々な障害を含めた上での数字です。東京大会前は30％台でした。私は"50％到達は簡単ではない"と思っていたんですが、2024年に都が実施した調査で46.3％にアップした。今年１月に発表された調査では46.6％。最近は都内のスポーツイベントで、パラスポーツが組み込まれることも珍しくなくなってきました。もちろんトップアスリートの活躍も素晴らしいことですが、障害者スポーツの裾野が広がったことが私は大事だと思っています。東京都障害者スポーツ協会としても、このいい流れを切らさないようにしたいと考えています。</p>
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（後編につづく）<br />
<br><br />
＜延與桂（えんよ・かつら）プロフィール＞<br />
東京都障害者スポーツ協会会長。1961年、東京都出身。1984年、東京大学教育学部卒業、同年４月に入都し、衛生局に配属。生活文化局女性青少年部副参事、知事本局参事、港湾局参事など経て、2012年４月よりスポーツ振興局競技計画担当部長に就任。オリンピック・パラリンピックの招致活動に携わる。2014年１月にはオリンピック・パラリンピック準備局大会準備部長に就き、2017年１月に同局の理事としてパラリンピック準備調整担当を務める。2018年４月から次長に就任。パラリンピック準備調整担当と大会運営調整担当を兼務した。2021年10月にオリンピック・パラリンピック準備局長を務め、2022年３月に退職。同年６月から東京都障害者スポーツ協会会長に就いた。</p>
<p></p>
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<br><br />
（構成・杉浦泰介）<br />
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    </content>
</entry>
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    <title>後編　「物差しを壊してください」</title>
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    <published>2025-08-28T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-08-27T23:20:47Z</updated>
    <summary>～インクルーシブなクラブへの歩み～(後編) 二宮清純：　現在は日野市ほか多摩市、...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～インクルーシブなクラブへの歩み～(後編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：中村一昭" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250828_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　現在は日野市ほか多摩市、立川市、稲城市、渋谷区、北区、文京区、足立区の都内８市区で障がい者スポーツ体験教室を通年開催されていますが、そのほかにはどのような活動を？</p>
<p><strong>中村一昭：</strong>　我々は障がい者スポーツ体験教室のほか、「パラスポーツ出前教室」というプログラムと、特別支援学校における体育の授業を行っております。これらの活動を含め、まちづくりに繋がると考えています。障がいのある方のスポーツの場を増やすこと。そして健常者に対し、障がいへの理解を深めていただくこと。この両輪を回すことで、誰もが住みやすいまちづくりに貢献したい。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　東京ヴェルディでの10年間で、蓄積してきた独自のノウハウ、プログラムがあるわけですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　そうですね。基本的なプロセスはイチから私がつくっています。あとはパラアスリートにも話を聞きながら、いろいろなアドバイスをいただいています。どのアスリートに聞いても、一番伝えてほしいのは「障がいがあっても、可哀想って思わないでもらいたい」ということ。障がい当事者やパラアスリートと一緒に学校に伺うと、子どもたちから「可哀想」という言葉が出てくるんです。我々はイベントなどで、締め括りにこう言います。「障がいがあっても人生豊かに暮らせるし、障がいがあってもスポーツを楽しめるんだ」。このことは必ず伝えるようにしています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　都立の特別支援学校とはスポーツ指導のほか、イベントでも連携を図っているそうですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　2021年には東京都立多摩桜の丘学園と、株式会社エムールとの共同で、東京ヴェルディの本拠地・味の素スタジアムに「Green Heart Room」を設置しました。障がいのある方と、そのご家族にＪリーグ観戦を楽しんでもらえるための部屋です。障がいや病気に合わせ、部屋の仕様をカスタマイズしています。その他にも東京ヴェルディのホームゲームにおいて、スポーツ体験、接客などの就労体験、試合観戦を楽しんでいただく機会を提供しています。</p>
<p><img alt="写真：味の素スタジアムでのイベントの様子" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250828_2.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　特別支援学校の多摩桜の丘学園とは授業や部活動でも連携を？</p>
<p><strong>中村：</strong>　もちろんです。同校とは、当時校長だった帝京平成大学教授の山本優先生が、我々の活動を知り、「ぜひ来てください」と声をかけていただいたことからスタートしました。その時に山本さんに言われた「物差しを壊してください」が、今でも強く印象に残っています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　どういう意味でしょう？</p>
<p><strong>中村：</strong>　まず私が山本先生に対し、「我々は、障がいのプロではありません。障がいのある方たちがスポーツを楽しむことができるかを考えてきた集団です」という話をしました。すると「それでもいい。もう好きなようにやって構いません。"障がいのプロ"が特別支援学校の先生だとしたら、その人たちの物差しを壊してください」と言われたんです。「なぜなら、障がいのプロは、"この障がいだとこれはできない、あれはできない"ということを知っている。しかし、その物差しが時に間違っていることもあるからです。なので、その物差しを壊してください。リスクマネジメントに関しては学校側で講じます」とも。</p>
<p><strong>【全国に「する」「みる」環境を】</strong></p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250828_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　いわゆるアンコンシャス・バイアスというものですね、最初からこれだからできないだろう、と決めつけてしまう。</p>
<p><strong>中村：</strong>　おっしゃる通りです。「先生方が危険だなと思ったものは止めますが、それ以外は、基本的にコーチたちが子どもたちの可能性が伸びるような取り組みをやっていただきたい」と言っていただきました。先生方とコミュニケーションを取りながら、授業のメニューを組み立てていきました。我々としても、先生方とコミュニケーションを密に取っていく中で勉強になったことがたくさんあります。特別支援学校の先生方は、普段から生徒たちと接しており、その子たちの障がいの特徴などを理解している。どんなふうに関わっていけば、子どもたちがうまくスポーツをできるか、どんなふうに声をかけたらいいかなとか、アプローチの仕方をすごく学べました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　障がい者スポーツ体験教室や授業において、親御さんが一番懸念されることは安全面だと思います。ドクターやトレーナーが帯同するなど対策は講じられているのでしょうか？</p>
<p><strong>中村：</strong>　まず、我々のリスクマネジメントとしては、その当事者の皆さんの背景、現状をわかっている方がいることです。先ほども申し上げましたが、私は障がい者スポーツ専門コーチという肩書きではあまりますが、あくまで障がい者スポーツを指導するプロに過ぎないからです。障がい者スポーツ体験教室に福祉作業所の利用者が参加した場合、普段利用者の方々を見ている方々にも参加していただきます。その福祉作業所の人たちは、利用者さんをサポートするプロ。普段の様子を見ていて、それぞれの状況をわかっている。その中でスポーツを楽しみ、何かあった場合には、福祉作業所の方々に対応していただきます。福祉作業所単位ではなく個人単位の参加が多いイベントの場合は、会場に看護師を派遣しています。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250828_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>二宮：</strong>　元々、Ｊリーグは「地域密着」を掲げてスタートしたプロリーグです。中村さんたちの活動について、他のクラブとのヨコの連携として、連絡会議など情報交換は行っているのでしょうか？</p>
<p><strong>中村：</strong>　実際に全クラブが集まって会議するということはありません。ただ各クラブに地域貢献を進めるセクションがあるので、ネットワークはあります。実際に我々の活動を他クラブの方に見に来ていただいたこともあります。障がい者スポーツの活動にも力を入れたいと思っていても、どう一歩を踏み出したらいいのかわからないクラブもあると聞きます。その意味でも我々がどんどん情報発信をしていくことで、この輪を広げていきたいと思っています。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　最終的にはJ1、J2、J3の全クラブに広がっていけばいいですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　そうですね。Ｊリーグの全60クラブが、障がい者スポーツの環境づくりに繋がることをやっていただけたら、障がいのある方たちがスポーツをできる場が全国に生まれる。その輪がさらに広がっていけば、それこそどこに住んでいても、スポーツを「する」「みる」環境があることに繋がる。それは自分が生きている間に、必ず達成したい目標です。</p>
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<img alt="写真：左から二宮・中村・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250828_5.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
<br><br />
（おわり）<br />
<br><br />
＜中村一昭（なかむら・かずあき）プロフィール＞<br />
東京ヴェルディ障がい者スポーツ専門コーチ。1980年7月12日、東京都出身。小学1年でサッカーを始める。大学中退後に指導者に転身。ジェフユナイテッド市原（当時）でサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせたのち、同クラブの活動で障がい者スポーツに出会う。ヴァンフォーレ甲府、専修大学松戸高校サッカー部でも指導をしながら、障がい者スポーツに関わる活動も精力的に続けてきた。2014年、東京ヴェルディサッカースクールコーチに就任。翌2015年度から東京都日野市と東京ヴェルディの協働事業として障がい者スポーツ体験教室を開始し、SDGsヴェルレンジャー隊長を務めるなど、障がい者スポーツイベントや学校訪問型のパラスポーツ体験プログラム実施に力を注いだ。2024年から障がい者スポーツ専門コーチとして東京ヴェルディとの契約を更新した。</p>
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（構成・杉浦泰介）<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>前編　Ｊクラブ初の&quot;専門コーチ&quot;</title>
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    <published>2025-08-14T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-09-20T11:10:07Z</updated>
    <summary>～インクルーシブなクラブへの歩み～(前編) 　 　サッカーＪリーグ初代王者に輝い...</summary>
    <author>
        <name>staff1</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.challengers.tv/seijun/">
        <![CDATA[<p><big><big><strong>～インクルーシブなクラブへの歩み～(前編)</strong></big></big></p>
<p><img alt="写真：中村一昭" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250814_1.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" />　<br />
　サッカーＪリーグ初代王者に輝いた名門の東京ヴェルディは、サッカーを含む17競技のチームを運営する総合クラブでもある。また障がいのある人がスポーツに関わる機会の創出に力を注いでおり、その一環として普及コーチとして障がいのある人のスポーツ参加に尽力してきた中村一昭氏と2024年８月、Ｊクラブ初の「障がい者スポーツ専門コーチ」契約を結んだ。「世界一インクルーシブなクラブ」を目指す中村氏に話を訊いた。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250814_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　昨年８月に東京ヴェルディと、障がい者スポーツ専門コーチとして契約を結びました。</p>
<p><strong>中村一昭：</strong>　東京ヴェルディには2014年からサッカースクールのコーチとして入社しました。それ以前も障がい者スポーツに関わる活動をしてきましたが、昨年８月からは、こうやって取り上げていただく機会が増えました。サッカーコーチとしての肩書きが前面に立ってしまうと、障がいのある人たちを指導する際、保護者から「サッカーのコーチなんでしょ？」と不安がられます。ところが、今の肩書きになって以降、障がい者スポーツの体験会などを依頼いただく方々からは「安心感がある」と言っていただけるようになりました。</p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　障がい者スポーツに関わるきっかけは特別支援学校訪問だったのですね？</p>
<p><strong>中村：</strong>　そうですね。以前はＪリーグの別のクラブに勤めていました。「プロ選手を育てたい」という思いで、育成年代の指導を行っていました。その時にホームタウン内の特別支援学校に訪問し、障がいのある子どもたちとサッカー教室をする機会がありました。それがきっかけで障がい者スポーツに興味を持ったんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　その特別支援学校でのサッカー教室で気持ちの変化があったのでしょうか？</p>
<p><img alt="写真：体験会の様子" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250814_3.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>中村：</strong>　サッカー教室を終えた直後に、保護者の方から「一緒にサッカーをやってくれてありがとうございます」と感謝されました。私は「一緒にサッカーしただけですよ」と返しましたが、それが本心でした。そこで話をうかがい、障がいのある人たちがスポーツをする場が少ないということを知った。保護者からは「Ｊクラブが関わってくれるっていうのは、子どもたちにとっても目標になるし、スポーツをする場をどんどんどん広げてくれれば、私たちにとってすごくうれしいことです」ということも言っていただきました。そこで私の障がい者スポーツに関わっていく、という覚悟のスイッチが入ったんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　人生を変える出会いとなったんですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　おっしゃる通りです。そこから障がいについて、いろいろと調べ、学びました。知的障がいや精神障がいのある方々とサッカー教室を通じ、関わりを持たせていただきました。それは私が次のJクラブ、そして東京ヴェルディに移った後も続きました。スポーツを通して、みんなに元気になってもらいたいという思いで、ここまで活動してきました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　ヴェルディのホームタウンは東京都。クラブハウスは東京都稲城市にあります。障がい者スポーツの活動も稲城市から始まったのでしょうか？</p>
<p><strong>中村：</strong>　障がい者スポーツ体験教室をスタートさせたのは2015年ですが、実は東京都日野市が最初です。それまでは日本障がい者サッカー連盟とのつながりしかなかったのですが、東京ヴェルディのホームタウンのひとつである日野市から障がい者スポーツの体験会を開催したいとの要望があり、我々に話が回ってきたんです。</p>
<p><strong>【笑顔とコミュニケーション】<br />
</strong><br />
<img alt="写真：中村一昭" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250814_4.jpg" width="300" height="200" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>伊藤：</strong>　その頃は障がい者スポーツに取り組みたいんだけど、なにか起きたらどうしよう。わかる方に来てほしいという自治体が多かったと想像できます。</p>
<p><strong>中村：</strong>　そうだと思います。自治体や指定管理団体からはよく「リスク」という言葉が出てきました。「リスクはないのですか？」と。「でも、それは障がいあってもなくてもリスクはありますよね」と答えてきました。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　私たちSTANDもパラスポーツの体験会を開いてきましたので、リスクを気にされる方は確かに多いですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　我々が最初苦労したのは、人集めでした。自分たちのホームページだけで告知していれば、人が来ると高をくくっていたんです。ところが当日、全然人が集まらなかった。それで理由を障がいのある子どもを持つ保護者の方に聞いて回ったんですよ。「なぜ集まらないんですか？」と。すると「ヴェルディを信頼していないからでしょ」とキッパリ言われました。「障がいのある人の気持ちをわかっているの？」「障がいのある人の対応の仕方はわかっているの？」とも。それで我々は、福祉作業所に関わる活動をしたり、日野市内の保護者たちと交流を深め、関係値をつくっていきました。最初は１回の活動に５人ぐらいしか集まりませんでしたが、今は50人ほど来場するようになりました。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　体験教室ではサッカーを中心にして他の競技もやるということでしょうか？</p>
<p><strong>中村：</strong>　実はサッカーはほとんどやりません。各市区とも年に１、２回ですね。今年度、全44回体験教室を開催予定の足立区でも、そのうち３、４回程度なんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　東京ヴェルディだからサッカー中心だと思っていました。</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250814_5.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>中村：</strong>　そうなんです。いろいろな種類の障がいのある方が集まりますので、サッカーに限らず、野球にしろ、それっぽいゲームをする。参加者の障がいの程度や、種類に合わせたルールや競技方法にアレンジすることで誰もが楽しめるようにするんです。例えばボウリングであれば、ある人は手でボールを扱い、ある人は足でボールを扱う。目指すものは一緒でも、やり方が違う。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　それぞれできること、できないことがありますもんね。体験教室では「笑顔とコミュニケーション」がテーマだそうですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　はい。笑顔のところで言うと、活動中はほとんどギャグばかり言っています。私は自己紹介する時、自らをイケメンコーチと称し、まわりは「何を言ってんだろう」と笑われるところからスタートします。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　子どもたちの笑顔から、活動の輪が広がっていったわけですね。</p>
<p><strong>中村：</strong>　ありがたいことに我々の活動は、いろいろな地域に広がっていきました。今は日野市のほか多摩市、立川市、稲城市、渋谷区、北区、文京区、足立区の８市区で障がい者スポーツ体験教室を通年開催することができています。今、目指しているのは、東京中、どこに住んでいても障がいのある人たちがスポーツを楽しむことができる環境をつくること。そこをひとつのゴールとして頑張っています。</p>
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（後編につづく）<br />
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＜中村一昭（なかむら・かずあき）プロフィール＞<br />
東京ヴェルディ障がい者スポーツ専門コーチ。1980年7月12日、東京都出身。小学1年でサッカーを始める。大学中退後に指導者に転身。ジェフユナイテッド市原（当時）でサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせたのち、同クラブの活動で障がい者スポーツに出会う。ヴァンフォーレ甲府、専修大学松戸高校サッカー部でも指導をしながら、障がい者スポーツに関わる活動も精力的に続けてきた。2014年、東京ヴェルディサッカースクールコーチに就任。翌2015年度から東京都日野市と東京ヴェルディの協働事業として障がい者スポーツ体験教室を開始し、SDGsヴェルレンジャー隊長を務めるなど、障がい者スポーツイベントや学校訪問型のパラスポーツ体験プログラム実施に力を注いだ。2024年から障がい者スポーツ専門コーチとして東京ヴェルディとの契約を更新した。</p>
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（構成・杉浦泰介）<br />
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    <title>後編　社会課題解決にも有効</title>
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    <published>2025-07-31T04:30:00Z</published>
    <updated>2025-07-30T23:16:53Z</updated>
    <summary>～フェンシングを通じた体験価値の提供～(後編) 伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）...</summary>
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        <![CDATA[<p><big><big><strong>～フェンシングを通じた体験価値の提供～(後編)</strong></big></big></p>
<p><strong>伊藤数子（「挑戦者たち」編集長）：</strong>　天利さんは昨年４月にスマートフェンシング協会を立ち上げました。創設の理由は？</p>
<p><strong>天利哲也：</strong>　2019年にスマートフェンシングを創案し、大日本印刷株式会社（DNP）の事業としてスマートフェンシングの体験会を運営してきました。約５年が経過し、事業を拡大していく中、弊社だけでは手が回らなくなってきた。そこで社外の人に協力を仰ぎ、事業と活動をさらに広げていきたいと考え、協会を立ち上げました。社外の方の知見を集め、学校の授業やヘルスケア、フィットネスなど様々な用途へ展開していくことが狙いです。今後はスマートフェンシングのルールを策定し、公式大会の運営をしていくことも考えています。</p>
<p><img alt="写真：宇山賢" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250731_1.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮清純：</strong>　宇山さんは協会理事に就任しました。</p>
<p><strong>宇山賢：</strong>　引退後、体験会や学校での特別授業などで講師の依頼があり、その度にスマートフェンシングを活用していたことと、天利さんにアップデートの希望（演出、運営など）を伝えていたところ、元選手、また独自の視点からの知見を借りたいとお誘いいただきました。DNPという大手企業の事業に関わることができ、また協会の活動として公式に活動できることは、元アスリートのキャリアとしても有り難いことだなと感じました。</p>
<p><strong>天利：</strong>　宇山さんは東京五輪エペ団体の金メダリストです。やはり体験会に彼が来ると、その価値は数十倍にはね上がる。参加する人たちの目の色が全然違うんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　金メダリストと"手合わせ"できるとなれば、参加者からも喜ばれるでしょうね。</p>
<p><strong>宇山：</strong>　歓迎していただけるのは、ありがたいことです。私たちが大切にしているのは、体験する人たちに付加価値をどこまで届けられるか、です。例えば、スマートフェンシングを体験した際、その場で撮影した映像をリプレイで巻き戻し、親御さんや体験した本人が確認できるようにしています。そうすることで、自分の成功体験を可視化し、もう一段階、強く記憶に残してもらえるんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　成功体験がより深く刻み込まれるわけですね。</p>
<p><img alt="写真：二宮清純" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250731_2.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>天利：</strong>　もちろん成功だけではありません。参加した皆さんは一様に、びっくりされるんですが、自分で思っている動きと、実際にリプレイで確認した動きがあまりにも違っているんです。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　頭の中では、華麗な剣捌き、足捌きをしているつもりでも実際は違う、というケースが多いんでしょうね。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　他にはどのような取り組みを？</p>
<p><strong>天利：</strong>　体験会に４人家族など複数名でいらっしゃった場合、２対２のチーム戦を提案しています。これが非常に盛り上がるんです。また現役選手や元代表選手を体験会に呼ぶ時には、一般の方とのハンディキャップマッチを行います。従来のフェンシングに囚われない自由なかたちを提供することで、体験する人にもっと楽しんでもらえるのではないかと考えています。</p>
<p><strong>【参加体験の増加を】</strong></p>
<p><img alt="写真：天利哲也" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250731_3.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /><strong>二宮：</strong>　スマートフェンシングは、フェンシング競技の入り口として生まれたものですが、これはパラフェンシングに置き換えることもできますね。</p>
<p><strong>天利：</strong>　その通りです。パラフェンシングは車いすを固定した状態で行います、それは、かつて車いすフェンシングと呼ばれたものです。フェンシングと同じ剣や防具を使用し、ルールもフェンシングの競技規則に準じています。スマートフェンシングは、車いすに乗ったまま行うことができますし、固定したいすに座って対戦することも可能です。現在、私たちは、いすと車いすのどちらでも体験できるように進めています。他にも聴覚に障がいのある方、視覚に障がいのある方も参加できる体験会の開催も考えています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　超高齢社会を迎え、健康寿命との格差が生じている今、ヘルスケアとしてのスポーツの役割は小さくありません。</p>
<p><strong>宇山：</strong>　健康寿命の延伸のためには、下肢筋力を鍛えることが必要です。これは運動不足や筋力不足が指摘されている子どもたちにも言えること。下肢筋力を鍛えるための効果的な運動のひとつとしてスマートフェンシングをアピールできるのではないかと考えています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　フェンシングは全身運動ですが、基本は下半身が重要ということでしょうか？</p>
<p><strong>宇山：</strong>　そうですね。鋭いステップワークを生むのは強靭な足腰です。加えて攻防で大事なのは"間合い"をコントロールすること。剣は"間合い"を生み出すものでもあります。</p>
<p><strong>天利：</strong>　距離感とタイミングが大事ですね。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　昔の子どもは、キャッチボールや虫捕りなど遊びから距離感が培われていきました。しかし、近年はゲームやスマートフォンの普及などによって、屋外で遊ぶ子どもが減っています。</p>
<p><strong>宇山：</strong>　フェンシングでは間合いの調整能力、空間認識能力と言われるものが必要になります。先に仕掛けるか、相手の仕掛けに合わせて技を返すのか。相手の間合いや狙いを感じ取ることは、生きていく上でも必要なことですよね。いわゆる"察しの文化"が失われつつある今、スマートフェンシングには、その想像力が養われる効果もあります。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　さて協会としては今後、どのような活動を考えていますか？</p>
<p><strong>天利：</strong>　多くの企業・自治体等との協業を進め、公式大会や全国大会の開催、全国の各地域でのキャラバン開催などを推進していきたいと思っています。また体育の授業など、教育現場においてスマートフェンシングの導入を目指します。</p>
<p><strong>伊藤：</strong>　新たな用具の開発も？</p>
<p><img alt="写真：伊藤数子挑戦者たち編集長" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250731_4.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /><strong>天利：</strong>　そうですね。現在のスマートフェンシングはベスト型のメタルジャケットを着用していますが、これが不要になるタイプの剣を開発中です。新しい剣は静電容量の変化に反応するタッチセンサーの仕組みを応用しています。剣が人体に触れるとランプが点きますが、床を突いても反応はしない。ジャケットが不要になることで、よりスマートフェンシング体験が簡単にできます。体験会を運営しやすくなりますし、私たちの活動を、さらに広げられると考えています。</p>
<p><strong>二宮：</strong>　宇山さんは？</p>
<p><strong>宇山：</strong>　私はスマートフェンシングというツールに教育、スポーツ振興、ヘルスケア、福祉などメッセージを付与したパッケージを開発していきたいと考えています。また学術的なアプローチも大学などの教育機関と協力しながら進めてまいります。プレーヤーのみの視点ではなく、スポーツ基本法改正案にも明記されているスポーツを「する」「見る」「支える」「集まる」「繋がる」という役割を果たしつつ、フェンシングと多くの人々を繋ぐものとして価値を向上させていきたいと思っています。私が設立した株式会社Es.relier（エスリエール）という社名はフランス語でフェンシング（escrime）と人々を繋げる（relier）を合わせた造語。その点は弊社としても大切にしていきたいことと一致しているのです。</p>
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<img alt="写真：左から二宮・宇山・天利・伊藤" src="https://www.challengers.tv/seijun/images/250731_5.jpg" width="450" height="300" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /><br />
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（おわり）<br />
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＜天利哲也（あまり・てつや）プロフィール＞<br />
スマートフェンシング協会代表。1995年、東京都出身。2007年、大日本印刷株式会社入社し、2016年からスポーツビジネスに携わる。小学生から大学卒業まで競技者としてフェンシングを続けてきたことから、手軽に運営でき、誰でも安全に体験ができるスマートフェンシングを開発。様々なイベントに「身近ではないスポーツの体験」という新しいコンテンツを提供。2024年にスマートフェンシング協会を設立。また大学在学中に国際審判ライセンスを取得し、仕事と並行してフェンシングや車いすフェンシングの国際審判員として活動している。東京オリンピック・パラリンピックでは、フェンシングとパラフェンシングの両競技の審判員を務めた。競技発展に向けても公益社団法人日本フェンシング協会、一般社団法人日本パラフェンシング協会と連動しスマートフェンシングを活用している。<br />
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＜宇山賢（うやま・さとる）プロフィール＞<br />
スマートフェンシング協会理事。1991年、香川県出身。中学生の時に兄の影響でフェンシング競技を始める。大学３年時よりナショナルチームにて日本代表選手として活動。一度は競技を断念し大手家具メーカーに就職するも、オリンピックの開催地が東京に決定したことで競技の環境を整えることを決意。日本オリンピック委員会（JOC）が推進する企業とアスリートのマッチング制度「アスナビ」にて大手電機メーカーに入社し、競技中心ながらも宣伝部で体験型ショールームのPR業務を担当した。2021年に開催された東京オリンピックに日本代表として、男子エペ団体メンバー金メダル獲得に貢献。同年、現役選手を引退した。2022年に株式会社Es.relierを設立。フェンシングやスポーツの普及やキャリア等の課題解決に取り組んでいる。</p>
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（構成・杉浦泰介）<br />
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