二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第3回 障害者スポーツの法的根拠は?

~日本障害者スポーツの実相~(3/5)
障害者スポーツを含む「スポーツ基本法」制定を望む中森氏
二宮: 現在、障害者スポーツの法的根拠は「障害者基本計画」とされています。しかし、福祉とスポーツをひとくくりにするのにはやはり無理がある。

中森: 私が調べたところ、障害者スポーツも健常者同様に、基本的には1961年に制定された「スポーツ振興法」が根拠になっていると思います。それと、文部科学大臣告示として策定され、2006年9月に改定された「スポーツ振興基本計画」の中にも一部、障害者を含むと明記されています。

二宮: それではこれまでなぜ、「スポーツ振興法」には障害者スポーツは含まれていなかったのでしょう?

中森: スポーツ振興法が制定された当時の日本では、障害者がスポーツを行うことが考えられなかったようです。特に脊髄損傷患者に対する運動はドクターから禁止されていた時代です。ですから、スポーツ振興法に障害者がスポーツを行うという考えはなかったのでしょう。

二宮: 厚生省(現・厚生労働省)が障害者スポーツを管轄するようになったのはなぜですか?

中森: 第2次世界大戦後、英国ではストーク・マンデビル病院のルードウィッヒ・グットマン卿の提唱により、脊髄損傷患者のリハビリにスポーツを取り入れ始めました。これをきっかけに、48年から車椅子患者によるアーチェリー大会が開催され始めたのです。さらに52年には海外のオランダチームも参加することで国際競大会となり、国際ストーク・マンデビル競技大会に発展しました。
 その後、60年のローマオリンピックでは、初めてオリンピックと同じ国で国際ストーク・マンデビル競技大会が行われました。これがパラリンピックのはじまりです。そして4年後の東京大会でもオリンピックの後に同じ国でやろう、ということで社会福祉法人「太陽の家」の創設者・中村裕先生(故人)が仲介となって厚生省と話し合い、64年東京パラリンピック開催が実現されました。この大会をきっかけにドクターからも認知され、国内でも脊髄損傷患者がスポーツに取り組むようになりました。翌年の65年にはその組織委員会が発展的に解消し、厚生省の下に日本障害者スポーツ協会が置かれたというわけです。
 しかし、本来であれば、スポーツ振興法は日本国民すべてを対象としているわけですから、障害者スポーツも一般のスポーツと同じ所管にするべきだったと思いますね。ただ、時代的には一般スポーツを管轄する文部省(現・文部科学省)や日本体育協会がいきなり障害者を受け入れることは困難だったのでしょう。このようなわけで、同じスポーツにもかかわらず、一般スポーツと障害者スポーツは分かれて発展してきてしまったのです。

二宮: 分岐点は東京パラリンピックだったと。

中森: そうです。東京パラリンピックがよくも悪くも日本障害者スポーツの契機だったのだと思います。

目指すはスポーツ基本法の制定による一本化

二宮: それにしても、障害者スポーツを所管しているはずの厚労省に明確な法的根拠がないというのもおかしな話です。

中森: そうですね。障害者スポーツ協会が障害者スポーツを振興するにも、国として障害者スポーツをどうしたいのか、政策が見えてきません。普通は国として明確な意図があって、そしてその事業に補助金がつくという流れになるのですが、そこのところがはっきりしない。リハビリとしてのスポーツから競技スポーツへの発展期では、それはそれでよかったのかもしれませんが、オリンピック同様のエリートスポーツとして発展した現在、今までの方法では、対応できない状況が生まれてきています。
 ただ、昨年から各党の動きが活発になってきました。自民党や公明党だけではなく、民主党にもスポーツ議員連盟が設立され、スポーツ基本法の制定を目指している。あと数年後には実現するんじゃないかなと期待しているところです。

二宮: もちろん、スポーツ基本法の中には障害者スポーツも含まれると。

中森: はい。現時点ではそういう方向で進められています。

二宮: そうなると、日本オリンピック委員会(JOC)と日本パラリンピック委員会(JPC)も統合したほうがいい。

中森: そうですね。何年かかるかわかりませんが、JPCがJOCの中に含まれていくのが、最終的なゴールかなと思います。というのも、所管が違う今でも、障害者スポーツの大会を開催する場合、一般の競技団体に非常にお世話になっています。例えば、障害者の水泳大会を行うにしても、日体協傘下の日本水泳連盟の公認プールを使用し、競技運営全般をその競技役員にお願いしています。こうした現状を踏まえると、やはりJPCがJOCに含まれていく考え方が普通かなと思いますね。ただし、高齢者や障害者には、安全にスポーツに参加するために医学的な配慮や障害者特有のスポーツもあることで、障害者スポーツ協会を始めその関係者が持っている経験と知識を十分に生かすことが重要と考えます。

(第4回につづく)
明確な法的根拠がないことに疑問を呈する二宮清純


<中森邦男(なかもり・くにお)プロフィール>
1953年、大阪府出身。大学卒業後、大阪市長居障害者スポーツセンターに入職し、障害者スポーツ指導員として水泳を教えた。日本障害者水泳連盟の設立に尽力するなど、障害者スポーツの発展に奔走してきた。現在は日本障害者スポーツ協会の指導部・企画情報部部長および日本パラリンピック委員会事務局長を兼任。今年のバンクーバーパラリンピックでは日本選手団団長を務めた。

(構成・斎藤寿子)




二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

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