二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.01.14
前編 課題収集が趣味
~身近な課題解決からの社会変革~(前編)
パラアイスホッケー日本代表として3度のパラリンピックに出場し、2010年バンクーバー大会で銀メダル獲得に貢献した上原大祐氏は、NPO法人D-SHiPS32を設立、代表理事を務めている。2014年に立ち上げたD-SHiPS32では、障害のある子どもたちのサポートや、パラスポーツ推進、障害者向け商品開発など、様々な活動を行っている。共生社会実現に尽力する上原氏に話を訊いた。
※取材は1月5日にWEBインタビューで実施
二宮清純: 2020年は世界中がコロナ一色でした。国内でも様々な活動が制限される状況下でしたが、上原さん自身の活動は?
上原大祐: 4月に「カリスポ」、7月には「スナック都ろ美(とろみ)」など、いくつかのプロジェクトをスタートすることができました。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): まずは「カリスポ」についてお聞かせください。
上原: 「カリスポ」はパラスポーツ用品のレンタルサイトです。「スポーツ用車いすは高額で買えない」という声を聞いたことがきっかけで開設しました。例えばパラスポーツの体験会を開催する時に用具がないと、実施できる競技種目が限られてしまいます。その課題を解決するためにパラスポーツ用品の貸し出しを始めました。また子どもに競技用の車いすを買ったとしても、体が成長したら、その車いすは使えなくなってしまう。1、2年で使用できなくなる車いすのために数十万円をかけられないという方もいます。
二宮: 確かに子供の成長は早いですからね。親御さんからすれば、悩ましい問題です。
上原: そうなんですよ。そういう方たちのために、月額7000円で貸し出すサービスを行っています。子どもの成長に合わせて借りる車いすのサイズを変更すればいい。「カリスポ」は"パラスポーツを始めたいけど用具に困っている"人たちのためのサイトです。
二宮: 実際にスタートしてからの反響はいかがですか?
上原: おかげさまで個人に限らず、自治体や企業、スポーツ財団などから問い合わせ、依頼をいただいております。今はコロナ禍で思うようにスポーツイベントが実施できませんから、状況が落ち着き次第、どんどん仕掛けていきたいと思います。現在は我々が注文を受け、貸し出していますが、今後は車いすを必要としている方と「余っている車いすがあるので使いませんか」と考えている方たちを繋ぐコミュニティサイトにしていく予定です。
二宮: では「スナック都ろ美」とは、どういうプロジェクトなのでしょうか?
上原: 食事支援が必要な子どもを持つ親御さんたちのコミュニティです。それこそスナックのように人が集まり、悩みごとなどを気軽に吐き出す場をつくりたかったので、「スナック都ろ美」というネーミングになりました。「スナック都ろ美」は嚥下障害があり、とろみ食が必要な子どもを持つ親御さんのオアシスのような場所であり、困りごとをみんなで解決して前進できるような場所です。例えば、とろみ食が食べられる店の情報共有をしたり、課題解決のための意見交換の場になっています。
伊藤: 「スナック都ろ美」での活動は、飲み込みや咀嚼といった嚥下機能の低下がみられる高齢者の方にも応用できますね。
上原: そうなんです。現在は、とろみ食が必要な子どもを持つ親御さんに向けたものですが、いずれは高齢者の食事面でも何かできないかと考えています。さらに今後は医師などの専門家を呼び、よりアカデミックな取り組みとして「アカデミー都ろ美」をオープンしようと考えています。
伊藤: そもそも「スナック都ろ美」を始められたきっかけは?
上原: きっかけはD-SHiPS32のメンバーにとろみ食が必要なお子さんを持つ方がいたことです。我々はまず身近な課題を解決することで世の中を変えていきたい。社会全体の課題として向き合うよりも、自分や周りの人たちの"課題を解決しよう"と考える方が現実的で熱も入りやすいと思うんです。
伊藤: 「スナック都ろ美」「カリスポ」などネーミングが非常にユニークですね。
上原: ネーミングはパッと思いついた名前に決めています。私は話し合いを重ねて決めるというよりは、ひらめきを大事にした方が面白いものになると思っているんです。
【「下を向いて歩こう」】
伊藤: 身近な人のために考えたアイディアが、多くの人の課題解決に繋るなんて素晴らしい試みですね。その他、D-SHiPS32の活動としては、車いすに乗って街中をゴミ拾いするスポーツ「車いすスポGOMI」を実施されていますね。
上原: 「車いすスポGOMI」は、車いすの乗り方とサポートの仕方を楽しみながら体験できる機会をつくりたいと始めました。まず我々が参加者に1時間ほど車いすの操作法とサポートの仕方を教えます。その後、参加者が4人1組で街に出てゴミ拾いに向かうんです。各チームが街でゴミを拾うほか、バリアフリーである場所とそうでない場所を発見した数、車いすでこなすミッションをクリアした数を競い、その総合得点で順位を決めています。
二宮: スポーツとして楽しみながら学べるのがいいですね。始められたきっかけは?
上原: 私がロンドンオリンピックを観に行った時に体験したことがきっかけです。とある駅に降りた時、現地の方にこう声を掛けられました。「君はオリンピックの会場に向かうんだろう。そこへは右から行くと階段があるから車いすでは進めない。少し遠回りにはなるが、左から向かえばフラットな道だから、そちらから行きなさい」。そのアドバイスのおかげで私はスムーズに競技会場に辿り着くことができました。段差のある場所で車いすを介助することもサポートですが、街を知り、スロープやエレベーターの情報を伝えることもサポートになると改めて実感したんです。その経験から"街を綺麗にしながら、街を知ることができれば"という発想が生まれ、車いすスポGOMIを始めました。
二宮: なぜゴミ拾いなのでしょうか?
上原: ゴミ拾いのいいところは下を向くことで、普段は目につかなかった段差にも気付けるんです。上を向いて探険するのではなく、下を向いて街を知る。だから車いすとゴミ拾いを掛け算したプロジェクトにしました。
二宮: 坂本九さんの名曲に「上を向いて歩こう」がありますが、これからの時代は「下を向いて歩こう」ということですね(笑)。
上原: そうですね(笑)。少し視点を変えることで気付くことはたくさんあると思います。
伊藤: 上原さんのアイディア、行動力には驚かされます。次から次へとやりたいことが湧いてくるんですか?
上原: はい。それはなぜかというと、世の中には課題がたくさんあるからです。それらの課題を解決しようと考えると、アイディアがどんどん湧いてきます。ひとつ課題が解決すると社会が変わる。そんなところが楽しい。だから私は課題収集が趣味なんです。
(後編につづく)
<上原大祐(うえはら・だいすけ)>
NPO法人D-SHiPS32代表理事。1981年12月27日、長野県出身。生まれながらに二分脊椎という障害を持つ。19歳からパラアイスホッケーに本格的に取り組み、3度のパラリンピックに出場(2006年トリノ、2010年バンクーバー、2018年平昌)。バンクーバーパラリンピックでは準決勝で決勝ゴールを決めるなど銀メダル獲得に貢献した。2014年にはNPO法人D-SHiPS32を立ち上げ、障害のある子供のサポートや、パラスポーツがもっと身近になる日本づくり、障害者向け商品のアドバイザーなどの活動を行っている。2016年にはNEC東京オリンピックパラリンピック推進本部障害攻略エキスパートとして入社。現在まで自治体と連携しながらパラスポーツ推進地域モデル作りをしている。
(構成・杉浦泰介)