二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2018.09.13
前編 LCV事業はサスティナブルな社会への挑戦
~あらゆる人の移動をシームレスに繋ぐ社会へ~(前編)
清水建設株式会社は、LCVという事業に取り組んでいる。これは建物やインフラ、まちのライフサイクルに渡り、持続的な価値向上と利用者の満足度向上を実現する事業だ。その陣頭指揮を執る那須原和良常務執行役員に同社の取り組みを訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): まず御社が取り組まれているLCV事業について教えていただけますか?
那須原和良: LCVはライフサイクル・バリエーションの略です。これまでの建設業はどちらかと言えば建てて終わりというイメージがあったかと思います。でも実際にはビルのメンテナンスや管理もしています。弊社の創業者清水喜助は大工でした。昔のいわゆる"大工"は、家を建てた後でも勝手口から「調子はどうですか?」「建具に歪みは出ていませんか?」「雨漏りはないですか?」といったようにメンテナンスをしていました。今も私どもは建物が完成した後も、建物、そしてお客様と繋がっていくことを大事にしています。
LCV事業は、出来上がった建物の価値を、完成時よりも上げていくことが使命と考えています。設備やインフラは老朽化していきますが、逆に技術は進化していきます。そうした中で未来に向けていわゆるメンテナンスを超えた先進的な技術を提供することで、建物の価値を高めることができると考えているのです。
二宮清純: いわゆる原点回帰ということでしょうか?
那須原: そういった意味もあります。昨年10月に事業本部を立ち上げLCV事業を開始しました。
伊藤: メンテナンスというと維持管理や修復というイメージがあります。でも、価値を上げていくという御社の取り組みは、まさに完成した建物に命を吹き込むような感じですね。
那須原: いい表現ですね。ありがとうございます。建設業は価値を持った建物をつくることが仕事です。しかし、時間の経過とともに、建物の価値は下がってしまいます。そこに新たな命を吹き込むことで価値を上げていきたいと考えています。
【多様性のあるナビゲーション】
伊藤: 価値を上げるためのひとつとして、音声ナビゲーションシステムの開発に至ったのですね。
那須原: はい。建物が多様な人にとってどうあるべきか、から始まりました。その中で、視覚に障がいのある人の移動を誘導する代表的なものと言えば点字ブロックです。それとあわせて、今はほとんどの人が持っているスマートフォンのアプリを使って移動のお手伝いができないか。と考えました。それが、音声ナビゲーションシステムです。
※音声ナビゲーションシステムのしくみ
二宮: その特徴は?
那須原: スマートフォンのアプリを利用した、地図と音声による案内はこれまでにもありました。ただ今回開発したシステムは位置測定の精度を高めることにより、視覚障がいのある人、車椅子利用者などあらゆる人へのサービス提供が可能となっています。さらに大きな特徴は、屋内外のシームレスなナビゲーションです。建物内ではスロープ、エレベーター、エスカレーターなどを考慮した最適なルートを案内します。また店舗や施設の混雑の様子もリアルタイムで確認したうえでルートを設定します。
伊藤: やっと目的地に着いたと思ったら行列だったということもありますから、そこに向かう前に混雑状況が分かるのは大変ありがたいですね。さらには屋内、屋外を問わないシームレスな点が魅力なのかなと思います。
那須原: 現在、実証実験を重ねながらどんどんグレードアップしています。今後も、コンテンツを搭載して新しい価値観を持ったサービスをつくり上げていきたいです。
二宮: 時間が経っても、建物の価値をソフト面で向上させていくと。
那須原:はい。例えば音声ナビゲーションというソフトを導入することで、完成時より快適な建物になり、多様な人々が便利に利用することが実現できる。それがLCV事業の目指している、建物の持続的な価値向上のひとつなのです。
(後編につづく)
<那須原和良(なすはら・かずよし)>
千葉県生まれ。1981年早稲田大学大学院修了、同年清水建設入社。設備部、設計本部にて建築設備関連の施工や設計業務に従事した。2007年設計本部副本部長、2010年設備・BLC本部副本部長などを経て、2015年に執行役員就任。17年にスタートしたLCV事業の本部長を務める。現在、同社の常務執行役員。中学・高校時代にはバスケットボール部に所属。現在もゴールデンシニア(60歳以上)のアマチュアチームでプレーする。また地元の八千代市で20年以上、小学生にバスケットボールの指導をしている。
(構成・杉浦泰介)