二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2022.03.10
前編 「褒められる経験」が子どもを伸ばす
~カラダとココロを育む教室~(前編)
ネイス株式会社は<運動・教育・子育てを通して、新たな価値創造>を目指し、体操教室、運動器具製造、イベント開催など様々な事業を行っている。元体操競技日本代表選手で、同社の代表取締役を務める南友介氏に、事業への思いを訊いた。
二宮清純: 南さんは関西高校、日本体育大学と体操競技の名門校出身です。今回は「ネイス体操教室」のアリオ北砂校でインタビューを実施していますが、体操教室を開こうと思ったきっかけは?
南友介: 現役時代はアテネオリンピック団体金メダリストの冨田洋之、水鳥寿思とともに日の丸を背負い、海外の試合にも出場しました。しかし、私はケガもあり、大学卒業後は体操を辞め、彼らとは違う道を歩むことになったんです。「なぜ選手として挫折を経験した体操の教室を始めるの?」と聞かれることもありますが、それは私自身が幼少期、両親に褒められて自信を持つことができたからなんです。その時の自己肯定感が私の競技生活のモチベーションや、人生における心の支えになった。同じように体操を通じて子どもたちの心を豊かにし、笑顔で溢れる教室をつくりたいと思ったんです。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 体操教室に通う親御さんにも「褒めてくださいね」とおっしゃっているそうですね。
南: はい。子どもが自信をつけていくには、私だけの力ではなく親御さんのご協力も絶対に必要なんです。ただ我が子には、どうしても厳しくなってしまう親御さんもいらっしゃいますからね。だから私たちは「お子さんの話をいっぱい聞いて、たくさん褒めてあげください!」とお伝えしているんです。
伊藤: 体操は、例えば逆上がりができたなど、勉強よりも褒めるきっかけがつくりやすいですよね。
南: その通りです。私たちが例に挙げるのは、上手く漢字が書けた時に褒めるタイミングは難しいということ。一方で体操の良さは、できた・できないが自他ともに明確になるんです。また私たちの教室では、跳び箱も木製ではなく強化スポンジのものを使い、ぶつかっても痛くないようにしています。なぜかというと、恐怖心を少しでも取り除き、挑戦しやすい環境をつくりたいからです。跳び箱を跳ぼうとしなければ、成功はありません。成功しなければ褒めてあげることもできない。だから怖がらずにどんどん挑戦できる環境をつくり、少しでも多くの子どもたちの可能性を伸ばしていきたいんです。
伊藤: 跳び箱をはじめ、ネイス体操教室にある器具はカラフルできれいですね。
南: ありがとうございます! 私たちの体操教室は、このアリオ北砂校を含め、ショッピングセンター内にあるものが9割です。その理由は買い物に来た子ども連れのお客さんがパッと見て、カラフルな器具で楽しそうに跳ねていると、「僕もあれをやってみたい!」というリアクションがいただけるからです。また、その主体性は心が伸びるためには重要なことだと考えています。ショッピングセンター内に教室をつくる狙いはそこにあるんです。
【体操は脳を活性化】
二宮: 体操は子どもの運動系の習い事ランキングで水泳に次ぐ2位になるほど人気があるそうですね。私はオリンピックの体操で5個の金メダルを獲得した塚原光男さんに「体操は幼少期に習うには最適なスポーツ」だとうかがいました。他のスポーツに転向しても、体操で培ったバランス感覚などが役立つ。1988年ソウルオリンピックの陸上棒高跳び金メダリストのセルゲイ・ブブカさん(ウクライナ)は空中姿勢がきれいですが、体操選手としても有望で、その経験が空中姿勢に生きていたと言われています。
南: そういうケースは多いですし、それも幼少期に体操を習うメリットだと思っています。私たちの教室から体操選手が育っていって欲しいわけではありません。親御さんたちにも「オリンピック選手を育てるつもりはありません」とはっきり言っています。もし自社の進級テストをクリアし、「さらに高い競技レベルを目指したい」という生徒やその親御さんがいれば、もちろん応援しますよ。リクエストがあれば、私たちのネットワークで専門的に教えられるクラブを紹介しています。私たちは体操が上手くなることだけでなく、成功体験や褒められる経験を経て、勉強など他のことが頑張れるようになってほしい。それこそが私たちの教室の魅力だと思っています。
伊藤: 体操は脳の働きを活性化することにも繋がるそうですね。
南: そうなんです。残念ながら近年、公園内の遊具が減っていることで、子どもたちのぶら下がる機会は減ってしまっています。ぶら下がることは、「能動握力」といって、記憶を司る海馬にも影響し、語彙力が増えるという研究データも出ているんです。私たちの体操教室では鉄棒のほか、施設によってはボルダリングや雲梯などで、ぶら下がるという行為を思う存分、体験できるようにしています。
二宮: 最近はボールを投げる機会も減っていて、スポーツ庁が公表している「体力・運動能力調査」では、ソフトボール投げの平均飛距離が年々、落ちていっています。
南: ボール投げも非常に重要な動きです。「複数動作」と言われていて、下半身で踏ん張り、腕をしならせる。体が上手く使えないと、ボールを遠くには飛ばせません。長い目で見れば、運動能力の低下は健康寿命にも影響してくると言われていますから、子どもの運動機会の喪失は社会課題にもなっている。体を動かす機会を増やすことで、社会課題解決に尽力したいとも思っています!
(後編につづく)
<南友介(みなみ・ゆうすけ)>
ネイス株式会社代表取締役。1980年、大阪府出身。体操選手として全日本高校選抜選手権大会に出場、個人総合3位の成績を収めた。のちにアテネ五輪で金メダリストとなる冨田洋之や水鳥寿思らと共に日本代表選手として海外での試合にも多数出場。日本体育大学進学後、2000年の全日本選手権種目別平行棒で準優勝した。しかし在学中に大怪我を負い選手生活を断念する。現役引退後、会社員を経て29歳で体操教室の運営会社を起業。"すこやかなカラダ""しなやかなココロ" を育てることに重点を置いた「ネイス体操教室」を首都圏中心に49校開校し、子育て世代の保護者から多くの支持を得ている。著書に『子どもの才能は脳育体操で目覚めさせる!』がある。また日本バク転協会の顧問を務める。
ネイス体操教室HP
(構成・杉浦泰介)