二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2021.12.23
後編 指導の出発点は対話よりテスト
~型を持たないオーダーメイドの指導法~(後編)
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): パラ陸上の高桑早生選手や、ユニバーサルリレーの日本代表チームを指導していますが、パラスポーツを指導するきっかけは?
高野大樹: 何より私自身、陸上競技が好きだったからです。自分が選手として生きていくことは高校生の時に諦めましたが、指導者として関わっていくことを志し、教員になるために大学は教育学部に進みました。パラスポーツとは大学進学後に大会ボランティアなどを通じて関わるようになったんです。当時の私は、障がいのある人たちがスポーツをする世界を全く知らなかった。その時に"こんな世界があったのか。この世界は面白そうだ"と興味を持ったのがきっかけで、"もっと知ってみたい"と関わりを深めるようになったんです。
伊藤: 当時はパラスポーツの指導が、リハビリの域を出ていないと感じたそうですね。
高野: そうですね。指導者だけでなくパラリンピックを目指すアスリートが、必要な知識を持っていなかったことに衝撃を受けました。当時は"義足で走っているだけで素晴らしい"という見方をされることもあったように感じます。もちろん、そのことも素晴らしいとは思うのですが、選手の欲求はそれ以上を目指している場合もあるんです。パラスポーツで活躍する選手が競技力を向上させるために必要な知識や指導法。肝心なその部分が抜け落ちていながら、誰も触れようとしなかった。そこを変えたいという思いがありました。
二宮清純: 昔はパラスポーツをリハビリの一環と捉えることがほとんどで、厚労省の管轄でした。スポーツ庁ができてから、管轄も移って約6年。その意味では競技スポーツとしての歴史は、まだ浅いと言っていいかもしれません。高野さんがパラアスリートを指導する上で、特に気を付けていることはありますか?
高野: 何ができて、何ができないかを理解をしておくことが何よりも大切だと思います。そのために何が必要かというと、まずは障がいの特性を理解するための準備が一番重要です。下肢がない選手であれば、足の可動域がどこまであるのか。まひのある選手はどんな状態か、視覚障がいであれば視野はどこまであるのか。その事前情報を確認した上で、どのようなテストができるかを考える必要があります。
二宮: まずはテストですね。選手によっては障がいが進行しているケースもあります。
高野: 視覚障がいの選手に対してはスタジアムの照明、サーフェスの色にも気をつけなければいけません。サーフェスが青いと白い線が見えにくい選手もいますから。
二宮: 特性を知るためのテストにマニュアルのようなものはあるのでしょうか?
高野: もちろんあります。理学療法士の教科書を参考にすることもありますね。
【"間主観"のコミュニケーション】
二宮: 選手との距離感で言えば、踏み込むべきところとそうでないところの判断が難しいのではないでしょうか。
高野: もちろん聞きにくいこともたくさんあります。たとえば女性アスリートが体調を崩した際、男性の指導者は踏み込みにくい場合がある。それと同じように障がいのない指導者がパラアスリートに踏み込めないことがあります。例えば下肢欠損の場合、足を切断した日、1年に1回、幻肢痛に近い症状が表れて、具合が悪くなるケースもあります。それこそ本人に踏み込まないと真実を知ることができません。そのことを知ってからは"毎年のこの時期は気を使おう"となりました。
二宮: "ゴースト・ペイン"や"ファントム・ペイン"と呼ばれる幻肢痛は障がいのない人には、なかなか理解できないことです。以前、車いすテニスの指導者が、幻肢痛のことを知らず、切断してなくなったはずの足が痛いと言った選手を叱ってしまったことがあるとおっしゃっていました。受障した理由から現在の症状まで的確に把握しておかなければ、正しい指導はできませんね。
高野: 切断に至ったシチュエーションによって、痛みにも差があったりします。指導者はそうしたことも把握する必要がありますね。
二宮: 高野さんは選手とコミュニケーションをとる上で、"間主観"を大事にされているそうですね。
高野: そうですね。これは哲学用語なのですが、主観と主観で対話することを指します。主観同士で話し合い、共通理解を得ようとすることで、スポーツの世界はともすると科学的な裏付けだけ、数値だけで議論するようになってしまうことがある。そうした客観的な対話も大事ですが、私はむしろスポーツの現場だからこそ、選手が走って何が見え、何を感じるかを互いが知ることが大事だと思うんです。それがコーチングの出発点だと考え、それがなければ処方も対話もできません。
伊藤: 高野さんは現在プロコーチとして活躍されていますが、もっとパラスポーツの指導者が増えてほしいという思いはありますか?
高野: もちろんそういう気持ちもありますが、何よりコーチ同士が戦える場が増えてほしい。
伊藤: コーチ同士が?
高野: はい。コーチの手腕はもちろん、選手が実績を出したかだけで判断されがちですが、それだけではなく、指導者同士はコーチングスキルで競い合い、熱い議論をすることで互いを高め合っていけるはずです。
二宮: さて、今後に向けてパラ陸上はどのようになっていくと思いますか?
高野: これから世の中に根付いて行くためには、私たち競技に関わっている人たちが、もっと頑張らなければいけない。ひとりでも多くパラ陸上に関わりたいという人を増やすことが、東京パラリンピック後の第1ステージだと思います。その先に当たり前のように、この競技を国民が楽しんでもらえる世界が来るのかな、と。そうすればパラ陸上界に人材がなだれ込んでいくような状況になるでしょう。そのためにも私たちが選手たちと一緒に魅力を伝えていきたいと思います。
(おわり)
<高野大樹(たかの・だいき)>
慶應義塾大学競走部短距離ブロックコーチ。1989年、埼玉県出身。中学・高校は陸上部に所属。埼玉大学進学に際し、教員を目指した。大学在学中にパラ陸上の高桑早生と出会い、指導者の道を歩み始める。同大大学院修了後、埼玉県内の高校教員を勤めながら高桑の指導を続けた。2018年、教員を退職し、プロコーチに。現在は慶大競走部短距離ブロックのコーチを務めながら、高桑のほか、山縣亮太、寺田明日香らを指導。日本パラ陸上競技連盟のユニバーサルリレーの日本代表コーチを務め、今年の東京パラリンピックでの銅メダル獲得に貢献した。
(構成・杉浦泰介)