二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.09.25
後編 様々な障害を知る機会
~"いつでも、どこでも"スポーツできる環境を~(後編)
二宮清純: 東京都障害者スポーツ協会は、毎年、各都道府県で開催される全国障害者スポーツ大会に東京都選手団を編成し、派遣する事業を行っています。
延與桂: 私が当協会の会長に就任してから、毎年楽しみなのが全障スポ(全国障害者スポーツ大会)です。スポーツに限らずあれだけ多くの障害のある人が集まるイベントはなかなかありません。東京都は毎回、選手200人、コーチやスタッフを含める300人ほどの選手団となります。2024年パリパラリンピックの日本選手団が計330人ですから、それに迫る人数です。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): それだけたくさんの障害のある人が集まる大会となっているわけですね。
延與: おっしゃる通りです。200人の選手の障害は様々で年齢層も幅広い。このチームをひとつにまとめるのは正直大変ですが、大会が進んでいくと本当にいいチームになっていくんです。実は異なる障害のある人たちが交流する機会は少ないんです。最初はぎこちなくても、気が付くと選手同士が支え合ったり、励まし合ったりしている。チームがひとつになる瞬間に立ち会えるのがうれしいんです。
二宮: 障スポに関しては、直前に行われる国民スポーツ大会(国スポ)とともに、開催地への負担が大きく、開催方法などが議論されています。
延與: 各都道府県の代表としてスポーツをする機会は滅多にあることではありません。国スポ&障スポというイベントがないと、各自治体もスポーツに力を入れられないという側面もある。少なくとも障害者スポーツにおいては、この年に1度のお祭りが貴重な機会となっている。今のやり方がベストかどうかは議論が必要かもしれませんが、各都道府県で障害者スポーツの大きなイベントが開かれることで、まちのバリアフリー化が進んだり、その地域の障害のある人がスポーツに取り組む機会に繋がります。
二宮: 2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックによって、ソフト面、ハード面ともに改善が進みました。
延與: パラスポーツに対する協賛企業が減少することも危惧されていました。ただ東京都に関して言えば、普及・啓発などの予算はむしろ増えているそうです。支援事業は夏季パラリンピック競技だけだったのが、冬やデフスポーツにも対象を広げていただいている。しかも、選手だけではなく、指導者に対する支援も行っているんです。そのひとつが「東京パラスポーツスタッフ」公認証の授与です。都に認定されることでパラスポーツスタッフは、遠征のために普段の仕事を休みやすくなります。
伊藤: 選手やスタッフから「仕事を休みにくい」という話を聞いたことがあります。「〇〇大会出場のために休みます」と上司に伝えると、「またかよ」と。そういう認定証があるだけでも心の持ちようは変わってくるでしょうね。
延與: いわば、都知事のお墨付きですからね。少しでも競技のサポートになっていればうれしいです。また今年からは認定したパラスポーツスタッフの遠征費用も助成しています。
【デフリンピックへの期待】
二宮: さて、今年11月には東京でデフリンピックが開催されます。
延與: 我々、東京都障害者スポーツ協会が直接運営に関わっているわけではありませんが、機運が高まっているのは実感します。私自身、いろいろな大学や企業の団体から「デフリンピックについて話してください」というオファーをいただくことがあります。私はたまたまオリンピック・パラリンピックの仕事に就くことで、障害者スポーツの世界を知ることができた。そのおかげで、人生観が変わりました。障害者スポーツを1人でも多くの方に知ってほしいなと思って、お話させていただいています。
伊藤: デフリンピックが開催されることで、デフスポーツならびに聴覚に障害のある人のことを知ってもらう機会にもなりますね。
延與: 聴覚障害は傍から見ていて、「見えない障害」と言われるように、周りに気づかれづらいものです。たとえば、まちで声をかけられても気がつかないから、相手に「無視するな」と怒鳴られるケースもあると聞きます。
二宮: 我々も年齢を重ねるうちに、耳が遠くなっていくことだってある。未来への投資という意味では、公教育で手話を教えてもいいのでは......。
延與: 賛成です。私は手話で簡単な会話しかできませんが、手話って、言葉の通じない外国人とのコミュニケーションに似ているところがあると思うんです。いかに相手にイメージを届けるかが大事。たとえ手話ができなくても、マイムでもいいんです。手話っぽい動きを混ぜるだけでも理解しやすくなる。何より聞こえない、聞こえにくい人がいるという思いに至れば、コミュニケーションの壁なんて超える手段はいろいろあると思うんです。
二宮: 耳に限らず、目や足だって衰えてくる。全盲で、パラリンピック水泳の金メダリスト河合純一さんに「僕たち障害者を"人生の先輩"だと思ってもらってもいい」と言われたことがありますが、本当にその通りだと思いますね。
延與: そうなんですよ。私は今、障害者スポーツの仕事をしていますが、障害のある人たちのためにやっている感覚は、ほぼありません。誰もが人生を楽しめる社会になったら、自分が年老いていったとしても楽しいと思える社会になるはず。そのために東京都障害者スポーツ協会としても、障害者スポーツの素晴らしさ、障害のある人のことをたくさんの人に伝えていきたいと思っています。
(おわり)
<延與桂(えんよ・かつら)プロフィール>
東京都障害者スポーツ協会会長。1961年、東京都出身。1984年、東京大学教育学部卒業、同年4月に入都し、衛生局に配属。生活文化局女性青少年部副参事、知事本局参事、港湾局参事など経て、2012年4月よりスポーツ振興局競技計画担当部長に就任。オリンピック・パラリンピックの招致活動に携わる。2014年1月にはオリンピック・パラリンピック準備局大会準備部長に就き、2017年1月に同局の理事としてパラリンピック準備調整担当を務める。2018年4月から次長に就任。パラリンピック準備調整担当と大会運営調整担当を兼務した。2021年10月にオリンピック・パラリンピック準備局長を務め、2022年3月に退職。同年6月から東京都障害者スポーツ協会会長に就いた。
(構成・杉浦泰介)