二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.08.14
前編 Jクラブ初の"専門コーチ"
~インクルーシブなクラブへの歩み~(前編)
サッカーJリーグ初代王者に輝いた名門の東京ヴェルディは、サッカーを含む17競技のチームを運営する総合クラブでもある。また障がいのある人がスポーツに関わる機会の創出に力を注いでおり、その一環として普及コーチとして障がいのある人のスポーツ参加に尽力してきた中村一昭氏と2024年8月、Jクラブ初の「障がい者スポーツ専門コーチ」契約を結んだ。「世界一インクルーシブなクラブ」を目指す中村氏に話を訊いた。
二宮清純: 昨年8月に東京ヴェルディと、障がい者スポーツ専門コーチとして契約を結びました。
中村一昭: 東京ヴェルディには2014年からサッカースクールのコーチとして入社しました。それ以前も障がい者スポーツに関わる活動をしてきましたが、昨年8月からは、こうやって取り上げていただく機会が増えました。サッカーコーチとしての肩書きが前面に立ってしまうと、障がいのある人たちを指導する際、保護者から「サッカーのコーチなんでしょ?」と不安がられます。ところが、今の肩書きになって以降、障がい者スポーツの体験会などを依頼いただく方々からは「安心感がある」と言っていただけるようになりました。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 障がい者スポーツに関わるきっかけは特別支援学校訪問だったのですね?
中村: そうですね。以前はJリーグの別のクラブに勤めていました。「プロ選手を育てたい」という思いで、育成年代の指導を行っていました。その時にホームタウン内の特別支援学校に訪問し、障がいのある子どもたちとサッカー教室をする機会がありました。それがきっかけで障がい者スポーツに興味を持ったんです。
二宮: その特別支援学校でのサッカー教室で気持ちの変化があったのでしょうか?
中村: サッカー教室を終えた直後に、保護者の方から「一緒にサッカーをやってくれてありがとうございます」と感謝されました。私は「一緒にサッカーしただけですよ」と返しましたが、それが本心でした。そこで話をうかがい、障がいのある人たちがスポーツをする場が少ないということを知った。保護者からは「Jクラブが関わってくれるっていうのは、子どもたちにとっても目標になるし、スポーツをする場をどんどんどん広げてくれれば、私たちにとってすごくうれしいことです」ということも言っていただきました。そこで私の障がい者スポーツに関わっていく、という覚悟のスイッチが入ったんです。
二宮: 人生を変える出会いとなったんですね。
中村: おっしゃる通りです。そこから障がいについて、いろいろと調べ、学びました。知的障がいや精神障がいのある方々とサッカー教室を通じ、関わりを持たせていただきました。それは私が次のJクラブ、そして東京ヴェルディに移った後も続きました。スポーツを通して、みんなに元気になってもらいたいという思いで、ここまで活動してきました。
二宮: ヴェルディのホームタウンは東京都。クラブハウスは東京都稲城市にあります。障がい者スポーツの活動も稲城市から始まったのでしょうか?
中村: 障がい者スポーツ体験教室をスタートさせたのは2015年ですが、実は東京都日野市が最初です。それまでは日本障がい者サッカー連盟とのつながりしかなかったのですが、東京ヴェルディのホームタウンのひとつである日野市から障がい者スポーツの体験会を開催したいとの要望があり、我々に話が回ってきたんです。
【笑顔とコミュニケーション】
伊藤: その頃は障がい者スポーツに取り組みたいんだけど、なにか起きたらどうしよう。わかる方に来てほしいという自治体が多かったと想像できます。
中村: そうだと思います。自治体や指定管理団体からはよく「リスク」という言葉が出てきました。「リスクはないのですか?」と。「でも、それは障がいあってもなくてもリスクはありますよね」と答えてきました。
伊藤: 私たちSTANDもパラスポーツの体験会を開いてきましたので、リスクを気にされる方は確かに多いですね。
中村: 我々が最初苦労したのは、人集めでした。自分たちのホームページだけで告知していれば、人が来ると高をくくっていたんです。ところが当日、全然人が集まらなかった。それで理由を障がいのある子どもを持つ保護者の方に聞いて回ったんですよ。「なぜ集まらないんですか?」と。すると「ヴェルディを信頼していないからでしょ」とキッパリ言われました。「障がいのある人の気持ちをわかっているの?」「障がいのある人の対応の仕方はわかっているの?」とも。それで我々は、福祉作業所に関わる活動をしたり、日野市内の保護者たちと交流を深め、関係値をつくっていきました。最初は1回の活動に5人ぐらいしか集まりませんでしたが、今は50人ほど来場するようになりました。
二宮: 体験教室ではサッカーを中心にして他の競技もやるということでしょうか?
中村: 実はサッカーはほとんどやりません。各市区とも年に1、2回ですね。今年度、全44回体験教室を開催予定の足立区でも、そのうち3、4回程度なんです。
二宮: 東京ヴェルディだからサッカー中心だと思っていました。
中村: そうなんです。いろいろな種類の障がいのある方が集まりますので、サッカーに限らず、野球にしろ、それっぽいゲームをする。参加者の障がいの程度や、種類に合わせたルールや競技方法にアレンジすることで誰もが楽しめるようにするんです。例えばボウリングであれば、ある人は手でボールを扱い、ある人は足でボールを扱う。目指すものは一緒でも、やり方が違う。
伊藤: それぞれできること、できないことがありますもんね。体験教室では「笑顔とコミュニケーション」がテーマだそうですね。
中村: はい。笑顔のところで言うと、活動中はほとんどギャグばかり言っています。私は自己紹介する時、自らをイケメンコーチと称し、まわりは「何を言ってんだろう」と笑われるところからスタートします。
二宮: 子どもたちの笑顔から、活動の輪が広がっていったわけですね。
中村: ありがたいことに我々の活動は、いろいろな地域に広がっていきました。今は日野市のほか多摩市、立川市、稲城市、渋谷区、北区、文京区、足立区の8市区で障がい者スポーツ体験教室を通年開催することができています。今、目指しているのは、東京中、どこに住んでいても障がいのない人たちがスポーツを楽しむことができる環境をつくること。そこをひとつのゴールとして頑張っています。
(後編につづく)
<中村一昭(なかむら・かずあき)プロフィール>
東京ヴェルディ障がい者スポーツ専門コーチ。1980年7月12日、東京都出身。小学1年でサッカーを始める。大学中退後に指導者に転身。ジェフユナイテッド市原(当時)でサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせたのち、同クラブの活動で障がい者スポーツに出会う。ヴァンフォーレ甲府、専修大学松戸高校サッカー部でも指導をしながら、障がい者スポーツに関わる活動も精力的に続けてきた。2014年、東京ヴェルディサッカースクールコーチに就任。翌2015年度から東京都日野市と東京ヴェルディの協働事業として障がい者スポーツ体験教室を開始し、SDGsヴェルレンジャー隊長を務めるなど、障がい者スポーツイベントや学校訪問型のパラスポーツ体験プログラム実施に力を注いだ。2024年から障がい者スポーツ専門コーチとして東京ヴェルディとの契約を更新した。
(構成・杉浦泰介)