二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2026.01.08
前編 スポーツを通じた学びや経験
~誰もが「諦めない」という選択肢を~(前編)
NPO法人FOOT&WORKは、<障がいの有無や年齢・性別を問わず、全ての人が理解し合い、協力し合い、支え合えるコミュニティの場づくり>を活動理念に掲げている。広島でパラスポーツチームの運営や車椅子ソフトボール大会の主催などを行なっている下原唯千夏理事長に話を訊いた。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 今回は広島からのゲスト・下原さんをお迎えし、広島県東京事務所にお邪魔しております。NPO法人FOOT&WORKがパラスポーツに関わるきっかは、どんな理由があったのでしょうか?
下原唯千夏: 私は広島市内にある精神科の病院(医療法人せのがわ)の理事長の職にあります。当院は私の父が開設者。父は患者さんが社会復帰する際に運動をすることが大事という考えから、病院の敷地内に運動する施設やスペースをつくりました。最初は患者さんと職員が一緒にスポーツを楽しむという環境づくりにはじまり、大会に出場し、勝つという目標を掲げるようになったんです。父はとても負けず嫌いでしたからね(笑)。
二宮清純: その思いを引き継いだ、と?
下原: そうですね。かつては近隣の病院同士で試合を行えていたのですが、高齢化でチーム数がどんどん減っていき、職員の負担も少なくないため、その機会は失われていったんです。ただ、一部の患者さんや症状が軽減して退院した精神障がいのある方から「試合に出たい」「バレーボールをしたい」という声を聞いた。その気持ちになんとか応えたいと、元々活動していたNPO法人(FOOT&WORK)でチームをつくり、大会に出ようと考えました。そういう経緯から最初は、精神障がいのある人のソフトバレーボールチームを持つというところから始まりました。
二宮: バレーボールと比べて柔らかいボールを使用する競技ですね。全国障害者スポーツ大会(障スポ)にも出場されたことがあるチームだとうかがいました。
下原: そうです。昨年の滋賀県で行われた障スポにも中四国の代表として出場しました。
二宮: スポーツに取り組むことが、患者の回復が早まったという例はあるのでしょうか?
下原: 体を動かすことで身体的な健康維持に繋がるというメリットがあります。精神科の場合、運動することで前頭葉が刺激され、活性化するので、脳にもいい影響を及ぼすと言われています。加えて言うと、スポーツにはルールがありますよね。治療後の社会復帰を見据えると、ルールに準じた行動をするというのは大事な経験です。
【垣根を設けない】
二宮: スポーツを通じて社会規範を覚えるということですね。
下原: それにコミュニケーション能力が培われるという側面もあります。精神科のリハビリの一環ですが、スポーツを一緒にすることで、相手や味方への声掛けなどでコミュニケーションを取るきっかけになる。挨拶が苦手だった人が急にできるようになったり、試合中の笑顔や会話が見られるようになったりしました。コミュニケーションスキル向上にスポーツはすごく合っていると感じています。
二宮: かつては精神病院に入ってしまったら出られないという偏見がありました。それはいまだに残っていますか?
下原: 退院する方はたくさんいますし、その後は社会復帰し、学校に行ったり、地域で仕事をしたりする方も増えてきました。しかし、まだ差別や偏見がゼロになったわけではありません。私たちが運営するスポーツチームやイベントを通じて、少しでも払拭することに繋げていきたいと考えています。
伊藤: 例えば依存症を患っている方と精神障がいのある方などを分けることなく一緒にスポーツをするのですよね?
下原: もちろんです。当院でもFOOT&WORKでも、ひとつの疾患に分けるのではなくスポーツやレクリエーションは一緒に行います。その結果、互いに苦手なところを補い合うことに繋がるからです。
二宮: あえて垣根を設けないということですね。
下原: その通りです。運動神経の良し悪しや、器用・不器用の違いはあれど、最終的には「また一緒にペア(チーム)を組もう」「一緒に試合出よう」という会話が生まれています。それを見て、分けないことの利点を強く感じました。
伊藤: 素晴らしい効果ですね。今後についてはどのような展望を?
下原: 私がこれまで精神障がいのある人を診てきて、「諦める」ことばかり選択肢にあったと感じています。仕事を諦める、学校を諦める、結婚を諦める......。そういう人たちをたくさん見てきたので、「諦めない」選択肢を持ってもらいたかった。それはスポーツでなくてもいいし、芸術の方面でもいい。まずはたくさんの選択肢があることを知ってもらいたい。そしてFOOT&WORKの活動を通じ、いろいろな機会を創出していきたと考えています。
(後編につづく)
<下原唯千夏(しもはら・いちか)プロフィール>
NPO法人FOOT&WORK理事長。1965年、広島県出身。1988年、安田女子大学卒業後、医療法人せのがわに入職。公認心理士、精神保健福祉士として、心理療法や精神障害者施設の運営に携わる。2003年、地域の高齢者精神障がい者福祉、メンタル不調者・不登校の支援を通して、生活環境の向上を目指す事業を行うNPO法人FOOT&WORKを設立。誰でも参加できるスポーツイベントや、障がい者向けのスポーツイベントを企画・運営している。2007年、医療法人せのがわの理事長に就任。好きな言葉は、「才能は有限、努力は無限」。好きなスポーツはテニス。
協力 広島県東京事務所
(構成・杉浦泰介)






