二宮清純の視点

二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線

第1回 ブラインドサッカーとの出合い

~サッカーに魅せられて~(1/4)

写真:1997年のW杯予選では一人で現地マレーシアへ。「ジョホールバルの歓喜」を生観戦した石井氏 小学生の時、サッカーの面白さを知った。ボールを蹴ることが何より楽しかった。そんな少年が白内障を患い右目の視力を失ったのは19歳の時。さらに28歳の時には緑内障で左目の視力も失い、全盲となった。しかし、石井宏幸の傍らにはいつもサッカーがあった。そんな彼がブラインドサッカーに出合ったのは必然だったと言っていい。今年12月、ブラインドサッカー日本代表は、来年のロンドンパラリンピックの予選であるアジア選手権に臨む。そこで元日本代表であり、現在は日本ブラインドサッカー協会副理事長を務める石井にブラインドサッカーの魅力、そして世界のブラインドサッカーについて訊いた。


二宮: 石井さんは子供の頃からサッカーが好きだったと聞いています。

石井: はい。小学1年から始めたのですが、もう夢中になってボールを蹴っていました。中学時代は喘息を患ってできなくなってしまったのですが、それでも日本代表の試合などを観ることは好きでした。W杯予選の "ジョホールバルの歓喜"(1997年)も現地まで観に行っているんです。その頃はまだ左目は見えていたので、現地で知り合ったサッカー仲間とともに草サッカーを楽しんだりすることもありました。

二宮: ブラインドサッカーと出合ったのは?

石井: 28歳の時、サッカーのことを勉強しようと英国で留学先を探していた時に、急に視力が落ちてしまいました。緑内障と診断され、「このままではいずれ失明する」と言われたので手術をしたのですが、結局、手術は成功しなかったんです。それで一度はサッカーをすることは諦めたのですが、偶然、インターネットでブラインドサッカーを知ったんです。それで神戸での講習会を受けたのが始まりでした。

コーラーは6人目のプレーヤー

二宮: 石井さんが失明したのは20代後半ですから、先天性の人たちと比べると、不利な点もあったのでは?

石井: いろいろな意見がありますが、確かに先天性の人は耳の感覚が鋭いですね。一方、僕のように後天性の人は方向認知など耳の感覚が鈍いと言われています。

二宮: なるほど、確かに後天性の人は見えていた時には音を頼りにすることはなかったわけですからね。

石井: そうですね。ただ、その点はトレーニングでカバーできると思っています。とにかく日々、練習すること。これに尽きます。

二宮: ブラインドサッカーのプレーで難しいのは?

石井: トラップですね。それと、縦の動きに対しての判断も難しいですね。どの方向からボールが転がってくるかはわかるのですが、それがどれくらいのスピードで、どの程度バウンドしたボールなのかが判断しづらい。そのため、正確なトラップやダイレクトシュートは非常に難しいんです。ボールの横の動きというのはわかりやすいのですが、向かってくるボールは距離感がなかなか把握しづらいので、非常に難しいんです。

二宮: 指示はどのようにして選手に伝わるんですか?

石井: まずは僕たち選手が練習でフォーメーションを繰り返し行なって、頭の中に叩き込むことが大事です。

二宮: チームでイメージを共有し合うと?

石井: はい、そうです。それがベースにあって、試合の時には監督から指示が出されるのですが、その指示に対して僕たちがどのように動けばいいのか、ボールを蹴る方向や距離、角度などをゴールの後ろにいるコーラーが叫んで指示してくれるんです。

二宮: コーラーは非常に重要な役割を担っているんですね。

石井: はい。ですから、コーラーはプレーヤーの一人として考えています。

写真:ブラインドサッカーの魅力について語る石井氏(左)。音の鳴る特殊なボールに二宮清純も興味津々だ(第2回につづく)

<石井宏幸(いしい・ひろゆき)プロフィール>
1972年4月20日、神奈川県生まれ。小学1年からサッカーを始めるも、中学2年で喘息を患い、静養を余儀なくされる。19歳の時、白内障で右目の視力を失い、28歳の時には緑内障で左目の視力を失い、全盲となる。1年半後、神戸で行なわれた講習会に参加したことをきっかけにブラインドサッカーを始める。同年5月には日本初の国際試合に出場し、韓国と対戦した。2002年、日本視覚障害者サッカー協会(現・日本ブラインドサッカー協会)が発足し、理事に就任。04年からは同協会副理事長を務める。

(構成・斎藤寿子)

協力 MLB café TOKYO

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二宮 清純(にのみや せいじゅん)

スポーツジャーナリスト。
1960年、愛媛県生まれ。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーターとしても活動中。主な著書に「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)、「プロ野球の一流たち」(講談社現代新書)など。障害者スポーツでは矢野繁樹、成田真由美、国枝慎吾などのノンフィクションを執筆している。

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