二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2025.11.27
後編 超高齢社会との親和性
~誰もが旅をあきらめない社会を~(後編)
二宮清純: 渕山さんは30年近く、ユニバーサルツーリズムに携わってきました。観光業界におけるハード面での課題は?
渕山知弘: ここ20年の間に、かなりハード面でのバリアフリー整備が進んでいるように感じています。特に宿泊施設はコロナ禍ぐらいで整備が進みました。当時は旅行の数自体は減っていましたが、観光庁は、コロナが明けた後の受け入れ整備のために、施設のバリアフリー化に対する補助金を出しました。コロナ禍でお客様が来られない間、宿は施設改修に努めた。そのおかげで旅行に行こうと思えば行ける環境が、今はもう格段に整ってきています。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): コロナ禍で人の往来はストップしたものの、施設面の整備が進んだということですね。
渕山: 宿泊施設や観光地の考え方も変わったと思います。それまでは首都圏からの団体客で潤っていた地域や旅館も、そこに頼っていてはダメだと考えるようになった。団体から個人にシフトするいいタイミングだったと思います。だったら高齢者や障がいのある人が泊まりやすい方がいいよね、ということで施設を改修した。例えば、諏訪湖畔の宿の例で言うと、コロナ禍前までは県外からの宿泊客がメインでしたが、バリアフリー風呂に改修すると、県内に住む近隣の方々が3世代、4世代にわたって貸し切り風呂を利用されたそうです。
二宮: 地元のお客様が増えたわけですね。
渕山: そうなんです。それ以降はバリアフリーであることを、ひとつの売りにされるようになりました。他にも客室の2部屋を1部屋の広めのユニバーサルルームに改修した。それでも全体的にはお客様が増えていると聞きます。加えて座敷の宴会場は椅子テーブルが増えてきています。
二宮: 座敷だと、立ったり座ったりと高齢者は大変ですもんね。
渕山: 今はもう座敷のままでは、宴会場として選ばれにくくなってきていますね。
二宮: 布団よりもベッドのニーズが増えるでしょうね。
渕山: おっしゃる通りですね。高齢のお客様もベッドの部屋がいいと希望されます。他にはバイキング会場でトレーを持つと、片手がふさがる。杖を持つから? 今は、トレーを載せられる専用のカートを設置した宿泊施設も増えてきています。
【伸びていく需要】
二宮: そういったバリアフリー化は、障がいのある人のためだけでなく高齢者のためにもなっているわけですね。
渕山: そうですね。障がいのある人向けだけにつくるとなると、ハードルは高いかもしれませんが、誰もが使いやすいデザインだと考えれば、改修のハードルは下がるはずです。実際、積極的に取り組んでいる自治体、宿泊施設と、そうではないところの差はまだまだありますが......。自治体によっては「住んでよし、訪れてよし」というまちを目指されていますが、その考え方で取り組まれると、高齢者の住みやすいまちは、観光客が観光しやすいまちになる。
二宮: ユニバーサルツーリズムの市場規模はどれぐらいでしょうか?
渕山: 観光庁の調査報告書によると、約2兆1256億円といわれています。
二宮: 今後、超高齢社会になっていきますから、市場規模はもっと大きくなっていくでしょうね。
渕山: そうだと思います。まだ高齢者や障がいのある人の中に、"旅行に行きたいけど、難しいだろう"と諦めてしまっている方が一定数いるはずです。その方たちの思いを実現させることができれば、さらに大きな市場になると思っています。今、全国の温泉地で取り組まれているサービスのひとつが、温泉の入浴介助サービスです。関東地方だと、箱根、上諏訪、群馬、関西の方でも兵庫、九州は鹿児島や大分にまで広がっています。上諏訪のケースでは、99歳のおじいちゃんの温泉に入りたい、旅行に行きたい気持ちを叶えるため、家族、親戚38人がひとつの旅館に集まりました。温泉や旅行が好きだけど、年齢や健康状態などを理由に諦めていた。入浴介助サービスによって、その夢が実現できるなら、運動やリハビリのモチベーションにもなるとそうです。
二宮: 温泉にはリハビリ機能があるから一石二鳥ですね。
渕山: そうなんです。受け入れる宿にとっても、当然お客様が増えるわけですからメリットが多いんです。福祉で働いている方は地域にもいっぱいいらっしゃるので、宿自体が介助スタッフを抱える必要はないんです。進んでいる地域では宿が地域のユニバーサルツーリズム相談窓口を担っています。
伊藤: 地域が一体となって連携を取れているというのは素晴らしいですね。
渕山:今、全国で地域におけるユニバーサルツーリズムの相談窓口はNPOを中心に60を超えるぐらいに増えています。いくつかの空港や駅では荷物を持ってすぐ出たところに高齢者、障がいのある人のための観光案内窓口があり、そこで車椅子の貸し出しなども対応してくれるんです。
伊藤: お話を聞いていると、障がいの有無にかかわらず、やりたいけどできないと思い込んでいるとか、やりたいけど、どうしたらいいかわからないというところに、手が届くサービスなのが、ユニバーサルツーリズムの重要なポイントですね。
渕山: そうです。お客様に障がいがあるという理由だけで安くしたり、無料にするということはありません。私は無料にしてしまうとサービスの質は低くなり、事業が長続きしないと思っています。サービスにかかる部分はしっかりと受け取り、我々は終わった後に利用客が「安かった」と思っていただけるぐらいのプログラムをつくる。それがプロの観光業者だと思っています。そして、それは誰もが旅をあきらめない社会を実現するためにも必要なことだと感じています。

(おわり)
<渕山知弘(ふちやま・ともひろ)プロフィール>
ユニバーサルツーリズムアドバイザー。1969年、広島県出身。1990年から近畿日本ツーリスト、クラブツーリズムに勤務し、1998年から2020年までバリアフリーツアー、ユニバーサルツーリズムに携わる。退社後はユニバーサルツーリズムアドバイザーとして、全国の自治体、企業、学校等で講演、セミナーなどを行っている。高知県観光特使、東京都観光産業アドバイザー、東京マラソンバリアフリーアドバイザーなども務める。趣味は110㏄のカブで全国を旅すること。好きなスポーツはサッカー。座右の銘は「夢をあきらめない・旅をあきらめない」。
(構成・杉浦泰介)






