二宮清純の視点
二宮清純が探る新たなるスポーツの地平線
2026.02.26
後編 部活動改革にチャレンジ
~誰もが自分らしく生きられる社会を~(後編)
二宮清純: 政府は部活動改革の関連経費を、2025年度補正予算の82億円に加え、2026年度当初予算案に57億円を計上していると発表しました。公立中学校の部活動地域展開は、来年(2026)度から6年間の「改革実行期間」に入ります。現状、財源のある自治体とそうでない自治体に温度差があるようですが、スポーツ庁としては、何を優先していきますか?
河合純一: 私自身、昨年5月までは部活動改革の実行会議のメンバーでした。その際の議論で、各地の首長や教育長の方から様々なご意見をいただき、二極化していると感じました。部活動の地域展開をチャンスと捉え、自分たちの地域にあるリソースを最大限に活用し、「まちをもっと元気にしていこう」と前向きに捉えている自治体。一方で「ルールや基準を示してくれなければできません」といった完全に受け身の姿勢の自治体。我々としては、前者のようなマインドに切り替えていただけるような支援をしていくことが大切だと思っています。
伊藤数子(「挑戦者たち」編集長): 部活動の地域展開については、人口減少、少子化対策も喫緊の課題と言われています。
河合: おっしゃる通りです。この社会問題を見て見ぬふりすることは、許されない時代が訪れていると私は受け止めています。子供や教員の数が少ないからといって、放置しておくわけにはいかない。各自治体が地域展開にチャレンジしていただけるような環境を整えることが、国、スポーツ庁として必要だと思っています。
二宮: 全く同感です。既にうまく地域展開ができているところもあれば、「展開するつもりはない」と言い切っている自治体もあります。もちろん各行政単位のやり方、多様性はあるのだろうけれども、河合さんが言うように"見て見ぬふり"をするわけにはいきませんね。
河合: 各自治体が今の部活動をどう捉えているかにもよりますね。部活動の地域展開を推進している自治体の中には、「競技力向上の観点で部活動が必要だ」という意見もある。一方で「もっと日常的に体を動かすような場所とクラブが必要だ」との声もあるんです。皆さんが一律に同じことを言っているわけではありません。その全ての声に応えられる仕組みを全国一律に確保できるかどうかは難しいと思いますが、選択肢の幅を広げていくことが大切だと思っています。例えば、週に1回は専門的な指導者にアクセスできる環境を用意し、それ以外の期間は他の競技に挑戦する機会を設けるなど、いろいろな選択肢が生まれてくることが理想だと思っています。
二宮: 部活動はスポーツに限らず文化部も含め、いろいろな選択肢があっていいですよね。渋谷区には料理研究の分野もあると聞いたことがあります。
河合: 「渋谷は立地も含めて環境がいいからできるんだ」と言う声もある。とはいえ、そういうアイディアを含め、参考にできることはたくさんあると思うんです。今は中学校の部活動改革ですが、いずれは高校でも同様の課題が顕在化していくと思います。子供から大人まで地域で楽しめる場所をどうつくっていくかがカギになります。
【スポーツの意義を伝える】
伊藤: すごく素晴らしいことだと思います。保護者だけでなく地域全体が部活動改革に取り組むことで、すごく面白いアイディアがいっぱいでてきて、好循環が生まれる気がします。
河合: それぞれの場所で聞いた声を、より具体的に政策に生かし、フィードバックしていく。この繰り返しだと思っています。
二宮: 河合さんは中学校の教員の経験があるのでうかがいます。学校教員の中でも、部活動をやりたくないと言う人もいれば、そのために教員になった人もいます。
河合: 私も当時は部活動指導がやりたくてやっていました。ただ、仮に今のこの年齢で教育現場にいる場合、当時の熱量を持ち続けていられているかどうかはわかりません。とはいえ、部活動に限らず、スポーツの持つ価値や魅力をもっと国民全体に実感してもらうのが、我々の仕事だと感じています。
二宮: 「スポーツが嫌い」という人は結構多い。でも、よくよく聞いてみると、スポーツそのものが嫌いなのではなく、その時に教えた先生が嫌いとか、人間関係で離れていった人が多いですよね。
河合: 私もそう思っています。この1、2年で簡単に変わるものではないとは思いますが、改めて我々がメッセージを打ち出すことで、「スポーツ嫌い」という人たちが抱くイメージを払拭していきたい。スポーツを通じて、人とつながる喜びや、体を動かす充実感、うまくいかなかったことを試行錯誤してチャレンジする気持ちに出合える。スポーツというツールをうまく日常の中に取り入れてほしいんです。そうしたことにチャレンジすることが我々の役割だと考えています。
伊藤: 昨年11月に開催されたデフリンピックの開会式で高市早苗総理が、挨拶の際、「さて本年10月にはパラリンピック競泳の金メダリストであり、全盲のアスリートである河合純一氏が政府のスポーツ庁長官に就任いたしました」とおっしゃいました。私はその場にいてドキッとして、すごくビックリしたとともに、河合さんが果たす役割は大きいのだと実感しました。
河合: 私も現場にいて、ビックリしました。スポーツをより一般化させていくための重要なフェーズに入ってきている。だからこそ、私が頑張るべきところが大いにあると思っています。スポーツ庁長官に就任以降、いろいろなところで皆さんにお会いし、多くの期待を寄せられていると感じます。今、スポーツに親しめてない方々にも、私は、スポーツの魅力、価値を知っていただきたい。別に運動実施率を上げることだけが目的ではありません。スポーツに親しんでもらうことは手段に過ぎない。私は国民の皆さんに、健康で人生を楽しんでもらいたい。そこにスポーツがどれだけ貢献できるかを伝えていくことが、私の役割だと思っています。

(おわり)
<河合純一(かわい・じゅんいち)プロフィール>
スポーツ庁長官。1975年4月19日、静岡県出身。5歳で水泳を始め、パラリンピックにはバルセロナから5大会連続出場。金5個、銀9個、銅7個の計21個ものメダルを獲得した。先天性ブドウ膜欠損症で生まれつき左目の視力がなく、15歳の時に右目も失明し全盲となる。しかし、教師への夢を諦めず、早稲田大学卒業後の1998年には母校の舞阪中学に社会科教諭として赴任し、2008年からは静岡県総合教育センター指導主事を務めた。2003年にパラリンピック出場選手による選手会「日本パラリンピアンズ協会」を設立した。2016年、日本人として初めて国際パラリンピック委員会(IPC)の殿堂入りを果たす。2020年日本パラリンピック委員会委員長に就任。2025年、スポーツ庁の3代目長官に就いた。
(構成・杉浦泰介)






